4 そこには困りごとがあるよ

◆◆◆


ウサマネ:「……というわけで、マウンテン包括の担当者と共に、ジョンさんが入院しているセンター病院で面談してきました」


ダーティ:「さっそくに行って来てくれたわけですね。それで? どうでしたか?」


ウサマネ:「ダーティさん。やっぱりジョンさんは、思った通りのクソヤローでしたよッ!(良い笑顔)」


ダーティ:「でしょうね!(笑)」


ダーティ&ウサマネ:「あははは!」


◆◆◆


ウサマネ:「気を取り直して、改めてジョンさんとの面談についてなんですけど……」


ダーティ:「はい。どんな感じでした?」


ウサマネ:「いや~本当に清々しいほどの自己中なクズって感じでした(笑) とりあえず、ジョンさんの面談時の言い分なんですけど……


・金がない! さっさと市役所に言って金を持って来させろ!


・今の家は汚いから、早く新しい家を探せ! 早く退院させろ!


・そんなことはできない? 知るか! こっちは福祉の世話が必要なんだぞ! 何とかするのがお前らの仕事だろうが!?


・市の担当者が無理なら、姉や弟、なんなら母に言って金を持って来させろ! そもそも、親父の遺産をあのババア(母)が独り占めしたのが悪い!


・できないできないばっかり言いやがって! 何もできないならどうして面談なんかに来た!? この役立たずが!


・何が介護保険だ! そんなのは知らん! お前らがやっとけ!


・タバコ買ってこい! 役立たずでもそれくらいならできるだろ!?


 ……みたいな感じでしたよ。いや~あそこまで好き勝手に言われると……ダーティさんが言っていた〝役割に徹する〟というのが、むしろやり易かった気がします。あまりにもオイラ個人の価値観と違ってたんで(笑)」


ダーティ:「ははは。価値観が違い過ぎる利用者と相対すると、こちらとしても、いっそ〝ケアマネ〟というロールプレイ(★※1)をしている気分になりますからね。まぁ物は考えようというやつです。あと、初回面談(★※2)でそこまであからさまにキャラが出るジョンさんの支援は、ある意味ではやり易いかも知れませんよ?」


ウサマネ:「やり易い……ですか? 個人的には、ジョンさんの支援はかなり面倒そうな印象を受けたんですけど?」


ダーティ:「いえいえ。面倒なのは間違いないと思いますよ(笑) 私が言わんとしているのは、『できること/できないこと』の線引きが容易かも知れない……という意味合いです」


ウサマネ:「線引き?」


ダーティ:「ええ。説明しましょう」


◆◆◆


★※ 用語について


★※1 ロールプレイろーるぷれい

「役割(role)」と「演じる(play)」を組み合わせた言葉。「ロープレ」なんて略して呼ぶこともあります。


「設定された場面で役割を演じて疑似的な体験を積む」という体験型学習の意味合いで使われることが多いです。⇒ロールプレイ学習。


 ですが、ここでのダーティさんは「業務としてケアマネという役割を演じること」そのものを指して「ロールプレイ」と表現しています。


★※2 初回面談しょかいめんだん

 読んで字の如く「初めての面談はじめてのめんだん」のことです。


 横文字大好き福祉業界においては「インテークいんてーく」なんて呼ばれたりもします。日本語でいいじゃん。なんだよインテークて。吸気口かよ。


◆◆◆


ダーティ:「まず、ケアマネというのは介護保険制度上で設定された業務を行う者です。そして、基本的に社会保障系の制度・サービスというものは〝利用にあたっての条件〟が設定されているのが常です」


ウサマネ:「はぁ……そりゃ確かに〝誰でも彼でも無条件に!〟とはなってないですね。少なくとも介護保険サービスは」

 

ダーティ:「ええ。介護保険サービスを利用するには、まず『要介護(要支援)認定を受けている』というのが大前提となり、その認定を受ける為には『65歳以上である』『40歳以65歳未満で特定の疾病がある医療保険加入者である』などがあります。今回のジョンさんのように『要介護1の認定がある』という大前提をクリアしていても、まだサービス利用までには条件があります」


