第9話『砲撃開始!』


 最初はアレックスとジムが二人で漕いでいたが、中程まで来ると狙撃に備えてジムが舟の後方から漕ぐ形に変えた。


「舷側から目視されないよう、艦尾にまっすぐ近付いてくれ」


 とレオナルドが指示をした。


 艦からは常に誰かしらが海の様子を見ている。近付いてくる船がいたら即座に士官に伝わり、早い段階で船に誰何すいかの声が掛かるのだ。だが今はギリギリまでそれを避け、こっそり近づきたいところだ。 

 本来、艦長や士官クラスの人物が乗艦する際には、艦では水夫から士官までが整列して出迎え準備を整え、上等な手漕ぎボートに乗ってきた上官を迎え入れるものだ。

 しかし今回はたったひとりの漕ぎ手しかいない小舟でこっそりと艦長が自艦に近付いているのだ。シャーロット号は何事かと思うことだろう。

 シャーロット号がどう出るか分からないまま、ウィリアムが皆に言った。


「こちらがマスケット銃で狙われていないかどうか、陸から遠眼鏡で見張っている。後ろから追ってきてるマーカスとサムの舟でも注意してくれているから、異常があったらすぐ伝えてくれるはずだ。それまでは、こちらも盾で防御するなどのおかしな動きは控えよう。足下に隠したマスケット銃とピストルと剣は人数分あるから、好きに使ってくれ」

「何事もなく艦の側まで着いたら舷門からの乗艦をうながされるはずだが、それがなければ鉤縄かぎなわを投げて登るか」

「恐れながら艦長。舷門からの乗艦は危険かと存じます。甲板に立った瞬間に狙撃されては大変です。お許しいただければ私が先に乗艦し、安全を確認した上で艦長に乗艦していただきたいと考えておりますが」

「ありがとう、頼むアレックス」


 そうしているうちに、艦はもう間近に迫っていた。

 艦尾がまっすぐこちらを向いているので、隠れて狙撃するのは容易ではない。気を付けねばならないのは側面に回り込んだときだ。

 甲板の艦縁に潜んだ敵が銃を掲げて潜んでいるのではないかと、艦尾のすぐ側まで来た四人に緊張が走る。


「…ん?」


 ウィリアムは前を向きながら呟いた。


「何だあの商船…。おい、危ないぞ…」


 皆がウィリアムの目線の先を見ると、巨大な商船と、それに追随している護衛船が真っ直ぐにシャーロット号に突進してきていた。不安を感じながらもレオナルドは言った。


「いや…さすがに避けるだろう」

「それにしても近いぞ」

「船長。ヤバイですぜ。この近さですれ違ったなら、そこそこの波がこの舟に来やす。転覆の可能性もあるので、一旦止めるか、波を避けるために艦の右舷側に回らなければ」

「うん、では右舷側に回ってくれ、ジム」


 舟は、シャーロット号の左舷側すれすれを通ろうとしている商船を避けて、ゆっくりと艦の右側面に回り込んだ。艦の甲板からも、近づいてきた商船を訝しんで騒ぐ声が聞こえてくる。


「…一体何なんだ? あれはよく入港する信頼できる商船だが…下手な水夫でも雇ったか?」


 ウィリアムは狙撃に注意しながらも、艦の横ぎりぎりを通り過ぎようとする商船を気にしていた。ウィリアムだけでなく皆がそれを気にしていて、目の前のものに気づくのに遅れた。

 それが目の前に現れたときには、もう遅かった。


「皆さん危ねぇ!」


 ジムの声は、砲弾の轟音にかき消された。


 『ドォン!!』と雷が直撃したような爆音に辺りの空気がビリビリと振動した直後、四人の頭上から木片がバラバラと落ちてきた。


 シャーロット号が砲撃を受けたのだ。


「何事だ…!」


 見ると、商船に随行していた護衛船が、商船とは逆方向の、シャーロット号右舷側に回り込んで来て、それが艦を攻撃していた。間近で被弾したシャーロット号の横腹には大穴が空いている。


