第5話『海賊グレイ一味についての報告書』
『 ――エドワード・スタンリー海軍総司令閣下 』
『海軍大佐レオナルド・スタンリーより、セオ島滞在十五日目の現状経過を報告する 』
『グレイ海賊団の組織形態は、過去の書簡でも報告したように、以下の如く構成されている。重複となるが補足としてここに記す』
『グレイ海賊団本船 船長 ウィリアム・グレイ
第一部隊船長(本船副船長)ジャック・コーンウェル
第二部隊船長(諜報員) ブリジット・フォスター
第三部隊船長 ヒュー・グレイグ
第四部隊船長 マックス・バーソン 』
『グレイを総指揮としてその他の四人が船の船長を担い、船団を構成している。
ご存知のように、グレイ海賊団はフォックス社に帰属する雇われ海賊団である。
多くの海賊は船を所有して初めて船長を名乗るが、グレイ海賊団は特殊である。
グレイの船はすべてフォックス社所有の船であり、船長は用途に応じて船を乗り替える。過去に海軍がグレイ海賊団の討伐を図り、船を特定させようと調査したが一向に存在が掴めなかった理由がそれである。
そして、前記の組織形態は、使用する船の規模によって簡単に編成し直される。
例えば三〇〇人規模の軍船で出港する場合、統率力を高めるため船長と副船長が同乗したりと、戦い方は臨機応変である。それゆえか、船員一人ひとりの能力が驚くほど高い。
諜報員ブリジット・フォスターは女性である。部下の船員にも女性が多い。
彼女は主に情報収集を活動の中心としており、フォックス社の商船を安全に航行させるために敵海賊の動向を探るなどを普段は行っているため、今回の任務を受け、現在はミラー海賊団の本船がどこに潜伏しているのかを調査するために動いている最中である。
なお、知っての通り、ミラー海賊団の潜伏地は、長年海軍が調査しても一向につかめていない。ブリジット・フォスターがいかに優秀だとて、ミラーの足取りを掴むのはかなりの時間を要すると思われる。その間、こちらは全面戦争も視野に入れ、戦備を整える。そちらは変わらず、ミラーが得た海軍総督府宝物館の内部情報の出処を調査していただきたい』
『さて、セオ島に滞在して判ったことが多くある。
海賊ウィリアム・グレイはセオ島ではフレディ・フォックスと呼ばれ、正式にフォックス一族に名を連ねる存在である。フォックス社を創設したトマスの義理の息子という立場にあり、現在フォックス社の全権を譲り受けた長男のアルフレッドの義弟になっている。
セオ島の住人はその事実を周知していて黙認している。
島の住民は、大商人フォックス一族が島にもたらした繁栄と豊かさに対し深く感謝しており、フォックス一族に持つ厚い信頼と恩義の念はおよそ揺らぐことはなく、裏切り行為を働くことはありえないと思われる。つまりそれほどに、セオ島の団結力は強固なものである。それゆえ過去に多くの海賊がこの島を狙ってもことごとく排除されており、またスパイなどを送り込まれる隙など微塵もない。島全体が、完璧な軍備と強固な団結による要塞である。 』
『ウィリアム・グレイは知っての通り戦闘能力に長けている。
街の警備担当もしており、街の自警団がこれほどまでに堅固なものになったのは彼の指導のおかげだという声を多く聞く。
彼が商船の護衛をする片わらで海賊行為を行っているという情報を得ていたが、その情報には少々誤りがあったことも判った。
グレイが主に襲っていたのは、非道な海賊船と、違法な密輸船であった。
つまり、悪を排除していたとみえる。
それを、フォックス社の商船を襲う海賊と社に不利益をもたらす密輸船を排除したまでだ・と言えばそうであるが、実際グレイは、島々を渡り歩く中で、街を襲う海賊や弱者を食い物にする密売人の情報を集め、それらを殲滅し、奪われた金品を返還すべく戦っていたようだ。』
『グレイは多くの人に愛されている。
人道を貫いている故であろう。
海賊に対して人道という言葉を用いるのは正しいことではあるまい。
だがあれほどの人格者であるグレイを『海賊』と呼ぶのに相応しいのかと、私は―――』
…ちょっと待て、私は何を書いているのだ。
レオナルドはふと我に返ってペンを止めた。
彼が黙々と報告書を書いていた場所は、アルフレッドが用意してくれた屋敷の一室。豪華ではないが大きな窓から穏やかな港が一望できる、綺麗で落ち着きのあるゲストハウスであった。
外から吹き込む風は穏やかで心地よく、港から聞こえてくる声も船乗りや商人特有の大声ではあったが、陽気な笑い声が多く、時折誰が奏でているのだろうか、音楽も流れてくる。総督府の下町から聞こえる雑多で忙しない雑音とは大違いである。
そのせいだろうか、途中から日和ってしまったようで、ぼんやりしながら書き進めてしまっていた。
レオナルドは報告書を簡単に見返すとため息をついた。
…何だこの取りとめのない混乱した文は…
特に最後は、なんだか滅茶苦茶になっている。
実のところこれは、正式に海軍総司令官に提出する文書ではない。オリヴァー・クロフォードという男に宛てて書いているものだ。
オリヴァーはミラーに奪われたイシャンティカの財宝の在り処を示す『鍵』である剣を取り戻すべく、レオナルドとは行動を別にして動いている『守護者』と呼ばれる男である。海軍に属している者ではないので、今書いている文書は上官に提出するような四角四面なものでなくても良い。簡単な手紙で良いのだ。
