第4話『海軍の思惑』
その夜、ウィリアムはきちんと正面玄関から入り、召使いに促されアルフレッドの書斎に来た。部屋の主はデスクに座って、商売に関する膨大な書類に目を通していた。
アルフレッドは部屋に入ってきたウィリアムの顔をチラとも見ずに「ジャックは?」と尋ねた。
「もう少ししたら来るってさ。めちゃくちゃ怒られたよ。酒は用意してくれてる?」
「うるさい。水でも飲んでろ。怒られるのは当たり前だ」
アルフレッドは乱暴にサインをした紙を隣の書類束にバンと置き、次の書類を手に取りながらブツブツと文句を続けた。
「まったくお前という奴は、無茶苦茶な依頼を受け入れた上に、ご丁寧に海軍将校に自己紹介までして。お前さえ出てこなければ、海賊ウィリアム・グレイの正体くらいは適当に誤魔化せたかもしれないのに…。おかげで完全にお前の面が割れたぞ」
「あれは無理だろ。誤魔化しがきく相手じゃなさそうだ。俺とお前、海賊と商人の癒着がバレちゃ、強請られてるも同然だ。言うこと聞くしかない状況だったろう? 最終的にその事実を黙殺してくれる上に報酬をもらえるなら、いい仕事じゃないか」
「はん。どこまで信用できる相手かな。ほら、その信用に足るかどうかわからない契約書だ。読め」
アルフレッドはソファでくつろぐウィリアムの膝の上に書類をパサリと投げた。ウィリアムは数枚に渡る契約書をパラパラと読んで呟いた。
「ふむ…費用の支払いが軍じゃなくてレオナルド個人の名義だな。彼自身のお小遣いから報酬を払うのかな?」
「何を馬鹿な。軍費に決まってる。海軍総督の名代で、彼が来たのだろう」
「うん…」
「何だ? 何を考えてる、ウィル?」
「昼の商談のときに、俺がレオナルドに色々尋ねたろう? 気づかなかったか?」
「何にだ」
「俺はミラー殲滅の譲歩を聞くとき、常に『君はどうしたいか』と尋ねたんだ。『軍はどうしたいのか』ではなく。すると彼は全ての答えに自分自身の希望を述べた。確信はないが、彼がここへ持ってきた依頼は、総督でも軍でもなく、彼個人のものじゃないかと思ってな」
「お前…なぜそんなカマかけるような事を」
「最初から何かおかしいと思ってたんだよ。海軍総督府にミラーが侵入したのが昨夜未明。スタンリー大佐がここへ依頼にきたのは今日の正午頃。いくらなんでも早すぎだろう? この報復措置の案を、軍の上層部と国に提出して決裁を取るのはそんなに迅速にできるものか?」
「ふむ…」
「というかそもそも、海賊を雇うなんて馬鹿げた案に、海軍の決裁がおりるとは到底思えない。だから、この契約の裏には、国家も海軍も関与していないんじゃないかな」
「確かに…そう、かもしれないな…」
それが事実なら、レオナルド・スタンリー大佐は何故こんな乱暴な報復措置を勝手に押し進めているのだろうか?海賊を雇うなど、公になれば軍での立場が悪くなる可能性もあるというのに。
何か裏がありそうだと苦い表情をして考え込んだアルフレッドとは対照的に、ウィリアムは呑気そうに言った。
「だがまあ、それなら安心だよ。俺とお前の関係がバレたのは、おそらくレオナルド個人の情報網だ。それなら国務大臣である彼の父親も軍も、まだ知らないはず。彼さえ黙っていてくれれば、お前は軍にしょっぴかれることはないさ」
「お前の心配事はそっちか! おい頼むから、ミラーとの戦いのほうを心配してくれ。間違いなく死者が出る大戦争は回避できないんだぞ?」
ウィリアムが屈託なく笑った。
「俺のことなんかより、お前と、お前の親父さんが創ったこの会社の方が大事さ」
そんなウィリアムの言葉にアルフレッドが「ウィル…」と神妙な声をしたその時、部屋の扉が開いて、ボサボサの黒髪を後ろで括った無精髭の大男がのっそりと入ってきた。
「そこは『俺のことなんかより、優秀な副船長と船員のほうが大事だ』と言ってほしいね」
「ジャック。来たのか」
ウィリアムの船で副船長を務めるジャックは、愛嬌のある垂れた目を細めて頷くと、アルフレッドに向かって言った。
「途中から聞いてたけどさ、俺もウィルの言葉に同意するよ。俺たち船員みんな、フォックス一族には大恩があるからね。アルフィーが捕まるくらいなら、俺たちが命を張るくらい何でもないさ」
ウィリアムとジャックはお互いが同じ思いであることを確かめるように目線を合わせてニヤッと笑った。それを見たアルフレッドは眉間に皺を寄せて深いため息を吐きながら項垂れた。
「お前ら二人共…こっちの気も知らないで」
「はは! 知ってて言ってるのさ。せいぜい悩め」
「気心知れた幼馴染同士だ。アルフィー、お前の苦悩は手に取るように分かるぞ? 可哀想に」
二人はアルフレッドの肩を左右からぽんぽんと叩きながらニヤニヤ笑って茶化した。
「…そうか」
と言ってその手を振りほどくようにアルフレッドはつかつかとデスクに歩み寄って、「わかった、この酒は捨てる」と引き出しから上物を取り出した。それを見たウィリアムとジャックは悲鳴をあげた。
「何だよアルフィー! 酒あるんじゃないか!」
「ごめん謝る!長旅と船長の世話でクタクタです!飲ませて!」
結局、その夜は遅くまで書斎の明かりが灯っていた。
ソファに沈んで眠ってしまったアルフレッドを見て、「やっぱり陸者は酒に弱いねぇ」と軽口を叩きながらジャックはウィリアムのグラスに酒を注いだ。
「で? 結局どうなんだ、ウィル。スタンリー大佐は腹に何を抱えてると見た?」
「さぁ、わからない。ミラーに個人的な恨みでもあるのか、…それとも俺たち海賊同士を戦わせて、互いの戦力を消耗させた上で、海軍が両海賊を一網打尽にするつもりか」
「あー、それはあり得るね」
「だがそれなら海軍が動くと思うんだよな。今回、レオナルドは個人的に動いているから…」
「うーん」
ジャックはグラスをぐいっと煽って、怠そうにソファに深く沈み込み、呟くように言った。
「動き始めたきっかけは、総督府にミラーが侵入したことだね。何人も殺されたらしいし、やっぱり私怨かな?」
「うん、総督府の宝物館に侵入されて、な。…ふむ…宝物館…。宝物館か…」
ウィリアムは考え込むように顎に手を当ててブツブツと呟いた。
「…なにか、大切なものでも盗られたのかな」…?
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