「乗艦して指示を…!」

「待てレオ!敵がまた大砲に装填している! もう一発来るぞ!」


 ウィリアムの言うとおり、突然の敵襲にシャーロット号が大騒ぎしている中、護衛船からは装填指示の声が聞こえた。

 ジムが慌てて叫んだ。


「船長!俺ら完全に間に挟まれました! 離脱しますか?!」

「離脱しろ! 再度左舷側に回れ! 左舷艦尾からレオを乗艦させる!」

「アイ・キャプテン!」


 ジムがかいに力を込めたとき、次の砲弾が一斉にシャーロット号を襲った。

 全員が耳を塞いで伏せた。轟音で耳がイカれそうになる。

 レオナルドが再度身体に降り注いできた木片を払い落とし、火薬の煙で真っ白になった周囲を見渡して、視界と聴力がなんとか戻らないかと軽く頭を振りながらゆっくりと身を起こした。


「立ち上がっちゃなんねぇスタンリー様!」


 砲撃直後にはもう舟を漕ごうとしていたらしいジムが叫んだ。ジムの目線は、レオナルドの後方にある。


 ――後ろに一体何が…


 振り向こうとしたレオナルドは、突然後ろから勢い良く押され、羽交い締めにされた。


「何…!?」


 目を見開いたその瞬間、レオナルドは一人の男に抱えられて海上にいた。

 身体が揺れていると思ったのも一瞬で、揺れた身体は次の瞬間には護衛船の横腹に叩きつけられた。


「スタンリーを確保した! 上げろ!」


 甲板に向かってそう叫んだその男は、自身の身体にロープを巻き付けていた。そして素早くレオナルドの身体に輪になった別のロープをくぐらせた。

 男が「上げろ」と言ったタイミングでレオナルドの身体に回ったロープの輪が上から引かれ、緩かった輪がギリっと締りレオナルドの二の腕辺りで身体に食い込むほどに縛り上げられた。

 男がレオナルドから手を離し、短銃を突きつけた。


「大人しくしていろ」

「貴様…何者だ」


 身体をぶつけてくらくらする頭を必死で平常に戻そうとしながら、レオナルドは周囲の状況の把握につとめた。

 目の前の男は、白磁はくじの陶器のような真白い肌と髪色をしていた。手足がスラリと長く、一見すると病弱な優男やさおとこだ。

 どうやらこの男は、護衛船の船縁ふなべりからロープで滑空かっくうしてレオナルドを拉致らちしたようだ。その細腕でどうやってと疑いたくなるが、片腕でレオナルドの身体を軽々と持ち上げたのは確かだ。

 力や技が計り知れないこの男に、油断はできない。

 他の者はどうしただろうかとレオナルドがジムの舟を探すと、ジムが必死で漕いだらしく舟の姿は艦の左舷側に消えようとしていた。

 舟にはジムの他に誰も乗っていない。

 …グレイとアレックスはどこへ…と、レオナルドが目線を巡らすと、それに気づいたらしく男が言った。


「他のふたりは邪魔だったので蹴落とした」


 男の不愉快極まりない説明に、レオナルドが海面をよく見ると、舟の端に隠れるようにして泳ぐウィリアムとアレックスの姿が見えた。とりあえずは無事なようだ。


「お前の部下たちを狙撃するのは簡単だが、お前次第だ。大人しく一緒に来れば、これ以上の艦への砲撃も止めてやる」


 …いちいち苛つく男だ。


 そう思いながらもレオナルドは、己が大人しくすることで事態が収まるなら、今は下手に抵抗するのは得策ではないと判断し、「承知した」と男に向かって言った。

 そうしている間にもするすると身体は甲板まで引き上げられ、レオナルドは甲板にいた数名の男によって長いロープを解かれ、あらためて後ろ手に縛り上げられた。


「ひとつ、これだけは訂正しろ」


 縛られながら、レオナルドは男を睨みつけ言った。


「あの銀髪の男は、私の部下などではない」


 それを聞いた白髪の男は、ぴくりと片眉を上げた。



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