しかし、さすがにこれはない。滅茶苦茶すぎる。
はあ、とため息を吐きながら、無理もないかもしれぬ・とレオナルドは思う。この半月もの間、驚きと混乱の連続だった。
ミラーから剣を奪い返す為とはいえ、極端に潔癖で正義感の塊であるレオナルドにとって、残虐で汚らしい海賊を雇うというのは耐え難いことであった。
海賊は、残虐非道な絶対悪。 それがレオナルドの揺るがない固定観念であった。
一七二二年に海賊に捕えられたフィリップ・アシュトンという船乗りは、その残虐な様をこう記している。「こんな悪党どもと一緒に暮らさねばならないと思うと、吐き気がした。彼らにとって、悪事を働くことはスポーツなのだ。酒をがぶ飲みし、大声で怒鳴り散らし、悪態をつき、神を冒涜するおぞましい言葉を吐き、あからさまに天に逆らい、地獄を侮る、それが日常茶飯なのだ」
レオナルドが今までに目にし、逮捕してきた海賊すべてが、まさにこのような痴れ者であったため、ウィリアム・グレイと接触をすることにかなりの覚悟が必要だった。湧き上がる膨大な嫌悪感を押し留める自信がなかったのだ。
それなのに、初めてグレイに出会い、ここに滞在して、見るもの感じるもの全てが根本から覆された。
ウィリアム・グレイは商才もあり算術にも明るく知識も豊富である。武に長け、統率力があり部下に慕われている。人望厚く、性格は温厚。しかしひとたび戦闘となれば、その豪傑な戦いぶりは敵対するすべての者を震撼させるという。私生活は至って質素で、色は好まず、過度な飲酒・浪費・遊興は徹して控え、常に己を厳しく律する。多忙な日々においても自己の鍛錬は怠らず、毎日の読書は欠かさず、朝夕の祈りもまた然り。
何だそれは、とレオナルドは怒りに近い感情を覚えた。
…完璧すぎてイライラする。
レオナルドは自身の信念が揺らぐのが怖かった。レオナルドは海賊という絶対悪を許さない。ミラー海賊団から剣を取り戻しさえすれば、今回の契約など反故にして、ウィリアムを軍に突き出すつもりでいた。
それなのに…。非の打ち所がなくて手が出せぬではないか…。
レオナルドは眉間に皺を寄せた。
なんとか、奴の非人道的な面を暴きたいと思っている己がいる。
何かなかっただろうか。奴の欠点。または苦手なもの…。
そういえば、ウィリアムは寝起きが悪くて、毎朝起こしても起こしてもなかなか目覚めないと、ジャックが愚痴をこぼしていたのを聞いた。
実際、ある朝、凄いものを見た。
ウィリアムがジャックの怒声と同時に自室の窓から放り出されて豪快に庭に転がったが、泥だらけになりながらもまだ枕を離さずむにゃむにゃ言っていたのだ。
あのときレオナルドは、あんな寝汚いものを初めて目にしたため、心底驚いた。そして、やっとウィリアムの欠点を見つけたと後で思ったが、その直後、あまりにもくだらない粗探しをしている矮小な自分に嫌悪感を覚えたのだった。
そのときのことを思い出して、レオナルドは深くため息を吐いた。
何度思い悩んでも仕方がない。ここに滞在してからずっと、ウィリアム・グレイという人物の大きさを嫌と言うほど見せつけられたのだ。認めるしかない。グレイは、いい男だ。
「まったく…海賊のくせに…」
レオナルドは忌々しそうにそう呟いてから、少し悲しそうに目を伏せ、この十五日間におけるウィリアムとの親交と対話のひとつひとつを思い返した。
ウィリアムとレオナルドは、海賊と海軍の両指揮官という立場においての仕事上の話し合い以外にも、事あるごとによく対話をしていた。
ウィリアムは、驚くほど博学だった。
そして、常々の大味な言動とは打って変わって、レオナルドと話す時は、適度に物静かで穏やかだった。何よりも、どんな話題を持ち出しても上手に話を合わせ、多彩な知識を交えて、より深く興味深い対話を展開させる。
レオナルドにとって、ウィリアムとの対話は非常に心地よく、面白かった。そんなウィリアムとの時間が、レオナルドは好きだった。
ウィリアムも「お前と話すのは楽しいよ」と言って笑う。
「いつまで話しても話し足りないなぁ。この任務が終わっても、ずっと友達でいてくれ、レオ」
とウィリアムが図々しく渾名で呼び始めたことに驚いたレオナルドは、少し頭に血が上ったのか、顔を赤くした。
「何を馬鹿な事を言っている。海賊風情が」
つい罵倒とも思える言葉を発してしまい、失言だったと取りなそうとするレオナルドだったが、ウィリアムは変わらない優しい笑顔で言った。
「いや、本気だぞ? 俺はお前とずっと一緒にいたい。お前の言うとおり、俺は海賊だ。海賊は、決して海の仲間を裏切らない。なあ、レオ。お前のことはもう海で共に戦う仲間だと思っている。レオがこの戦いで危険な目に遭うことがあったら、俺は必ず助けるよ」
「勝手に仲間扱いするな。私を海賊にするつもりか」
レオナルドは怒った表情を無理やり見せたが、心はふんわりと温かかった。嬉しい・と思ったのを自覚した。
それは押し殺さないといけない感情だとレオナルドはわかっていた。
そうして、レオナルドはそんなウィリアムとの語らいの中で、少しずつウィリアムの人格の深さを知っていくと同時に、頑なな態度と思いを溶かしていっていた。
そんな中、レオナルドの心を乱した出来事があった。
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