第6話 カムアクロス・アウトロー

 廊下の奥にある曲がり角から迫る足音に向かって、スウトは飛び込んだ。そこにいたのは、下着姿の女性だった。

「待て待て! あたしはあいつらの仲間じゃない!」

 その女性はスウトの漲った殺意に反応し、両手をあげて無害であるとアピールする。

「なら証明して見せろ!」

「見てわからない!? この格好で、この傷!?」

 女性が身につけている下着は、色気のある物ではなく、機能性重視のスポーツブラの類。冷える工場内の空気に晒され、全身に鳥肌が立っている。そこには新鮮な火傷の痕に切り傷、そして返り血の跡があった。

「……いいだろう、信用してやる。だから、さっさと私の前から消えろ」

 敵の残党かと期待したが予想が外れ、さらに切羽詰まったスウトは、工場の出口へ向かって加速する。

「待て待て! この騒ぎはあんたが起こしたんだろ? おかげで見張りを倒せたんだが……これだけのことができるってことは、あんたサンタだろ?」

 女性の言葉に、スウトは後ろ髪を引かれた。これまでスウトが倒してきた相手の大半は、スウトがサンタであると理解している様子すらなかった。つまり、自分が関わっている仕事について何も知らされていなかった上に、頭も回らない。

 だが、この女は限られた状況証拠からスウトがサンタだと見抜いた。サンタの血を引いている様子はなく、普通の人間であることは確かだが、只者でないこともまた確か。

「しかも、サンタ協会所属じゃない」

「……なぜそう思う?」

「一年前まで、サンタの血を引いてる女の子と一緒に働いてた。まあ、仕事といっても、悪いことばっかりだったけど……あの子と同じ、異端の香りがする」

 この女性が言っていることをどこまで信用していいのかわからない。だが、自分と共通の相手を敵としている。それは間違いない。

「協力し合わないか? ここで拷問される前に、別の場所にいた。詳しくは後で話すから、そこに一緒に向かう。いいな?」

「ダメだ。場所だけ教えろ。こっちは時間がない」

「同行する。それが情報を共有する条件。これは譲れない。更衣室に閉じ込められて拷問されてたから、この目で直接見たわけじゃないけど、一時間半前、ここに大勢人間が運ばれてきたような音がした。その中に、あんたの大切な人がいたんだろ? でなきゃ、サンタがサンタ相手に戦争なんてするわけがない」

 この女性はどうにも気に入らない。だが、サンタの血を引く者と仕事をしていたというのは本当らしい。なにせ、スウトがサンタだと知っても、全く動じていない。

 スウトがその気になれば、いますぐ殺されるだけの力の差があるにも関わらず、大胆に取り引き条件を提示してくる。

 この女性の心を折るのはおそらく難しい。サンタがあけすけに荒事の教育を受けるのは、サンタ養成所卒業後。スウトに拷問の専門知識はない。

 その拙い技量で口を割らせることに時間をかけるくらいなら、一緒に行動したほうがおそらく時間の節約になる。

「……わかった。サンタの事情に詳しいなら、時間がないことはわかるな? 面倒をかけるなら、すぐに切る」

「いまのあんたよりは、あたしの方が役に立つと思うけど。それと……急いでるとこ悪いんだけど、寒いし、恥ずかしいから、何か着るものくれる?」


※※※


 工場の外に放置されていたトラックを奪った二人は、荒野に近い郊外から、車一台ほどの幅しかない、老朽化した建物が建ち並ぶ、事実上のスラム街である旧市街地を走っていた。

「いい加減、場所を教えてくれてもいいんじゃないか?」

 助手席に座っているスウトは、座席に放置されていたサイズが大きすぎる作業着を着て、運転席を”譲らない”女性に不満を募らせていた。彼女は事情をまだ何も話していないが、スウトが家族を奪われたのと同じく、何かを奪われてたようだった。

 そういう意味では、お互いに敵は共通なのだが、互いに必要としているものが相反しているため、協力関係を築くことが難しい。

 スウトがこの女性に求めているのは、リュウとフウリを攫った組織に関する情報のみ。それを聞き出せば用済み。ただの人間など、サンタの戦いにはついてこれない。

 そうでなくても、車で混雑した道を走るよりも、サンタが全速力で屋根を走った方が早いこともあり、できることなら早く手を切りたい。

 一方で、この女性がスウトに求めているものは、戦力だ。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、監禁され、一方的に拷問されていたということは、単独で奪われたものを取り戻す能力はない。

