第四章 コミュニティセンター

昨日の雪もすっかり溶けて、沙也加は濡れた歩道をコミュニティセンターに向かっていた。 

ネットのブログに今日、ビーズ刺繍の講習会があると書いてあった。


元々編み物とかが唯一の趣味である沙也加は、久しぶりに何かに没頭したくなっていた。

教室に入ると席は半ば埋まっていて、沙也加は後ろの席についた。


「ここ、空いているかしら・・・?」

二十代後半であろうと思われる女性が聞いた。


髪は薄くブラウンがかって艶もあり、無造作に片側に寄せている。

それがかえって白いうなじを効果的に見せ、美しさを強調している。


単純なデザインのワンピースなのだが両脇が大胆にカットされ薄い紫のカーディガンからシャープなラインが覗いている。

背は高く整ったプロポーションと対比するように頬はふくよかで、優しい微笑をたたえ潤んだ瞳が沙也加を見つめている。


微かな香水の香りが鼻をくすぐる。


(きれいな人・・・

私より年上だろうから当たり前だけど、

すごく大人っぽい・・・。

それにグラマーだし・・いいなー・・・。

私にないもの・・・

全部もっているっていう感じ・・・)


沙也加は自分の美しさに気づいていないのか、隣に座っている彼女にうっとりと見とれてしまうのであった。


「なにか・・・?」

女が沙也加の視線に気づいて聞いた。


「いいえ、なんでも・・・ありません」

沙也加は耳まで赤くして下を向いた。


やがて講師の先生が現れ、教室の説明をして簡単な手続きを済ますと教材が配られた。

自分の針箱をこうして開けるのは、何か月ぶりであろうか。

なんともいえない充実感に、沙也加は作業に没頭していった。

周囲の物音が消え、自分だけの世界に入っていく。

一針一針ビーズを通し徐々に作品が形作られていった。

時間が自分と重なって、静かに流れていく。

何も考えずビーズが造り出していく色彩のハーモニーを確かめながら丁寧に縫う。

安らかな時間が過ぎる・・・。


「若いのに、お上手ね・・・?」

女が沙也加の手元を見つめながら微笑んで言った。


ふと我に返り顔を上げると、視線が合ってしまった。

ビクッと電気のようなものが背中を走り抜けた。

美しい唇が妙に艶めかしく心に迫ってくるようだった。


「い、いえ・・そんな事ないです・・・」


白く小さな指は刺繍を隠すように膝に置かれた。

見つめただけでその柔らかさがわかるような、はかない指であった。


「自己紹介が遅れたけど、私、佐藤信子と申します。

よろしくね・・・。

失礼だけど、

お名前うかがってよろしいかしら?」


催眠術にかけられたように、「信子」という目の前の女性の名前が心に刻まれていく。

艶のある声が沙也加の耳をくすぐり、響いてくる。


「わ、私、森山沙也加といいます・・・

こ、こちらこそよろしくお願いします」


可愛いハキハキした声に信子は若さの持つ爽やかさを感じて嬉しかった。


「ねえ、私この教室続けようと思うのだけど、

誰も知り合いがいないの・・・。

来週も隣の席に座ってもいいかしら?」


突然の申し出に沙也加は喜びではち切れそうだった。

こんな素敵な人の隣に座れるなんて夢のようだった。


「わ、私の方こそ・・・うれしいです。

ぜひ、お願いします・・・」


「じゃあ交渉成立ね、森山・・さん・・・?」


「沙也加で・・いいです・・・」


「そう、じゃあ私の事も信子って呼んでね。

これからよろしくね、沙也加さん・・・」


信子はそう言うと沙也加の手をとって握手した。

沙也加はその感触に痺れ、身体の奥まで伝わってくるような気がした。


それから教室が終わった後、二人でお茶を飲み信子から色々な事を聞いた。


沙也加のマンションとコミニティーセンターのちょうど中間辺りにある、大きな家ばかり建っている所に信子は住んでいた。

てっきり二十七、八才ぐらいだと思っていたが実はもう三十五才であるという。


しかしエステやスポーツジムにでも通っているのであろう、肌は美しくプロポーションも均整を保っていた。

まるで雑誌から抜け出たモデルのようで、沙也加はカップ越しにまぶしそうに見つめた。


たわいの無い話しをして二人は別れ沙也加は久しぶりにウキウキした気分で、家路をたどるのであった。

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