○怒哀□


長年の友情が冷めた経験はあるだろうか。私はそれを最近経験した。友情は永遠に続くものではないと分かってはいたのだが、冷めることもあるのだと知った。


冷めた瞬間、それはパラパラと情けない音で崩れ落ちていく…。なんと滑稽なのだろう。今、この話を書いている時、私は自分を嘲るかのように笑っていた。部屋の窓に映る私の顔は目が笑っていなかった…。


 



今の職場に転職したことで、前職とは違う通勤経路に変わった。

毎朝、七時十九分の電車に乗るのだが、車内で五年ぶりに高校の同級生と再会した。以下、白川瑛大とする。



相変わらず、瑛大は変わっていなかった。人を妙に苛つかせる言い方(癪に障る言い方)をするところが変わっていなくて、私は呆れていた。




そんなある日、いつものように七時十九分の電車に乗り、瑛大に向かって「よっ」と挨拶の手を挙げた。再会してから彼はよく「お前はいつも無表情で、しかも顔のパーツが整っているから余計何を考えているか分からないんだよな」と言ってくる。私はいつもその言葉をスルーしていたのだが、今回は違った。



「お前さ、人生楽しい?」


約二十五センチ上からそんな言葉が降りてきた。


「どういう意味?」


「親友の真奈美は彼氏と同棲していて、お前の幼馴染は旅行好きだろ?それに比べてお前はインドアだし、休みの日は本を読むか、犬と遊ぶだけだろ?つまんない人生だな」




――つまんない人生だな。




その言葉を聞いた瞬間、何かが冷めていくような気がした。今、文章化してみると友情が冷めたのだとはっきりと分かる。



いつもの私なら、「そうだね」と受け流していただろうが、今回はさすがに受け流すことはできなかった。

瑛大を睨んだ。(本音を言えば、殴りたかったが、それはだめなので必死にこらえた。)


「白川は私に何を期待していたの?何を求めていたの?真奈美みたいに彼氏ができて恋愛する人生であってほしかった?幼馴染みたいに、旅行して新たな発見をしてほしかった?お前は私に何を求めてるの?」



昔から瑛大は私に対して変に理想を求める節があった。綺麗な顔だから彼氏がいて当たり前とか、休みの日は喫茶店巡りをしているとか、そういう理想を押しつけてくる節があった。



「確かにお前からしたら、私の人生はつまらなく映るだろう。だが、それがなんだ?楽しいとかつまんないとかそれを決めるのはお前じゃねえんだよ。自分で決めることなんだよ」



この時の私の顔は珍しく、無表情ではなく怒りで歪んでいたに違いない。


「お前に現実を教えてやるよ。現実の私は恋愛に興味もないし、そんな時間あったら本読みたいし、犬と遊びたいんだよ。将来後悔しないか、って?ああ、しないね。自分が好きでこの人生歩いているんだよ」



瑛大の胸に人差し指を置いて、かなり強めに突いた。



「お前の中にいる“氷魚”という理想像を私に押しつけるんじゃねえよ。分かったら、黙ってろ」


 

ちょうど、瑛大が降りる駅に着いたので私はそれに合わせて、瑛大に背中を向けた。


発車音が聞こえ、ドアが閉まった。瑛大の顔は見ていない。どんな顔をしていたかも興味ない。ただ、行き場のない怒りだけが残っていた。







次の日。


昨日、あんな酷いこと言われたからっていつも乗る時間を変えるのはどう考えても無理だった。(遅刻するから)それに、いつも乗る号車もスムーズに乗り換えできるバッチリな号車だった。瑛大を避けるために、わざわざ場所を変えるのは気が食わなかった。



だから、



私はいつものように七時十九分の電車に乗り込んでやった。彼は気まずそうに私を見ていた。私はそんな彼を見て、怒ることも無視をすることもせず、いつものように「おはよう」と挨拶をした。(何の感情も湧かなかった。)



彼は目を大きく見開いていた。そんな顔を見るのは初めてかもしれない。



「お、おはよう…」



返されたそれは実に弱々しくて。



彼なりに反省は、したらしい。



なら、私からはもう何も言うことはない。いつものように、静かに本を読み始めるのだった――。

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氷魚の閑話休題 氷魚 @Koorisakana

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