 こういう世界で最終的にものを言うのは戦闘能力であり、スウトはそれを補うことができる。

 問題となっているのは、スウトの望みは情報であるため短期的だが、女の望みは戦力であるため長期的な関係を必要とする。だから女性は出し渋っている。

 敵拠点の位置を教えたら、その段階で切り捨てられるとわかっているから、自身でハンドルを握ることでスウトとの関係をなるべく長期化させようとしている。

 家族の命がかかっているというのに、こんな見え見えの時間稼ぎをされて、苛立たない方が無理だ。

「教えたらあんた、あたしを窓から投げ捨てるでしょ? 空になったプレゼント袋みたいにさ」

「配達に耐えられるようサンタ合成繊維で作られてるから、あれは高いんだ。使い捨てにするバカはいない」

「それは知らなかった。勉強になったよ」

 マフィアが使っていたトラックということで至る所にガタがきており、機密性は劣悪。真冬の寒気が窓の隙間やドアから流れ込んでくる。

 外気には、スラム街に立ち並ぶ屋台の香辛料の香りが乗っており、屋台はクリスマスを意識したのか、七面鳥の丸焼きが至る所で売られている。

 二人の空気は張り詰めているのに、町はクリスマスという穏やかな非日常に湧いていた。

「敵の場所は諦めるから、せめてお前の事情を話せ」

「あたしが話せば、あんたも話すか?」

「お前がさっき言った通りだ。妻と娘を攫われたから、取り戻したい。他のことはどうでもいい」

 スウトは焦っていた。自分一人、それかせめてこの女性が少しでも協力的なら担いで移動することで、混雑したクリスマス・イブの通りを避け、建物の上を高速で移動できるのに。

 この女性はスウトを警戒し、足切りされるに足る情報を与えないために、移動を完全に自身で完結する移動手段しか認めなかった。

 腕の一本でも折ってやろうかと思ったが、その程度で従わないことは、服の下に隠れている拷問の痕を見ればわかる。

 スウトの方が単純な力は強いはずなのに、言いなりになるしかないという奇妙な状況に陥り、そのせいで時間を食われている。

「自己紹介がまだだったな。リトだ。あんたは?」

 スウトはその単純な問いかけを、完全に無視した。

「釣れないな」

「サンタが絡む組織に囚われていた上に、その度胸。どうせ悪党だろ? 嫌いなんだよ。そんな奴に教える名前なんてない」

「自分から聞いといてそれ? まあ、いいか。あたしの事情だったね。仕事で密輸をしてる」

「よりにもよって”運び”か……」

 サンタに憧れ、サンタ養成所に入ったスウトにとって、運ぶという行為は神聖なものだ。初代サンタが困難な時代に、世界中に幸せと笑顔を運ぼうとしたように。スウトはクリスマスプレゼントという形で、かけがえのないものを運ぶサンタに憧れた。

 そんなスウトにとって、攫った人や、違法な物品を運ぶ連中など、家族を攫われたことを抜きにしても、運ぶという行為を冒涜する連中でしかない。

「あんな奴らと同じにするな! あたしのは半分慈善事業さ」

「密輸で慈善事業か。よく言えるな」

「あたしが運んでるのは宝石とかレアメタル。現地で鉱山労働してる人たちから直接、市場価格で買い取ってる。市場に乗せたら、鑑定書やら仲介手数料で、身を切ってないやつらがどっぷり中抜きしやがるから。裏で売る方が、貧しい人間にとっては助かるんだよ。サンタの目に触れさえしない人々に、手を差し伸べてるってわけ」

「口ではなんとでも言える。特に、自分から善行を誇るようなやつはな」

「そっちから聞いてきたんでしょうが! あんただって元サンタなら知ってんじゃないの!? 鉱山労働の元締めしてるサンタたちが、杜撰な安全体制のまま人間を送り込んでることくらい! あいつら情報統制までして、鉱山の有毒ガスの影響で体が変形する危険があるってことすら隠して、人を集めてる……現場はそこまでのリスク背負ってるんだから、報われなきゃおかしいでしょ」

「身を削っている者が報われるべきだってことは同意するが、お前を信用することとは別問題だ」

 険悪な空気だとは、お互いに感じていなかった。利害が一致しただけの、即席で組んだ相手との仲なんて、こんなものだ。殺し合いになっていないだけ、仲良しなくらいだとすら思っている。良くも悪くも、スウトとリトはこうした世界に慣れていた。

「あいつらに奪われたのは宝石と貴金属、それに装備が入ったアタッシュケース二つ。入港するところまでは良かったんだけど、難癖をつけられて中を改められた。相手が上層部のサンタなら賄賂で切り抜けられたんだろうけど、下っ端だったのが最悪」

「船以外のところにも宝石を隠してると疑われて、取り調べか」

「そういうこと。向こうの商材は人間らしいから、組織の元締めをやってるサンタの目を逃れてお小遣いを稼ごうとした、下の暴走ってとこかな。まあ、そのおかげで、かなり加減してくれた」

 スウトのサンタとしての感覚でリトの振る舞いを観察しているが、嘘を言っている様子はない。だが、サンタの優れた感覚で人の目よりも正確にプロファイリングを行なっているに過ぎないため、拷問や取り調べに耐性がある相手では読み損なう。

 リトの言葉を信用するのは危険だ。リトの目的はあくまでスウトを都合よく利用すること。それを為す最も効率的な方法は、本来の目的よりも”遠い目標”を提示し、信用させること。

 リトの目的は奪われた宝石だと予想されるが、これが嘘だった場合、スウトが必要とする情報を手にする前に、リトが目的を果たし逃亡……最悪は、スウトが必要とする情報をそもそも持っていない可能性すらある。

 サンタ協会を抜けてからは、身を潜めるように家族三人旅を続けていたスウトに味方はいない。リトは敵ではないというだけで、どちらが相手を出し抜けるかという関係でしかない。

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2024年12月18日 21:05
2024年12月19日 21:05
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引退した元サンタが誘拐された家族を救うために、人身売買組織を潰す話 神薙 羅滅 @kannagirametsu

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