第5話 エクスチェンジ・トラッカー

 スウトは、誘拐の実行犯の女から聞き出した、町のスラム街にある工場を見下ろせる小さな砂丘の上に身を潜めていた。

「嘘はついてなかったみたいだな」

 隣で気を失ったままの女は、どうやら真実を言っていたらしい。工場の周囲には、服の袖で隠しているが、小銃で武装した見張りが三人。

 この国の法律では、銃火器の所持が禁止されているというのも、女が本当のことを言ったと判断した根拠の一つだが、見張りたちが所持している銃にスウトは見覚えがあった。

 あの銃は世界的に有名なメーカーが生産している物だが、その会社がサンタ兵器開発局のフロント企業であることを知る者は少ない。

 表に出す代物とはいえ、サンタ製であるため質はいい。その分、値段も張るため、途上国のマフィアが使用するにはハードルが高い。

 サンタがバックについた上で、資金提供を受けていると見て間違いない。

 スウトは焦りと共に時刻を確認する。午後八時五分。二人が誘拐されたのが午後五時ごろであるため、もう三時間経っている。

 さっそく当たりを引いたとはいえ、余裕がない。攫った人間を輸出するのにかかる時間は組織や事前準備によって様々で、具体的なタイムリミットすらわからない。

 だが、スウトの感覚では攫ってから、誘拐犯に報酬を支払い、トラックや船に荷入れするまで約四時間。しかし、その時間はあくまで目安。それより時間がかかることもあれば、短く済むこともある。

「調べている時間はない、か」

 スウトは砂丘を駆け降りた。本当ならもう少しあの工場を観察し、見張りの配置や、拉致された人がいるかを調べるべきだが、もしもここにリュウとフウリがいなかった場合、時間が足りなくなる。

 焦ってしくじったら終わりだが、時間をかけている余裕もない。サンタとして活動していた時期ならもっと効率的に調査できたかもしれないが、さすがに五年のブランクは重い。

 さっきの店での戦いといい、ホテルからの移動といい、身体と頭の動きが、自分で思っていたよりも鈍い。

 そもそも、スウトがサンタとして活動していたのはわずか二年。それも、丸々二年ではない。サンタ養成所の卒業は12月23日であり、翌日のクリスマス・イブでいきなり実践投入される。

 配属一年目かつ初仕事のクリスマス・イブの夜に、スウトはサンタ協会の腐敗を知り、命令された子どもの誘拐や人体実験をそれとなくやり過ごした。その翌年のクリスマス・イブに、クリスマスの騒ぎに乗じて逃亡。

 サンタ協会から身を隠すことに焦りすぎ、足を滑らせたら、リュウと巡り会った。

 スウトは知識こそ豊富にあるが、実戦経験に欠けている上に、五年の空白期間がある。家族への愛情と怒りに任せて突っ走っているが、心理的にも能力的にも、極めて危うい状態だった。


※※※


 工場の裏口にいる見張りを、スウトは暗がりから回し蹴りを首に入れて気絶させる。倒した見張りが装備していた無線機を奪いつつ、草むらに放り込んで隠し、裏口をこじ開け内部に潜入する。