ウサマネ:「そりゃそうですね。今回のジョンさんなんか、一方的な要望の聞き取りだけで終わっちゃって、契約(★※3)の話もできてませんし……」


ダーティ:「でしょうね。ただ、我々ケアマネ(居宅介護支援事業所)との契約については、たぶん地域包括なり病院なりがどうにかすると思いますよ?」


ウサマネ:「え? 包括や病院が? 何とかしてくれるんですか?」


ダーティ:「はは。ウサマネさん。今、このジョンさんの件で困ってるのは誰(★※4)だという話ですよ。正直なところ、我々ダーティ・ケアプランは、何が何でもジョンさんと契約しなければならないというわけでもありません。ジョンさんの件で困っているのは……とっとと退院してもらいたい病院と、在宅のケアマネに後のことを任せたい地域包括というわけです」


ウサマネ:「あーなるほど。確かに考えれば当然ですね。このままズルズルと入院を継続するというわけにもいきませんし。で、退院するとなれば、在宅のケアマネにサービス調整してもらわないと、次に何らかの問題が起きた際、地域包括が矢面に立たされる(★※5)……みたいな?」


ダーティ:「そんな感じです。なので、病院や包括がジョンさんを〝強く説得(★※6)〟してくれると思いますよ。それが適切かどうかは知りませんけど(笑)」


ウサマネ:「〝説得〟ですか。本音と建前的な感じで嫌ですよね。地域包括の人も、普段は自己決定がどーの、本人の意思を尊重してだのと綺麗事を言ってる割には、本人にケアマネとの契約をゴリ押ししたりもするんですね……って、そんなことより、さっき言ってた線引き云々の話はどうなったんです?」


ダーティ:「おっと。これは失礼。少し話が逸れましたね。その態度や言い方の是非はともかくとして、今回のジョンさんのように、初めからある程度以上の〝自分自身の要望〟をはっきり示してくれる利用者というのは、支援者側としてはむしろありがたいという話です」


ウサマネ:「はぁ……要望を示す利用者さんですか?」


ダーティ:「ええ。まず、ケアマネなどという怪しい初対面の人物に、自分自身の要望を理路整然と伝えられる人というのは稀です。そもそも介護保険サービスを利用しようという人は、大抵が〝困った状況・状態〟に陥って混乱もしているでしょうしね」


ウサマネ:「あー……言われてみればそうですね。困ってない人は、別にケアマネや介護保険に用なんかないわけですし」


ダーティ:「その通りです。我々が関わるという時点で、そこには何らかの困りごとがあるわけです。まぁ残念ながらジョンさんの困りごとについては、我々のような介護保険制度上のケアマネでは対応できない(やりたくない・やってやる義理もない)内容が多いですが……だからこそ、こちらもはっきりと『無理です』と伝えることができます。支援の現場で厄介な出来事の一つが、その場その場で確認して同意を得ながら対応したにもかかわらず、『本当は嫌だった』『こんなサービスなんて望んでなかった』と後々になってちゃぶ台返しを食らうことです。どうです? ウサマネさんにも経験があるのでは?」」


ウサマネ:「それは……確かにありますね。ちゃんと話し合って同意もあったはずなのに、いざサービス開始となった際に『やっぱり止める』とか言ってくる利用者や家族はこれまでにもいました」


ダーティ:「ま、厳しいことを言ってしまえば、そんな風にちゃぶ台返しを食らうというのは、支援者側の説明や認識のすり合わせ不足、利用者・家族への理解不足といった見通しの甘さ(★※7)に起因するんですけどね」


