冒険者の相棒はメロンパン

 オレ、冒険者ユンヒはちょっとしたルーティーンを持っている。

 それは依頼が終わったあと、行きつけの酒場の個室に一人と一個で入ってご馳走を食べることだった。

 

「食べすぎてお腹壊さないでくださいよ」

「おいおい、言いっこなしだぜ。食わなきゃもったいねぇよ」

 

 テーブルの上には泡の立ったエールにつまみの炒り豆、どっしり焼いた肉やたっぷりソースのかかったペンネなど豪華なメシが並んでいる。

 そんな中で一際目を引くのは安物のエールをなみなみと注いだ浅底の桶に浮かぶドーム状のパン。小麦色の表面に格子状の焼き目をつけているそいつは、透明な布に包まって釣りの時のウキのようにぷかぷかと浮いていた。さっき見た時よりも水位が減ってるのは、こいつが呑んだ証だ。


 オレはもう慣れたが、到底まともな神経をしているやつに見せられる光景ではない。

 二つ前の街で声を聞いたシノビの女はヨウカイだなんだと騒いでいた。

 

「メロの酒の飲み方はいつ見てもわけわかんねぇな。密封されてんだろ?」

「これはですね、防御魔法に無数の小さな穴を開けているんです。といっても物質的な穴ではなく概念的な者で──」

「まー細かいことはいいか! なんで話せてるのか今もわかんねぇしな!」

「自分から聞いておいて面倒くさくなったら投げるのやめてください」

 

 このパンはメロンパンと言うらしい。なのでメロと呼んでいる。

 いや、それが本名なのかも知らない。中性的な声と変わらない焼き目で年齢も性別も分からないオレの相棒だ。

 あれは遡ること季節を三つほど。ダンジョンの遺品漁り中に出会ったメロは、自分が人間だったこと以外の記憶を全て失っていた。

 

『あいたたた、ここはどこですか……?』

『おわっ、パンが喋った!?』

『うわ!? おっきい声──って何これ、メロンパンになってるぅううううう!?』

 

 助けたのは半分打算だ。

 記憶は失えど、メロは防御魔法と探知魔法に優れていた。

 メロの周りにある透明なびにぃるというのも防御魔法の一つらしい。

 その頃のオレは自分の力の限界を感じており、冒険者をやめようか悩んでいた。だから頭の良さそうなこいつの力を借りれば、のしあがれるかもしれない。

 結果として、目論見『は』上手く行った。

 

『ユンヒさん、右からステルス攻撃がきます!』

『ユンヒさん、脱出しましょう! 右斜め後ろに洞穴があります!』

『ユンヒさん、突っ込みすぎです。防御魔法をかける身にもなってください』


 振り返ってみりゃ気を揉ませてばっかだな……。

 ま、まあ、いつも渦中に突っ込みがちなオレにとって、懐であれこれ指示を飛ばしてくれるメロンパンは良いの相棒だった。

 それでも目論見は、という言い方をしたのはメロがオレと一緒に冒険者をする目的が関係してくる。

 

「ひくっ、結局見つかりませんでしたね……人間だった頃のわらしの手掛かり」

 

 酔いが回ったメロが、どこでしているかわからないしゃっくりをしながらぽつりと呟いた。

 心なしか浅桶の中に浮かぶ小麦色のパンも赤くなっている気もする。


「過去を見る魔導士に頼んですら無理だったんだ、気長にやるしかねぇよ。一つ見つかったら芋蔓式に見つかるなんてこともあるだろうしな

「そうかもしれませんけどぉ……!」

「だいぶ酔いまわってんなぁ」

「しょんなことありましぇん! わてゃし、これでもお酒強い方なんれすよ!?」

「そんだけどっぷり浸かってたら普段酔わねぇやつも酔うって」

 

 変なところ触らないでくだしゃいよ!?と威嚇(?)するメロを桶の中から出してテーブルの空いてるスペースに乗せる。

 こうやっとけばそのうち覚めるだろ。

 そもそもメロの持っている記憶が少なすぎるため、情報屋に頼もうとしても曖昧な依頼では曖昧な答えしか返ってこない。

 もう後はわずかな手掛かりを求めて自分の足で走り回るしかなかった。

 

「変なモンスターの手掛かりは大量に見つけるんだけどなぁ。尾鰭のあるドラグーンや土の中を飛ぶ鳥、石を食うスライムなんてのもいたっけ」

 

 ここ最近のモンスター討伐の依頼はずっとそんな感じだ。

 そいつらは自分の持つ力を持て余しており、暴走して各地に甚大な被害をもたらしている。ギルドの人間たちはそのうち治まる突然変異だろうとか言っていたが、原因の調査は難航しているらしい。

 

「そうれすねえ」

「中身をそっくりそのまま移し替えたようなやつらだったよなあ」

 

 そこまで言って、拗ねるような視線が向けられていることに気がつく。

 パンに目なんてないのだが、メロンパンの縁が尖らせた唇のように見えた。

 

「わたしがもんすたぁだって言いたいんですか、ユンヒしゃんは」

「いやいや、ちがうって!」

「わらしらって好きでメロンパンのままでいるわけじゃないんれすよ! いつもユンヒさんにはこんでもらうのはもうしわけないとおもってますし、自分の足で歩いてみたいって────」


 酒で普段抱えている不安が大きくなっているのか、どんどん声が大きくなってくる。

 あんまり騒ぎすぎると女を連れ込んでるって噂になるからやめてほしいが、こうなったメロは止まらない。

 メロンパンを包むびにぃるに涙と思しき水が溜まってきたので、焼き目の部分を撫でて宥める。

 

「ごめんって、オレが悪かったから! 次はウン十年ものの葡萄酒奢ってやるから許してくれって!」

「この前もそう言ってたのに結局エールだったじゃないれすかぁ!」

「あれ、そうだっけ? まあ細かいことは気にすんなって」

「たべものの恨みはおそろしいんれすからね!


 酔っ払ったメロの嘆きは、怖がった店員が尋ねてくるまで続く。

 腹話術だと誤魔化しておいたが、あからさまな嘘すぎて『はいはい、いつものね分かったよ』という反応をされた。

 店に黙ってツレを連れ込んでいるやつだという評価は、もう覆りそうになかった。

 


 

 


 ──手掛かりが見つからないというのは嘘だ。

 メロと出会う前に冒険者仲間からとある話を聞いたことがある。

 

 魂運び(ソウルテイカー)。

 生物の魂に取り憑き、食物連鎖で渡り歩く妖精の話。

 東の方ではキツネツキと認識されていることもあるらしい。

 食べた物の魂に入り込み、


「あー、自分を食わせるための魅了のスキルもあるんだっけ?」


 もうずいぶん前に訪れた山奥で聞いた話だからうろ覚えだ。

 空になったジョッキを突きながら、テーブルの上にメロを見る。

 愚痴り疲れてぐっすりと眠っているのか、周りを包むびにぃるがなだらかに上下していた。


「メロが魂運びだって決まったわけじゃないしなあ」

 

 本人は人間になりたそうにしてるし、今無理に不安を煽る必要はないだろう。

 そんな考えと共に、オレは今を潤すべく追加の炒り豆とエールを注文した。

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