3 専門職者の心構えだよ

◆◆◆


ウサマネ:「とりあえず、このジョンさんを担当するのは分かりましたけど……やっぱりモヤモヤはしますよ。こういう場合、どんな風にジョンさんに接したらいいんですか?」


ダーティ:「ははは。普段の態度のデカさと口の悪さの割には、ウサマネさんは結構繊細さんなんですねぇ?」


ウサマネ:「ええ、そうですよ。ガラスでチキンな、感受性豊かで壊れやすいヤワなハートを持つ繊細様ですよ? ほらほらダーティさん、そんなオイラに、もっと気を遣ってくれてもいいんですよ? あー早く説明してくれなきゃ、ハートが壊れちゃうー」


ダーティ:「……(確かに話を振ったのはこっちですが、やっぱり図々しいなこの駄ウサギ!)」


ウサマネ:「……(とっとと説明しろや、掃き溜めケースばっかり引き寄せる汚れ管理者が!)」


ダーティ&ウサマネ:「「あはははー!」」


◆◆◆


ダーティ:「とりあえず、ウサマネさんは『弱者は救いたい姿をしていない(★※1)』という言葉をどこかで聞いたことはありませんか?」


ウサマネ:「あぁ。なんか聞いたことあるかもです。こっちの思う『救いたい弱者(理想)』と『実際の弱者(現実)』にはギャップがある……みたいなやつですよね?」


ダーティ:「ええ。概ねそんな感じで使われていますね。実際にケアマネ界隈でも似たような事例は多々あります。今回のジョンさんなんて、まさにその典型例と言えるでしょう」


ウサマネ:「た、確かにそうですけど……でも、このジョンさんみたいなクズを前にすると、やっぱり〝助けたくないなあ~〟って思っちゃいますよ」


ダーティ:「ウサマネさんの気持ちはよく分かります。こういうモヤモヤというのは、ソーシャルワーカーであれば……対人援助職者たいじんえんじょしょくしゃ(★※2)であれば、誰しもが通る道と言っても過言じゃないでしょう」


ウサマネ:「対人援助職者の通る道……あれ? でも、オイラは〝タイ人〟を援助したことなんてないですけど? …………なんちゃって!(笑)」


ダーティ:「……」

ウサマネ:「……」


ダーティ:「そのクッソつまらないオヤジギャグも、対人援助職者が一度は口にしたり聞いたりするヤツですね。ソーシャルワーカーギャグとでも言いますか……(憐憫)」


ウサマネ:「い、いやだなぁ~ダーティさん。ちょっとしたお茶目ですやん。そ、そんな憐れみの目で見ないでくださいよ~」


ダーティ:「はぁ……では、気を取り直しましょうか。あくまで私個人の意見だと前置きした上でですが、社会奉仕や純粋な善意で無償の支援をしている人たち(★※3)ならともかく、公的な報酬を得ている(★※4)我々のような職業支援者が『弱者は救いたい姿をしていない』……などという言葉を真に受けること自体がどうかと思ってしまいます」


ウサマネ:「え? でも……実際にジョンさんみたいな人って、多くの人が『救いたい姿』と思わないのも事実じゃないですか?」


ダーティ:「ええ。そのことについては否定はしません。私だって、ジョンさんが真人間などと思っていませんよ。私は、が、自身の価値観や感情というと言っているんです」


ウサマネ:「自我を出すな……ですか?」


ダーティ:「はい。我々ケアマネというのは、その実態はともかくとして一応は専門職者であり、業務に報酬が発生する職業支援者です。ウサマネさん、逆に聞きたいのですが……たとえば調子が悪くて病院に行った際、詳しい検査や問診すらなく、医師や看護師から『申し訳ないんですが、ちょっと見た目が生理的に受け付けないのでお帰り頂けますか?』などと言われたらどうですか?」


ウサマネ:「い、いやぁ……そりゃまぁ、今のご時世なら一発アウトの大問題になりますね。というか、調子が悪くて病院行ってるのに、そんな理由で診療を拒否されたら……こっちだってブチギレますよ」


