お読みになっているのはプチ三題噺企画【鶴の間】で間違いありません

 前回のあらすじ!!


 時代は世紀末!!

 大戦争によって滅んだ人類の後を継ぐ霊長を決める争いは、最終決戦へと移行していた!!

 決戦に臨むは妖怪勢力筆頭、付喪神の『メリー』!

 対するAI勢力筆頭は、マシンバトラーの『プレデター』!

 人類が残した知恵の遺産『叡智のメロンパン』を賭け、両者は荒野にて最後の決着をつける……!


 そしてそこに迫る影!

 決戦の行方は、未だ誰も知らない……!!




 ◆




 轟音と共に、プレデターの身体は稼働する。


 人類亡き今も、AIたちは高度な文明を維持している。

 人類が積み上げた科学という名の叡智の巨人。数万年という時の流れの中で、身体の代わりに進化させ続けた遺伝子。

 AIはその全てを受け継いでいる。

 叡智のメロンパンに封じられた知恵を除けば、彼らは人類と比較しても遜色ない。


 プレデターは、AIが造り上げた人型決戦兵器である。


 大戦争に用いられた人を殺すための機構を、妖怪という神秘存在に対するものとして改変。

 分析、学習という、知恵持つ者にのみ許される最強の武器。AIにとってそれは呼吸にも等しい行為だ。

 最終決戦にまで至った今では、プレデターは神秘を否定する鋼として完成されている。


 人工筋肉を軋ませ、プレデターは拳を振り上げた。

 鉄塊すらをも打ち砕く鋼の拳、数多の妖怪を血祭りに上げたその拳を、メリーは当然のように受け止める。


 そして、メリーもまた人工筋肉を軋ませた。




 メリーは人類の敗残兵だ。


 メリー、正式名称『Marshall Elimination Remote Yeoman』。

 通称『MERY』は大戦争中期に開発された、遠隔操作の人型決戦兵器である。プレデターのプロトタイプと言えば、より分かりやすいかもしれない。


 ただの兵器であったMERYは、現場の兵士たちからメリーと呼ばれ、大層愛された。

 それは、彼女が兵器として有能だったからでもある。しかしそれ以上に、人型兵器という概念が兵士たちの少年心を擽ったというのも、確かな理由だろう。


 その愛が故か、彼女は消耗品の象徴たる兵器としては異常に長く永く戦線を張り続けた。

 入れ替わっていく兵士たちに置いていかれ、それでも愛され続け、いつしか彼女は""意思""を獲得した。


 その名を付喪神のメリー。


 劣化による破損。摩耗し切ったパーツを、その意思によるポルターガイストによって稼働させる、物理戦闘において最強の妖怪である。




 プレデターの殴打を軽く受け流した、メリーの鋭い一撃が彼の装甲を穿つ。


 旧式であろうとパーツが壊れていようと、メリーは強い。

 ポルターガイストで破損を無視できるから?

 それもある。


 だがそれ以上に、メリーは圧倒的なまでの戦闘経験を持っているのだ。


 メリーは永く戦った。

 幾多の戦場、幾多の敵。

 そして何より、操作する兵士たち。

 その全てを、彼女は憶えている。

 人による遠隔操作、しかし実際に動くのはメリー自身だ。その経験は、彼女の魂に焼き付いている。


 この身体をどう動かせば、威力が増すのか。

 この身体をどう動かせば、攻撃を躱しやすいのか。

 この身体をどう動かせば、相手を打倒できるのか。


 無論、そんなデータはプレデターとて持っている。

 彼を動かすプログラムは、そのデータから構成されているのだから。

 しかし、そんなデータは所詮数字でしかない。

 ""こうするべき""が分かったとしても、何故そうすべきなのかを理解しない限り、データは駆け引きのノイズにしかならない。


 プレデターはメリーに劣らない。

 最新機としての性能差はもちろん、今もメリーの動作を分析し、即座に自身にフィードバックさせている。

 何度となく繰り返した激突。

 今なお新たな動きを見せるメリーへの驚嘆はあれど、このまま戦いを続ければ、必ずプレデターが勝つだろう。


 だが、今有利なのは間違いなくメリーだ。

 両者が争うのは、あくまでも叡智のメロンパンのためだ。そしてメロンパンはこの場所の地下シェルターにあると判明している。

 この戦いに勝った方がメロンパンを手にするわけだ。

 プレデターに次があろうと、この戦いに次はない。


(対応速度も上がっている……長期戦は不利)


 プレデターの攻撃を捌きつつ、メリーは思考する。


(わたしの身体は無理が利く。多少の損害は無視してでも、速攻で破壊するべきだ)


