第三章 電話

「ヤーダ・・それって不感症よぉ・・・

沙也加はウブだからセックスの喜びを知らないのよ。

なんて言っちゃって、これ・・・

本のうけうり・・・。

実は私もよくわかんないんだ。

沙也加と違って独身だし、そんなに経験ないし。

やっぱり、まだイッタ事なんてないわ。

だって、男なんていつも自分勝手なんだもん。

まだこっちは全然濡れてないのに、

強引に入ってきてさっさと自分だけいっちゃうしぃ。

あんなの、痛いだけよ。

結婚して何度もすれば、

そのうち感じて濡れるようになるって思ってたけど。

やっぱり、そうもいかないのね・・・。

考えちゃうな・・私も・・・」


電話の向こうから、いつもながら元気な良江の声が聞こえてくる。

暗くなった沙也加の気持ちも多少明るくなる気がした。


「それより・・・さ。

気晴らしに飲みに行こうよ。

たまには羽根、伸ばさなきゃ、

おばさん主婦になっちゃうぞぉ・・・」


沙也加は笑いをこらえて声を返した。


「そうね・・・。

行こうか、金曜の5時に新宿でどう?」


「オッケー、じゃあダメだったらメールして・・・

駅に着いたら電話して・・じゃあね・・・」


電話を切ると沙也加はボンヤリと外を見た。

雪は止んだが相変わらず静寂の世界が広がっている。


タンスの引き出しの奥に隠していた雑誌をとり、ソファーに座った。

自分の不感症を直せないものかと、思い切って買ったレディースコミックだった。


しかし、読んではみたもののどれもピンとこず、何かわざと感じているように思えて白々しく感じていた。


沙也加は受話器を取ると、震える手で広告のぺージのナンバーを押した。

短い呼び出し音の後、軽そうな男の声が聞こえた。


「電話してくれて、アリガトー。

君・・・いくつ・・?」


初めてかけた、テレフォンクラブであった。


「えっ・・えーと・・・二十六です」


「へえー・・そぅ?

なんかすごく若い声してるね・・・

もしかして、主婦ぅ?」


「ううん、OLで今日は会社さぼったの・・・」 


沙也加は嘘をついた。

そうする事で、自分が違う人間になれるかもしれないと思ったのだ。


「えー、不良じゃん・・・?

って、実は俺も会社さぼってテレクラ来てるし。

この雪じゃあ、電車も混むしさー・・・

それより・・ねっ・・・

テレホンセックスした事・・・ある?」


「えっ・・・ええ。あるわよ・・・」


「じゃ、さー、俺としようよ・・・ダメ?」 


「い、いいわ・・・」


沙也加は緊張して答えた。


「ラッキー、じゃあ目を閉じて・・・

まず胸に手をあててみて・・・」


沙也加は言われた通りにしてみた。


「ゆっくり、揉んでごらん・・・。

そう、ゆっくりと・・・どう、感じてきた?」


「えっ、ええ・・・」


実は全然、感じていなかった。

そんな事を言われると逆に冷めてくるのであった。

自分の手で自分の胸を触ったところで、どうにもなるものではなかった。


「そう、そう・・・。

ほーら、乳首が固くなってきた・・・」


男は自分一人で荒い息を吐いて、なにやらゴソゴソと音をたて始めている。


「今度は指を君のアソコにあてて。

どうだい気持ちいいだろ、濡れてきたかい?」 


沙也加は、だんだんバカバカしくなってきた。 


「ご、ごめんなさい・・・

私、もうダメ・・切るわ・・・」


そう言うと受話器を置いた。

ソファーに寝転ぶと天井を見つめたまま息をついた。

窓の外は、眩しいくらいの雪景色であった。

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