ダーティ:「でしょう? 専門家としての評価ではなく、〝個人的な感情や価値観〟で職業的な役割を放棄するというのはそういうことなんです。あと、逆に『あなたは話をした感じがとても良いので、サービスで検査を一つ追加しておきますね♬』なんてことを病院で言われても困るでしょう。もちろん、これらの話はあくまで〝社会保障系サービス〟での極論です。我々ケアマネなんかは『サービス提供拒否の禁止(★※5)』というのもありますしね。一般の商取引やサービス業などでは話も変わって来るでしょうし、時と場合によっては、相手によって態度を変えるなんてのもアリなのかも知れません」


ウサマネ:「うーん……確かにそうですけど……分かったような分からないような?」


ダーティ:「では、もう一つ別の例で説明しましょうか」


◆◆◆


★※用語について


★※1 弱者じゃくしゃすくいたいいたい姿すがたをしていないをしていない

 トルストイさんの格言……みたいに紹介されているようですが、出典は不明です。


★※2 対人援助職者たいじんえんじょしょくしゃ

 決して〝タイ人〟だけを支援する人じゃありません。


 ソーシャルワーカーそーしゃるわーかー相談援助職者そうだんえんじょしょくしゃ支援者しえんしゃなんて風にも呼ばれたりします。


 要するに、悩みや問題を抱えている人から相談を受け、解決の為の支援、各種制度やサービス調整を行う職種全般を指します。


 ケアマネもこの対人援助職者に含まれます。一応。


★※3 社会奉仕しゃかいほうし純粋じゅんすい善意ぜんい無償むしょう支援しえんをしているをしているひとたちたち

 本来はボランティアぼらんてぃあの方々や篤志家とくしかと呼ばれる人たちを指します。


 ケアマネ界隈で仕事をしていると、地域で無償の支援をしている人たちに遭遇することがあります。ただ、その人たちの事情を詳しく聞けば、単に断れなかったからとか、周りから押し付けられてとか、世間体で仕方なく……みたいな人もいます。


 なので、傍目には無償の支援を行っていたとしても、その当事者に熱意や志があるのだと決め付けるのは早計です。見極め必要。


 もちろん、熱意や志を持って無償の支援を行っている人もいますけどね。


★※4 公的こうてき報酬ほうしゅうているている

 ケアマネの業務には報酬が発生します。介護報酬というやつです。


 介護報酬の出処は『公費』となります。


 40歳以上の方々が納める介護保険料(50%)、国(25%)、都道府県(12.5%)、市区町村(12.5%)というそれぞれの負担割合で捻出されている感じです。


 ケアマネ(居宅介護支援事業所)への報酬について、今のところ利用者の自己負担というものはありません。※ヘルパーやデイの利用料については、利用者の自己負担分があります。


 なので、もし担当ケアマネから「○○さん、今月の相談料の支払いについてなんですが……」みたいな話をされたら、即座に警察へゴーしましょう。次からは別のケアマネが担当になることでしょう。


 ちなみにケアマネの報酬(対象者の介護度や事業所の加算によって差はあるも、だいたい1件あたり11,000円~20,000円くらい)は月単位であり、利用者がその月に何らかの介護保険サービスを利用して初めてケアマネにも報酬が発生するという仕組みです。


 なので、相談のみだったり、入院中で介護保険サービスの利用がない月などは、当然ケアマネに報酬は発生しません。世知辛い。仕方ないけど。


★※5 サービスさーびす提供拒否ていきょうきょひ禁止きんし

 ケアマネ(居宅介護支援事業所)は『事業者じぎょうしゃ正当せいとう理由りゆうなくサービスのなくさーびすの提供ていきょうこばんではならないんではならない』という内容が運営基準で定められています。