『こちら異常なし』

 廊下を歩いていると、無線機から定期連絡の音声が流れてきた。この音声を聞いているリーダーがいると考え、スウトはあえて見張を一人だけ倒した。

 一人欠けただけなら、スウト一人で無理なく偽装できる。

『こちらも異常なし』

「同じく異常なし」

 声の違いがバレないよう、周波数を少しだけ変更し、ノイズを混ぜた上で虚偽の報告を行う。

 ここにリュウとフウリが囚われているかの確認が取れるまでは、二人を人質にされないためにも騒ぎは起こしたくない。

 工場内部の見取り図がないため、スウトはサンタ聴力で空気の流れや足音の反射を読み取り、なんとなくで探索を続ける。

 どうやらここは缶詰を製造する工場らしが、稼働していないため薄暗く、静まり返っている。

 見張りに定期連絡をさせる念の入れよう。二人が囚われている場所、あるいは運ばれた後ならその行方を聞き出せる公算は高い。

 そのためにも、ここのリーダーを見つけて、話を聞くのが最短距離か。

「工場長室、か」

 スウトは廊下の壁に貼り付けられた工場内部の地図を見つけた。安直だが、工場長室にこの場を統括する者がいる可能性が高いと考え、スウトはそこを目指すことにした。

 二階建ての工場の製造ラインを見下ろせる場所に、工場長室はあった。扉には内側から鍵がかかっており、中には二人の女性がいた。

 一人は小銃を肩に掛けたまま軽く周囲を警戒しており、もう一人は部屋の真ん中で無線音声を聴いている様子。

「ピッキングは……できない形状か……」

 扉の鍵は内側から閂をはめる形状であるため、外側からではピッキングのしようがない。

 二人がいるかどうかもわからない状況で音を立てたくないのだが、仕方がない。

 この程度の相手なら、通報される前に倒せると考え、スウトは扉をサンタの腕力でこじ開け、勢いよく部屋へ飛び込む。

 物音に反応した見張りが小銃を構えるが、引き金を引くよりも先に、鳩尾に殴打を入れて昏倒させる。

 残りの一人が無線で警告しようとする。スウトは操作モニターの上に置かれていたボールペンを手に取り、無線を持った敵の右手に投擲。サンタの力で投げられたペンは、右手の甲を貫通、痛みのあまり無線を落とす。

 その隙に、スウトは彼女へ飛びかかり、後頭部を叩きつけるように地面へ叩きつけた。

「夕方、人を攫って、ここで取引をしたな? どこにいる?」

「も、もうここにはいない! 本当だから、殺さないで!」

 リーダーと思われる女は、スウトの言動にパニック状態。とても嘘を言っているようには見えない。

「どこに運んだ?」

「知らない! 本当に知らない!」

「その答えで本当に後悔しないか?」

「しない! しないから!」

 スウトはその場に落ちていた血塗れのボールペンを拾い、女の眼前に構える。

「知らない! 知らないって……いだぁぁ!!!」

 スウトは躊躇いなく、右目にペンを突き刺す。だが、女は激痛に叫ぶばかりで新情報を話さない。

 早くも、ここに来て手詰まり。サンタの知識を用いれば、時間をかけさえすれば敵の拠点を見つけられはする。だが、そんな呑気なことをしていたら、間に合わない。

 スウトは唇を噛む。それと同時に、工場内に鼓膜が破れそうなほどの非常音が響き渡った。何者かが警報を鳴らしたのだ。

 誰が? 浮かんだ疑問を解消しようと周囲を見渡すと、部屋の隅に監視カメラが設置されていた。人にばかり気を取られ、監視カメラを見落とすという凡ミス。しかも、警備が無線通信のみだという無根拠な決めつけもあった。

「なにやってる……」

 家族の命がかかっている局面で、決して許されないミス。いや、果てしない重圧がかかっていたからこそのミス。

 幸い、この場にリュウとフウリはいないが、運ばれた先に連絡が行くのは確実。敵は警戒のレベルが上がるし、輸出作業を早めるだろう。

 ただでさえ時間がないというのに、いたずらに導火線を短くしてしまった。地上にいるはずなのに、スウトはいまにも溺れてしまいそうだった。

 それでも、冷静であるよう努め、工場長室の外に出る。その瞬間、廊下の奥から小銃の掃射を受け、咄嗟に部屋の中へ戻る。

 幸い被弾こそしなかったが、扉を開けたままにしていたため、本来なら接近する足音を聞き逃すはずがない。焦りとプレッシャーで集中力も判断力もボロボロ。

 それでも、スウトは工場長室に戻り、さっき倒した見張が所持していた小銃を拾い、廊下に飛び出す。曲がり角に敵が一人、体を半分出した状態で銃を撃ってくる。

 スウトはその弾道をサンタ動体視力で見切りながら、小銃で撃ち返すことで身を引かせる。その隙にサンタ膂力を込めた両足で、床が裏生えるほどの強さで蹴り加速。

 曲がり角に身を隠した敵は、想定を超えた速さで距離を積めてきたスウトに対応できず、銃身のフルスイングを頭部に受けて頭から血を流しながら床に倒れた。



 スウトは工場内を駆け回り、監視カメラを見ていたと思われる者を探す。二人の行方を知っている可能性があるとすれば、立場が上の者だろう。

 しかし、曲がり角で出会った女を最後に、敵と遭遇すらできない。警報を聞いて戦うのではなく、撤退を選んだのだろう。

「どうする……どうする……」

 さっさと工場の外に出て、追うか? それとも、工場の中で手がかりを探すか?

 どちらを選んでも、そこまで勝算があるようには思えない。スウトの脳裏に、サンタ協会が行なっていた人体実験の光景が浮かぶ。

 リュウとフウリが、実験の犠牲になる姿を想像して、鼓動が早くなる。サンタの強靭な肉体でも、破裂しそうなほど加速する寸前、廊下の奥から足音が迫るのを聞いた。

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