第3話 ウルトラ・キドナップ

 部屋から出たスウトは、足早にホテルのフロントへと向かった。そこには、まだ事情聴取を受けているホテルのオーナーがいた。

 沸騰寸前の血が頭に昇っているスウトは、二人の警官が目の前にいることにも躊躇せず、オーナーの女性へと近寄った。

「私に何か言うべきことがあるんじゃないか?」

「あなたは昨日の!? どこから入っ……」

 スウトは右足で、ホテルオーナーの右肘を蹴り上げた。命中したと同時に、肘が百二十度ほど曲がり、肘の骨が皮膚から飛び出していた。

「ぃだっっ……なっ、なにしてっ……」

「時間を稼ぐな。さっさと話せ」

「なっ、なにをしてる!」

 警官二人が目の前で行われたスウトの暴行に対応するために銃を構えるが、スウトは微動だにしない。

「こいつと組んでるのか?」

「現行犯であなたを……」

「お前らの代わりに、私がこいつの取り調べをする。クリスマスイブくらい仕事をサボって、愛する人と過ごしたらどうだ?」

 スウトはフロントにあった鍵のかかったレジを腕力でこじ開け、紙幣と硬貨が入った棚ごと二人組の警官へ乱暴に投げつける。

 あまりにも無茶苦茶な賄賂だが、ホテルのオーナーに義理立てするほどではないのか、二人の警官はレジから金を抜き、そそくさとホテルから出て行った。

「誘拐の手引きをしたな? 他の部屋を調べたが、抵抗した痕跡が残っていた。このホテル一棟丸々拉致されている。こんな大仕事、ホテル側の協力なしにできるはずがない。全部話せ」

「……は、話したら報復される……」

「お前が仕えている組織は、死者に報復できるのか?」

 右肘が折れ、骨が皮膚を貫通した激痛と、目の前にいる異常者の滾った怒りに、オーナーはどうすればこの場を切り抜けられるのか、全くわからなかった。

「その力……あ、あなた、サンタでしょ? ならこんなことやめにして……」

「……サンタを知っている、のか? 事情が変わった。いますぐ話せ。時間がない」

 スウトはオーナーを右腕で無理矢理立ち上がらせてから、今度は彼女の左肘に蹴りを入れ、鈍角をつけてやる。

 華やかなフロントロビーに血飛沫と絶叫が飛散するが、スウトは眉ひとつ動かさない。

「どうせほとんど何も知らされていないんだろう? なら話すべきだ。どうせ、こんなに痛めつけられた後だ。やつらがお前のこの姿を見て、”何も話さなかった”と信じてくれるか?」

 痛みと出血で半ばショック状態のオーナーに詰問を続ける。スウトは焦っていた。スウトは五年前までサンタ協会に所属していた。そのため、腐敗した現在のサンタ協会が何をやっているのかをよく知っている。そして、その巧妙さも。

 サンタ協会は数百年前、世界中の子どもたちへプレゼントを運ぶための配達経路を確立した。最近では、もっぱら密輸や人を売るために活用しているが、それはつまり、人間の犯罪組織と比較した場合、サンタが絡むと仕事が圧倒的に早いということ。

 人を攫って運ぶとなると、そこそこ時間がかかる。だがサンタのルートを通せば、ものの数時間で追跡不能な場所まで運び出せる。

 だからスウトは焦っていた。誘拐が行われたのはおそらく一時間から二時間前。既にそれだけの時間が経過している。ここは港町だし、町を一歩出れば広大な砂漠が広がっている。時間的猶予はもうない。

「わ、わたしは何も知らない! 察してる通りだ! そこに駐車場の入り口を写した監視カメラがある! それくらいしか協力できない!」

 恐怖と痛みに慄くオーナーを監視室に連れ込み、映像を確認する。このホテルに設置されている監視カメラは、わずか二台。ホテルの正面玄関と、駐車場の入り口を写しているのみで、それ以外の空間は記録に残らない。

「どういう監視体制だ、これは? ホテルの構造、動線が誘拐に適し過ぎている」

「失業した時に、声をかけられたんだ! ホテルのオーナーをやってみないかって! 頷いたら、設計図をもらって、資金も提供されて、そのまま建てて、見てただけ! 本当にそれだけで、何もしていない!」

 スウトは監視カメラの映像を、自身の目で最後にホテルの様子を確認した午前六時にまで巻き戻し、早送りで手がかりを探す。しかし、手がかりらしいものは一向に映らない。

 オーナーの言うことが真実であるならば、このホテルはサンタが人身売買の商材を入手するために設計した、誘拐特化のホテルということになる。宿泊料金が安かったのも、獲物を誘き寄せるためだ。

 徹底的に誘拐用のホテルとして設計されているため、監視カメラが写している範囲に誘拐の証拠は残らないようになっている。

「何もしていない? 宿泊客に警告もせず、素知らぬ顔で営業を続けておいて、”何もしていない”? サンタ相手にそんな言い訳が通ると本当に思っているのか?」

 オーナーの後頭部を掴み、テーブルの角に叩きつける。彼女の額から血が流れるが、意味をなさない叫び声を上げるばかりで収穫がない。

 ここまでやって何も言わないということは、この女は本当に何も知らないのだ。この誘拐組織に関する情報を何一つ。

「チェックインを担当したから、君たち三人のことは覚えてる! トラックだ! 二人はトラックに乗せられて運ばれる! いつもそうするんだ! でも、そこまでしか知らない!」

