メロンパン仮面様の正体は

 妖怪の頂点であり彼らに力を与え世に混沌をもたらした黒魔目くろまめは倒され、世には平和が戻った。


 しかし、全ての妖怪が死に絶えたわけではない。ひっそりと忍び、人々に混乱をもたらそうとする。


 ――だが、そんな時はいつだってどこからともなく彼がやってくるのだ。


『かりかりするのならカリカリのメロンパンを食べればいい』


 ナレーションのような声が煙幕の中より響く。


『外はサクサク、中はふわふわ。その味は全ての苦しみを忘れさせ、お前たちを天国へといざなってくれるだろう』


 煙幕と周囲に響くイケボに人々が集まってくる。


「メロンパン仮面様よ!」

「メロンパン仮面様が来たんだわ!」

「メロンパンしん様ー!」


 網目模様が特徴のふっくらふわふわ空飛ぶメロンパンカーに乗って颯爽と現れたのは、緑の縁取りがされた仮面をつけ、つばの大きいメロンパンを模した帽子をかぶり、網目模様の緑の全身タイツで胸元に『メロンパン命』と大きく書かれた姿のメロンパン神の化身、メロンパン仮面様だ。


「メロンパンを愛する正義のヒーロー、メロンパン仮面参上!」


 仮面から覗くクールな緑の瞳は人々を魅了する。


「お前……天邪鬼に取り憑かれているぞ」

「ええ!?」


 メロンパンカーから降りてメロンパン仮面様が話しかけたのは、女子中学生だ。さっきまで隣にいる男子中学生と喧嘩をしていた。


「お前が素直になれないのはそこの天邪鬼のせいだ」


 彼が指をさすと、その姿が現れた。小さな男の子だけれど赤いツノが生えている。


「ふん。オレがメロンパンなんかに――、」

「メロンパンビーム!」


 メロンパン仮面様が両手で丸の形を作ると、甘い匂いとあの独特の薄い黄色の光と共にそこから大量のメロンパンが天邪鬼の口に向かって放出された。子供相手に容赦がない。


「ふぐぅっ……っ、ん、んぐぅ、これ、ビームじゃねぇ……っ!」

「メロンパンスプラッシュ!」


 今度はメロンパン仮面様の瞳がその色に光り、背後から大量のメロンパンが飛んでいき天邪鬼を押し潰そうとする。


「うがっ、重いっ……!」

「メロンパンに沈め」


 彼の体はメロンパンの海に沈み、そうして大量のメロンパンと共に浄化される。どこかその表情は幸せそうでもある。


「……ふん。今回はジャイアントメロンパン神になるまでもなかったな」


 その芳しい匂いは人々を恍惚とさせる。


「ありがとう、メロンパン仮面様!」

「メロンパン神様、万歳!」


 メーロン!

 メーロン!

 パソッカ!

 パソッカ!


 祝福の言葉を浴びながら、彼はまた白い煙幕の中へと立ち去って行く。なぜか混じっているお菓子の名前は、最近殺妖隊により発行された「メロンパン仮面様大全」の彼の好物欄に載っていたものだ。妖怪に付け入る隙を与えたくなければ、美味しい食べ物の名を唱えるとよいと書かれていたのを受けての掛け声である。謎に満ちた彼の生態はその本でも明らかになっていない。


「メロンパンを食べよ。さすればあやかしに惑わされることはなかろう。美味しいメロンパンで満腹になった心は妖を退けることだろう。さらばだ!」


 彼の姿は跡形もなく消えた。


 ――煙幕を張り、メロンパンカーを運転するのは誰なのか……人々はなぜかそこに関心が向かない。


 全てはメロンパン神様のお導きだ。


 ◆

 

「お疲れ様でした、黒魔目様」

「……その名前で呼ぶな。もう過去のものだ」

「それですと、なんて呼べばいいのか分かりません」

「名無しの妖怪でいい」

「呼びにくいです〜」


 私は世間でメロンパン仮面様と呼ばれている、黒魔目様の小間使いだ。いつもメロンパンカーを運転している。


 殺妖隊に力を奪われた黒魔目様は、その償いをするようにと各地で妖怪が悪さをする度にメロンパン神に体を半分以上乗っ取られることになった。メロンパン神の意にそぐわないことはできないし台詞も制限される。最初と最後の口上なんかは固定だ。


 力のある妖怪は滅ぼされてしまったものの、私は「エロキュン子」という両想いの二人をエロい気分にさせるだけの妖怪なので、むしろこの国の人口減少に歯止めをかける役割を担うだろうと、なんのお咎めもなかった。


 各地で妖怪が悪さをすると、いつの間にか私はメロンパンカーの運転席でハンドルを握っていて、隣には変身した黒魔目様が悲しい顔で座っている。少し切ないけれど、黒魔目様と空のドライブができるご褒美のお仕事を与えられただけだ。


「お前はいいのか。その力、煙幕に混ぜることも可能だろう。私に遠慮しなくともいい」


 もしそうしていたら、今日にでも帰り道にあの中学生の二人の関係は大きく進展していたのかもしれない。


 そんなの……悔しい。


「もう使わなくてもいいかと思っています」


 それでも私が側にいるだけで多少の影響は周囲に与える。黒魔目様からそういった目で見てもらえたことがないのは少し寂しい。


 でも、私たちは妖怪だ。

 いくらでも時間はある。


「馬鹿だと思うか。滅びを受け入れない私を」


 メロンパン神の祝福……私たちにとってはメロンパン神の呪いは相当なもので、滅ぶことを望めば彼の体はメロンパンへと形を変えて奉納され、最後には人間に食われる手筈が整っている。


「私は黒魔目様のお側にいるのが幸せですから」

「……ふん」


 今度は呼び名を否定されなかった。


 この世に私たち以外の妖怪がいなくなれば、メロンパン神に体を乗っ取られることもなくなるだろう。


 どうか、黒魔目様には心穏やかに過ごしてほしい。きっと怒るだろうから口が裂けても言えないけど――、二人ぼっちの妖になるまでに、せめて彼が少しでもメロンパンを好きになれたらなと思う。


 私のことも、多少はね!


 ――これは、神に力を借りた人間と妖怪の対立のあとの物語だ。


 人は妖怪がかつてもたらした混乱により、必要以上に不可思議な現象や感情の強い動きに恐怖を感じるようになった。不安や疑念、妬みや歪んだ正義感……妖怪に増幅されなくとも、負の感情はいつだって人間を襲う。それはまた新たな妖怪を生み出してしまうのだ。

  

 メロンパン仮面は彼らの希望だ。


 いつか、彼がこの世界からいなくなる日が来るのかもしれない。だが、その精神は不滅であり引き継がれることだろう。


 さぁ、メロンパンを食べよう。メロンパン祭りを始めよう。嘆きを甘さで塗り替えて、明るい未来を迎えよう。


 もしかしたら遠い先には、笑いながらメロンパンを頬張るあの二人がいるのかもしれない。


 ――明るい未来をつくるのは、今を生きる人々の希望の心だ。

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