隠遁サンタは挫けない
第4話 ファントム・チェイサー
サンタが人を攫うとき、相手がよほどの大物でない限り、実務はサンタとは接点がない素人か、マフィアに外注する。
今回のような不特定多数の人間を誘拐する時、その中にサンタ協会から離反した異端サンタや、サンタの血を引く者と遭遇し、思わぬ損害を被ることがある。
そうした不慮の事故のリスクは、下部組織に押し付けるのがサンタのやり方。それは一見合理的な判断に思えるが、”運び”を千八百年かけて洗練させてきたサンタと比較すれば、乱暴な素人やマフィアによる誘拐など杜撰そのもの。それだけ、付け入る隙がある。
事実、スウトはホテルを出てからものの十五分ほどで、件の五台のトラックの内の一台を発見した。
「こういう手口か」
三階建ての雑居ビルの屋上から、眼下の細長い居酒屋を見下ろす。トラックは店に横付けされ、店内では三人の若い女の客と、カウンターにいる一人の女性の店長で、安いシャンパンを飲み交わしている。
おそらく、彼女たちは攫った人間をサンタか、サンタが背後に控えているマフィアに売り渡し、報酬を受け取ったあと。仮にあいつらがリュウとフウリを攫った連中だとしても、もう手元には残っていない。
そもそも、五台の内の一台しかこの場にないことから、異なる五つのグループがホテルの誘拐に参加したと推測される。
誘拐計画自体は、ホテルの設計段階から仕組まれているため、精巧そのもの。しかし、実務の様々な要素は杜撰そのもの。
だが、ホテル一棟丸ごと誘拐するという大胆な犯行に、計画が精緻であることにいかほどの価値があろうか。
「待つことに価値があるとは思えないな」
スウトはビルの屋上で二、三分、店内の様子を伺うが、他の犯行グループや、サンタが合流するような雰囲気はない。
スウトは両脚にサンタ膂力を込めた状態で、ビルの屋上から店の目の前にある通りへと飛び降りる。
サンタ膂力で強化された両脚は、着地の衝撃を完全に吸収し、物音ひとつ立てることはなかった。
「聞きたいことがあるんだが、いま話せるか?」
「お姉さんには悪いけど、今日は貸切でさ」
リーダーと思われる女の言葉に、残りの二人と店長が何が面白いのか理解できないが、大声で笑い始める。どうやら、この四人で一つのチームということらしかった。
「そっちが素直に答えるなら、時間は取らせない。さっきお前たちが売った中に私の連れがいてな。買い戻したいんだ」
「なんだてめー?」
予想外の問いに、リーダーの女が席から立ち上がり、スウトを睨みつける。
「残念だけど、もう売っちまったよ。手元にあったとしても、お姉さんじゃ払えないだろうけ……」
スウトは女の鳩尾に膝蹴りを入れた。聞きたいことがあるため、かなり加減したが、女は痛みのあまり地面へ激突するように倒れ込んだ。
それを受けて、女の背後に座っていた二人の女が懐からナイフを取り出そうとするが、構えるよりも速く、スウトは二人の顔面を両手でそれぞれ掴み、右手で持った頭部はカウンターへ、左手で持った頭部を壁へ叩きつける。
その直後、店長がカウンターの裏に隠していた散弾銃を取り出し、スウトへ向かって発砲した。音速を超えて撃ち出された無数の弾丸を、スウトのサンタ動体視力は全弾正確に視認。
サンタ瞬発力で瞬時に身を伏せることで回避。次弾が打ち出されるよりも速くカウンターを足から乗り越え、店長の頭に回し蹴りを入れる。
「婉曲的な聞き方だと理解できなかったか? どこの誰に売った? 忠告しておくが、私は対象を死なせずに苦しめる方法を、お前たちが想像できないほど知っている」
スウトはリーダーの女を無理矢理、椅子に座らせ向き合うように座る。
「し、知らない、なにも……! 人を攫うからって集められたら、あたしたちの他に四つグループがいて、仕事を終えたら報酬を受け取って、解散した! 本当にそれだけだから!」
「そこまでしておいて”それだけ”? まあいい。説教してやるほどの価値も感じない。どこで取引をした? 場所を教えろ」
スウトはスマホの地図アプリを開いて、女に位置を指示させる。そうしてスウトの注意がスマホの画面に向いた瞬間、背後で倒れていた女の一人がハンドガンを取り出し、スウトへ向ける。
だが、スウトはリーダーの女の網膜の反射で、背後からの奇襲を捉えていた。背後にいる女が引き金に指をかけたと同時に、スウトは椅子を後ろ蹴りで、ハンドガンを持った女の手元へと発射。
木製の椅子がハンドガンを持った右手首に直撃し、直角に曲がり、女は銃を落とした。
「仲間に余計なことをしないよう命令した方がいいんじゃないか?」
「もう余計なことするな! ここだ! ここで取引したんだ!」
リーダーの女がピンを刺したのは、ここから三キロ離れた場所にある工場だった。
「”覚え”違いだった時のために、お前は連れていく」
「本当だ! 嘘なんて言ってない!」
「間違いを訂正するなら早くした方がいい。いまならなかったことにしてやる」
「なんでここまでやる? 同業他社か? それとも、悪事を見過ごせないサンタ気取りか!?」
「サンタらしさに興味なんてない。私はただ、家族を取り戻したいだけだ」
スウトは右腕で抱えたリーダーの女の頭部をカウンターの角に叩きつけ、気絶させて運びやすくする。
そして、スウトは散らかった店内に一瞥もくれず、目の前のビルの屋上へ跳躍した。
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