 オーナーからこれ以上の情報を得ることを諦めたスウトは、監視カメラの映像に集中し、件のトラックを探す。ホテルを一棟丸々誘拐するだけのトラックとなれば、こんな杜撰な監視カメラの配置だとしても、必ずなんらかの痕跡が残る。

 トラックが敷地内に入る瞬間。あるいは、トラックを離れた場所に待機させているのなら、誘拐した宿泊客を運ぶ犯人の姿が。

 しかし、映像にはそうした光景が一向に映し出されない。駐車場に入ってくる車両も、正面玄関からホテルに入ってくる人々にも、怪しい動きは見られない。

 収穫がないまま映像が終わりに近付いていく。手がかりなしで、貴重な時間を失った。そんな最悪を予想するが、映像が四十分前に差し掛かった頃、異常なことが起こった。

 駐車場の出入り口を映す映像に、ホテルから出て行くトラックが五台、突然映し出された。

 スウトの記憶では、今朝仕事に出かける瞬間、駐車場には一般車両しかなかった。にも関わらず、駐車場に入ってきた痕跡のないトラックが、出て行った。

 ホテルに傷はついていないため、トラックがどこかから侵入してきたということはない。

 つまり、映像に明らかな異常が発生しているが、元サンタであるスウトはサンタが関わっていることを、この映像で強く確信した。それも、ごまんといるサンタではなく、組織からの信頼厚い実力者のサンタが背後に控えていることも。

 当初の想定よりも、この組織の規模が大きいことを確信したスウトは、あまりの絶望感に思考が凍死しそうになる。

 トラックが出たのはわずか四十分前。スウトがケーキとプレゼントを買わなければ、鉢合わせることができたかもしれない。そんな後悔が募るが、振り払い、思考を切り替える。

 このトラックを追跡し、追いつく。それができなければ全て終わり。リュウとフウリが、運びのプロであるサンタの手に落ちたら、どうにもならない。二人がこの町を出た時点で、サンタの配達ルートに乗せられ、足取りを掴むことは不可能となる。

 そうなっても、年単位の時間をかければ見つけられるかもしれないが、その頃には二人は死体だ。

 スウトはトラックのナンバープレートを控えつつ、監視カメラの映像をスマホに転送。オーナーへの怒りはあるが、とどめを指す時間すらおしいため、そのまま放置して、ホテルの屋上へ登った。


※※※


 この辺りで最も高い建物であるホテルの屋上に登ったスウトは、町を見下ろしてトラックを探していた。夕暮れ時の町は混雑しているため、渋滞に巻き込まれている可能性があるからだ。

 しかし、二人を誘拐したと思われるトラックと似た車体は見つからない。そこでスウトはサンタとしての思考に切り替える。自分ならどうやってこの町で、荷物を。人を運ぶかと。

 スウトはサンタとしてプレゼント配達に駆り出される前の三年間、サンタ養成所に通っていた。

 養成所で習うサンタとしての技能の数々。効率的なプレゼント配達ルートの構築法。サンタに一目会おうとする子どもたちに気付かれることなく、枕元にプレゼントを置く技術。

 それらの知識が、前者は違法な武器や人の密輸。後者は潜入工作・暗殺の下地になることを、鈍い者は卒業後に。勘が鋭いものは初めての授業で察する。

 スウトは薄々、現代のサンタが腐敗していることを感じていたが、授業に真面目に取り組み、サンタ養成所におけるスウトの成績はトップクラスで、学年三位という高順位で卒業した。

 しかし、そこから実際にサンタとして仕事をしていたのは二年足らず。しかも、穢れた仕事には手をつけないよう立ち回っていたため、サンタとしての実戦経験はそれほど多くない。

 その上、サンタ教会を抜けたのは五年前であり、その期間がまるまるサンタとしてのブランク。

 徹底的に叩き込まれた知識はそう簡単に失わないが、家族であるリュウとフウリにサンタだとバレないよう。そして、サンタ協会からの追手に勘付かれないよう、サンタとしての力を押さえて生活していたため、勘が鈍っている。

 それでも、スウトはサンタ養成所で教わったことを思い出し、スマホの地図アプリを駆使して、トラックの行動を推測した。

「逃げ切れるとおもうな。必ず追いつく」

 その強い言葉は自信ではなく、鼓舞に近かった。初代サンタが立ち向かったとされる異形の怪物に、胸を鷲掴みにされているみたいだった。リュウとフウリを失う。そう考えるだけで。

 スウトは、買ってきたばかりのクリスマスケーキの箱と、ゲーム機をどうするか迷った。これから先、荷物はない方がいい。

 だけど、ここでリュウとフウリへの贈り物を置き去りにしてしまったら、二人まで置き去りにしてしまうような気がした。

「どこに行っても、必ず見つける。約束だ」

 スウトはクリスマスケーキとプレゼントを服の下にしまい、いまにも夕暮れを終えようとしている町へ跳び出した。

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