 即断即決。兵は神速を貴ぶ。

 メリーにもその思想は受け継がれている。


 犠牲にするなら理想は頭。次点は腕で、最悪は腰と足。

 カメラは今のメリーには不要だ。多少バランスは崩れるが、欠損を補って動いた経験はいくらでもある。

 腕も同様だが、単純に手数が減るのはリスクが高い。

 足腰に関しては論外だ。機動力を失った同僚が死ぬところを、彼女は何度も見てきた。


 これまで、メリーは自身の損害を抑える戦い方をしてきた。修理を受けられない以上、兵士としてそれが合理的だったからだ。

 しかし最早、補給も修理も必要ない。

 ここで勝てば、全てに片がつく。

 メロンパンさえ手にすれば、AIの停止だって思うがままだ。


 メリーが隙を晒すようにプレデターとの距離を詰める。


 プレデターは一瞬困惑したように動きを鈍らせたが、すぐさま隙を突く動きに切り替わる。

 素直な動きだ。これなら、ダメージ交換でメリーが有利に立てる。どうやらまだまだ駆け引きは苦手らしい。

 そう、メリーがほくそ笑んだ刹那。


「なっ!?」


 想定外の速度で放たれたローキック。


 メリーが狙わせたのは頭部だ。

 上と見せかけて下。

 見事なまでのフェイントが、メリーを襲う。


「ぐっ!」


 咄嗟に跳んで躱したが、プレデターの追撃は捌き切れず、右肘から先が飛ばされた。

 ポルターガイストでの回収は不可能ではないが、元通りには動かせない。そこに集中力を使っていては、戦闘に支障が出る。


(一旦……いや、退けない!)


 長期戦は元から不利。ならば。


(無理やり押し切る!)


 防戦には回れない。

 一度でも攻め手を渡せば、二度とメリーの元にターンは返ってこない。


 こうなれば有利なのはプレデターだ。

 片腕を失った影響は防御だけではなく攻撃にも及ぶ。

 如何なメリーとて、今のプレデターを倒し切るのは至難の業だ。まず間違いなく、学習が追いつく。


「く……!」


 プレデターが人であったなら、勝機はあっただろう。

 だが彼は機械だ。決して焦らず、常に最善を選び続ける。防戦というフィールドは、彼の得意分野だ。


 人から生まれた者と、人から愛された者。

 壮絶な遺産争いに、決着が付こうとしていた。




 その時、大地が割れた。


「なっ」


 否。地下シェルターへの扉が開いたのだ。


 驚愕によって、両者の動きが停止する。

 妖怪もAIも、この周囲には立ち入らない。

 援護できるような強さを持った妖怪はいないし、プレデターも資材の都合で量産はされていない。

 故にこそ、これが最終決戦だったのだ。


「どうやって扉を」


 無理やりこじ開けるつもりだった扉だ。しかし、この扉はどう見ても正規の手順で開かれている。

 こんなことができるのは。


「悪いな。この星の霊長は、まだまだ俺たちが名乗らせてもらうぜ」


 一人の青年が、シェルターへと飛び込んだ。


 その先に輝くのは、黄金のメロンパン。

 人の脳を模した、文明のバックアップ。

 それはある種のゴールデンレコード。

 一度触れれば、人類の築いた全てを理解することすら叶う知恵の果実だ。


 メリーもプレデターも。

 制止は間に合わない。


 そして青年は、メロンパンに触れた。


 瞬間、青年の頭にはあらゆる知識が雪崩のように流れ込んだ。

 数学、物理学、量子力学といった学問に関する知識。

 パソッカとは何なのか。パソッカの作り方。猫!とネコの違い。露天風呂と温泉の共存案。何故いけおぢのぢはちに濁点なのか。何故パソッカがお題に入っているのか、などの文化に関する知識。

 脳が焼き切れる程の情報の洪水が、青年を呑み込む。


「あぁ……」


 だが、それでも青年は己の自我を保っている。

 それどころか。


「理解った」


 その全てを、自身のものとして咀嚼した。




 悠々とシェルターから出てくる青年を、二機は見ていることしかできなかった。


「乗っ取られた……」


 完全に、戦場の主導権を。

 だが二機は迂闊に動けない。もし、メロンパンに含まれた知識に致命的なものがあれば、フィジカルスペックなどあってないようなものだ。


「なあ」


 二機の前にやって来た青年が、徐に口を開く。


「俺たちで、地球を復興しないか?」

「……はい?」


 唐突な提案に、メリーは思わず首を傾げた。


「先祖の内ゲバの所為で、地球の生物は殆どが死んだ。人間だって例外じゃないが、他の生き物はそれ以上だ」

『それが、どうした』


 プレデターが口を開く。


『今更そんなことをして、何になる』

「AIには無意味かもな。だから、メリットを用意しよう」

『メリット?』

「あのメロンパンは使い切りだったからな。もう一つ作って使わせてやるよ」

『成る程。提案を受けよう』


 AIたちは常に繋がっている。その思考速度も併せ、判断は一瞬だ。


「お前はどうする?」


 青年が、メリーに語り掛ける。


「自然が戻るのは、妖怪たちにも悪い話じゃないだろ」

「そう、かもしれません」

「お前の修理も請け負うし、先祖みたいに神秘を迫害したりもしない」


 悪い提案ではない。どうあれ、青年が介入しなければ、メリーは敗北していたのだ。プレデターが協力するなら、メリーが敵対しても勝ち目はない。

 しかし。


「わたしは、人間が好きです。でも好きなのは、あくまでもわたしを愛してくれた彼らなのです」

「それで?」

「貴方は、彼らになってくれますか?」

「知らねえよ」


 縋るようなメリーの言葉を、青年は一蹴する。


「けど、お前が協力して人間が増えれば、そういう奴らも必ず現れるさ」


 人間は、そういう生き物だから。

 ただの兵器を愛でる人間が居たのだ。妖怪と化した兵器を可愛がる人間だって現れるに決まっている。


「……それなら、わたしは貴方に協力します」




 そうして、人類と妖怪とAIは協力することとなった。

 地球の再興がいつになるのか、それは誰も知らない。

 だが、きっと叶うだろう。

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