ウサマネ:「……(しれっとディスってくるやん)」


◆◆◆


★※用語について


★※3 契約けいやく

 介護保険制度上のサービスというのは、事業者と利用者の『契約けいやく』が前提となっています。


 当然、ケアマネ(居宅介護支援事業所を運営する法人)と利用者の間にも契約が必要となってきます。


 契約書や重要事項説明書、個人情報使用同意書などを説明し、納得の上で了承して頂き署名・捺印(捺印を省く事業所も増えてます)をもらうという流れ。


 今回の事例では、ジョンさんがそもそもケアマネや介護保険制度などを理解していない状況で面談となったわけです。そりゃ契約なんてできませんわな。


★※4 困っているのは誰こまっているのはだれ

 ケアマネに限らずですが……相談援助の実践現場においては〝今現在、困っているのは誰なんだろう?〟という支援の振り返りや整理はとても有用です。


 客観的に振り返って整理をした際、〝実は困っているのは支援者である自分だけだった〟……なんてことも多々あります。


 つまり、利用者や家族は別に何も困っておらず、支援者側が勝手に先回りしてやきもきしたり、一人で空回りしている……とかです。


 そんな状況だと、そりゃ利用者自身が〝何とかしよう〟なんて思うはずありませんわな。


★※5 地域包括ちいきほかつ矢面やおもてに立たされるにたたされる

 地域包括も貧乏くじを引かされることが多々あります。


 事前に状況を把握していた〝支援が必要な高齢者〟に対して、地域包括という機関はその特性上『何もしない』というわけにはいきません。


 当然に〝支援が必要な高齢者〟を適切な支援に繋げ、その人の日常生活が破綻しないように調整する必要があります。もちろん、当事者の同意の上で。


 ただし、時には当事者自身が地域包括の介入や直接的な支援を拒む場合もあります。


 地域包括と言えど、本人や家族の同意がなかったり、支援や介入を強く拒否してくる人を相手に取れる手立ては多くありません。


 そうして支援を拒んだ人であっても、後々に問題が起きた際、地域包括はあちこちから言われるわけです。


『包括は何をしていたんだ!?』

『どうして支援に繋げなかった!?』

『こうなることが予測できなかったのか!? 見通しが甘かったんじゃないのか!?』


 ……などなどと。


 機関の特性上、ある意味では仕方ないとも思いますが……〝中の人たち〟の気苦労も多少は分かろうというものです。合掌。


 ただし、虐待の疑いなどがある(当人の権利が不当に侵害されている)事例に、包括が適切に支援介入できなかった場合などでは、また話が変わってきます。


 むしろそういう場合は、同業者から『包括ちゃんとしろや!』という意見が出るでしょう。※俗に言う〝介護殺人〟や介護を苦にした〝無理心中〟などが最悪の例でしょうか。


★※6 つよ説得せっとく

 はい。現場ではよくある光景なのですが、基本的に相談援助職者が〝やっちゃダメな行為〟です。


「ケアマネさん! デイに行くように本人を説得して下さい!」

「⚪︎⚪︎さんが薬をちゃんと飲んでくれません! ケアマネさんからも言って下さい!」

「⚪︎⚪︎さんがまた勝手にお酒飲んでました! ケアマネさんがついてるのに、どうしてですか!?」 


 ……などなど。


 こっちに言って来られてもね。


 相談援助職者(ケアマネ含む)には、利用者の自己決定や自由意志を尊重するという建前があります。


 選択肢の可能性を示し、選択肢それぞれについてのメリット・デメリットを説明(情報提供)する。そして、最終的にどうするかは利用者の判断に委ねる……というのが相談援助の一つの基本です。


〝こっちを選べ〟〝アレをしろコレをしろ〟と説得(強要?)するのは、少なくともケアマネの仕事じゃないです。そんな権限はケアマネごときにありません。


 もちろん、利用者や家族が自らの選択によって〝重大な不利益を被る〟のが明らかな場合は、また少し話が変わってきます。各関係者・機関との協議が必要になるでしょう。


★※7 見通みとおしのしの甘さあまさ

 ウサマネさんはディスられたと感じてますが、基本的に〝ミス〟というのは、突き詰めればこの見通しの甘さに端を発します。


 もちろん『超能力者や予言者でもない限り事前に分かるかッ!』……という類の予測不可能な事態も多々ありますが、振り返って見れば『コレは××の時点で予見可能だったよなぁ』という状況も多いです。


 人はそういうミスの積み重ねを〝経験〟という綺麗な言葉で表したりしますね。


 要は物事を多角的に見る癖を付けておきましょう……という感じです。


 一番性質が悪いのは、自分がミスをしたことに気付かない人・ミスを認めない人だと感じます。


 ケアマネ界隈でも多いのですが『自分はちゃんとした支援者だ! ミスなんかしない!』という感じで、威風堂々で自信満々なケアマネは大抵……以下自主規制。


◆◆◆

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