第3話 イこうよぉ、伊香内さん

伊香内いかないさん、これ見て!」


 今日も今日とてお家が大好きな伊香内さんだ。相変わらず自室の真ん中のローテーブルの前に座って、左手にはしっかりと眼鏡熊のぬいぐるみ。膝の上でも乗せてやりゃ良いのにと思うけど、何らかの信念があるのだろう。


「何?」


 僕になんて欠片ほどの興味もなさそうな顔である。でも僕はめげないぞ。


「これ! これだよ!」

「『アバドンホテル・スイーツバイキング』……」

「そ! いま話題のスイーツバイキングだよ!」


 伊香内さんは甘いものが大好きだ。もちろんそれもリサーチ済みの僕である。


「ここ、すっごいんだよ」

「すっごいってどこが?」


 おっ、これは好感触! 食いついて来たぞ! イケる! 今日こそは!


「スイーツバイキングってさ、色んなスイーツがたくさん食べられる、ってのがウリじゃん?」

「そうだね」

「で、色んなスイーツがたくさん食べられるようにって、小さめに作られてるっていうか、小さめにカットされてると思うんだけど」

「そうだね」

「それでもやっぱり一つ食べた時の満足感っていうかさ、小さいなりにも結構満足出来ちゃう大きさはあるんだよ」

「ふんふん」


 良いぞ、ちょっと前傾姿勢になって来た! 聞く体勢になってる!


「だから結局思ってたほど食べられなくて、美味しいんだけど、あぁあっちのももっと食べたかったなとか、そういうのがあったりするんだよね」

「成る程」

「で、も!」


 見て! と僕はそのバイキングのパンフレットを、バァンと景気よく(ここは『ケーキ』と『景気』をかけたところだからぜひとも笑ってほしい)テーブルに叩きつけた。


「ここのはほんっとに一口サイズなんだ。小さすぎるなって思ったらたくさん食べれば済む話だし、むしろこれは嬉しい配慮だと思わない? そんで、二時間食べ放題で驚きプライス二千円っ!」

「へぇ」


 アレ? ちょっとトーンダウンした? おかしいな。ここはもっと「エー!? 安ぅ~いっ! でも社長、もう一声~」って乗って来るべきところなのに。


 でも僕はめげないぞ。


「ですが……」

「?」

「今回に限り……?」

「??」

「その二千円は僕が出しますっ!」


 きょとんとしてる。これは成功か? 失敗か? ええいクソぉ、伊香内さんって基本眠そうな顔だからわかりづらいんだよ! だけどここまで来たら押すしかない! 押せ! ここで勝負をかけろ!


「しかも!」

「?」

「食後にコンポタ缶もつけます!」

「何その配慮」

「いや、さすがにスイーツばっかり食べたらお口直しに塩気がほしいかなって」

「成る程ね」


 っていうわけだから、と僕は軽く咳払いをして、とどめの一言を放った。


「行こうよ、伊香内さん!」

「行かない」

「何でさ!」


 その言葉で伊香内さんは立ち上がった。もちろん左手にはだらりと垂れ下がる熊のぬいぐるみ。ねぇそれはその扱いで本当に正しいやつなの? 心なしか悲しそうに見えるんだけど?!


「どこ行くの、伊香内さん?」


 尋ねたけど、もうだいたいわかる。キッチンだろう。


 という僕の予想通りだった。

 伊香内さんは冷蔵庫から「そんなもの常備してんの、この家!?」と僕がついついツッコミを入れてしまうくらいに色んなものを取り出して、それを片手で抱え込むと(いい加減熊離しなよ)部屋に戻り、あっという間に色んなスイーツを作り上げてしまったのだ。


「自分で作れるから、行かない。君とは絶対に行かない」


 召し上がれ、と目の前に置かれた色とりどりのスイーツを恨めしそうに見つめる。くそっ、どれもこれも美味しそうじゃないか。僕より先に食べ始めた伊香内さんは、「美味うま、甘ぁ」と目を細めている。


 仕方なく、僕もいくつか食べた。何だよぉ、めっちゃ美味いじゃんかよぉ。でも正直ずっと甘いものを食べ続けるのはキツい。そう思っていると。


「はい」


 コト、と目の前に置かれたのは、スープマグだ。中に入っているのは色と香りからして恐らくコーンスープ。こんなもの、いつの間に用意したんだ伊香内さん!


 完敗だ。


 今日も駄目だったか。

 でも諦めないぞ。

 次こそは。

 明日こそは。

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