 もっとも、この『正当な理由』というのが割とガバガバなので……「あ、今は件数が一杯なので無理です」と、普通にお断りされることも多かったりします。


 支援者側にとっての厄介な利用者(態度が横柄、ハラスメント気質、家族もクレーマー気質、やってもらって当然・してくれて当然という受け身タイプ、理由のいかんを問わず公序良俗に反するタイプ……などなど)というのは、受け入れてくれるサービス事業所(ヘルパーとかデイとか)もなかなか見つからなかったりするので、ケアマネ側としても『担当したくないなぁ~』というのが現実だったりします。


 もちろん、ケアマネ協会のお偉い様や市区町村の担当部署(介護保険課など)は立場上『けしからん!』と言うでしょうけど……。


◆◆◆


ダーティ:「ウサマネさんは歌舞伎かぶきはご存知ですか?」


ウサマネ:「え? そりゃ歌舞伎自体は知ってますけど……あ、詳しい演目とかまでは知りませんけど……?」


ダーティ:「いえいえ。歌舞伎の存在を知っているなら、舞台上の役者を補助する真っ黒な衣装を着た〝黒子くろこ〟と呼ばれる人もご存知ですよね?」


ウサマネ:「ええ、まぁ……知ってます」


ダーティ:「あれは舞台上の役者を補助する『後見こうけん』という役割の一つでして、『黒衣くろご』と呼ばれる人です。一般的には先ほどのように〝黒子くろこ〟と呼ばれたりもしています。歌舞伎の舞台で〝黒〟は観客に見えないという約束事があるようでして、『黒衣』は居ない者として扱われます。あくまで私個人の考えではありますが、ケアマネというのはこの『黒衣』であるべきだと思っています」


ウサマネ:「ケアマネは『黒衣くろご』……ですか?」


ダーティ:「はい。我々は業務上の役割を持ち、結果として公費から報酬を得ています。仕事としてケアマネをやっているわけです。歌舞伎の舞台をケアマネ業務に置き変えるとすれば、その舞台というのは〝利用者の人生〟に他なりません。舞台上の役者というのは、利用者自身であったり、関わりの深い家族であったり、友人であったり、知人であったり、恋人やパートナーであったりするでしょう。その舞台を観劇する観客たちも、利用者に関わりのある人たちと言えるでしょう」


ウサマネ:「はぁ……」


ダーティ:「そんな利用者の人生という舞台に、我々のような支援者は〝役者〟として登場するわけではありません。あくまでも〝ケアマネ〟という衣装を着て舞台にお邪魔するわけです。利用者自身を含め、舞台上の役者さんたちを補助するために。当然その衣装は〝黒〟です」


ウサマネ:「つまり、見えない存在として支援するというイメージですか?」


ダーティ:「はい。ケアマネという衣装を着て舞台に上がる以上、ケアマネが個人の感情や価値観を表に出すべきではないと私は考えます。仮に歌舞伎の舞台で『黒衣』の人が〝俺はダンスで自分を表現するぜ!〟とか言い出し、唐突にピンク色の衣装を着てコンテンポラリーダンスを歌舞伎の演目中の舞台で披露したりしますか? しないでしょう?」


ウサマネ:「想像したらメッチャ面白いですけど(笑)」


ダーティ:「いや、まぁ確かにそんな舞台があれば面白そうでしょうけど……歌舞伎の演目としては大問題になるでしょう(笑)」


ウサマネ:「(笑)」


ダーティ:「話を戻しますが……今回のこのジョンさんというのは、確かに一般的な価値観に照らし合わせても碌でもない人でしょう。ウサマネさんの〝クソヤロー認定〟については私も異論はありません。ですが、我々の方も〝役割を与えられた専門職者〟として、その役割に徹するべきだろうと思うわけです」


ウサマネ:「うーん……黒衣として、専門職者として、与えられた役割に徹する……ですか。分かりました! まだモヤモヤはしますけど、オイラはケアマネとして、このクソヤローのジョンさんを担当します! 自分の価値観や感情を出さず、ケアマネの役割に徹してみせます!」


◆◆◆

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