第3話 やらかし系女子

 教室に戻ると、クラス中の視線が一気に俺に集まった。かといって、俺に対し何があったのかと騒ぎ立てる様子はない。

 俺は結局なにも弁明できずそのまま着席した。


 すぐに担任が入ってきて、後半のホームルームが始まったが内容は覚えていない。今後の予定やら、教材の買い方やら、色々と話していたような気はする。だが、俺の頭の中はここからどう盛り返すかで一杯だった。


 そして、気がつくと——


「それじゃ、今日はこれで終わり。明日からは午後もあるから、弁当忘れんなよー。んじゃ、解散ー」


 女教師が気怠そうにホームルームを締めていた。


 これはまずい。

 

 結局、何も考えがまとまっていない。とりあえず、全ては誤解なのだとここで前に出て弁明すべきか?


 いや、俺自身が訳わからないまま「なんか、全然知らない女子がいきなり来て、なんか泣き出して、なんか俺が最低男子みたいなこと言ってたけど、違います」と言ったところで、また変な空気になるだけだ。


 くそっ、どうする。


「あんな可愛い女の子を泣かすなんて、中々やり手ですな。常磐くん」


 頭を抱え考えているところに、声が聞こえ顔をあげる。

 身体を振り向かせながら、前の席の女子がニマニマと笑っていた。誰かと思えばやらかし女子じゃないか。喧嘩売ってるのか?


「……ちょっと、今忙しいんで話しかけないでもらっていいですか。黒魔術さん」


「んなっ!? 橋良です! 橋良満開っ!」


「話しかけないでもらっていいですか、橋良さん」


「……ほっほーう、そう来ますか。どうやら、常磐くん。今の状況をよくわかっていないようだね」


 随分得意げな様子で、勝ち誇ったような顔をしている。


「何が言いたいのかわからないな」


「まだ気づいてないのかな? 周りをよく見渡してみて?」


「……なにっ?」


 橋良に言われるがまま、俺は教室中を見渡してみる。特に何も変哲もない、まだぎこちない空気に包まれたクラスの風景……


 いや、違う。

 明らかに朝の状況とは変わっている。皆、何人かのグループの中で談笑し、中にはこれから遊びに行こうとしているヤツらもいる。

 カラオケ、カフェ、ファミレス、様々な交友関係強化イベントが聞こえてきやがる。


「嘘だろ。いつの間に……」


「そう、すでにこのクラスはグループが出来つつあるの」


「ちっ、早く俺もどこかのグループに!」


「愚かだね、常磐くん」


 橋良はやれやれと首をふりながら、ため息をつく。憐れむように、とても非力な赤子を見るように、俺を見るその瞳は慈愛に満ちていた。


 そして、橋良は呟く。

「……もう一度世界の真実を見てごらん」


 何言ってるのかわからんが、もう一度クラスを見渡す。そして、真実というものはいつだって残酷だ。


「もしかして、俺達……」


「ようやく常磐くんも、この空気を感じることができたみたいだね」


 不自然なほどに、クラスのグループは俺達の席から離れたところで談笑していた。隣の席、後ろの席、周り全てが綺麗に空いている。なんなんだ、この距離感は。


「避けられている……のか?」


「そうだね、私達は失敗したの。このクラスの"よーい、どんっ"にね」


「いや、今からでもまだっ……」


「もう、遅いんだよ。私達が今立ち上がったところで、もう既に皆は走り出しているの。追いつけやしない」


 この人も同じ境遇のはずなのに、一切慌てている様子はない。むしろ、恐ろしいほどにその瞳は澄んでいる。

 まさか、この短時間で諦めの境地に達したというのか? こいつ、只者じゃない。


「そして、もう一つ。常磐くん明日からは何が始まると思う?」


「授業か?」


「そんなソロプレイが基本となるものは、どうでもいいの。それより、私達が危惧しなければならない時間は?」


「……昼の時間」


「その通り。このままじゃ、一人飯孤独のグルメが確定する」


 さっきから、言い回しがイラッとするな。

 カッコつけてるのかなんだか知らんが、絶妙にダサい。


 それはさておき、彼女の脳内では明日からのぼっちライフが完璧に展開されている。やらかしから今に至るまで、相当なシミュレーションを重ねたに違いない。


 その上で、今俺にこうしてアプローチをとってきた理由は恐らく……


「読めたぞ。なぜ、俺にこのタイミングで話しかけてきたのか。要するに、クラスで浮いた者同士、一緒に昼食おうってことだろ」


「理解が早いね。さすがは、相棒——」


「断る」


「な、なんでよっ!? このままじゃ、常磐くん明日からぼっち飯だよっ!?」


 俺が素直に首を縦に振ると思っていたのだろう。橋良は予想外の返答に慌てふためいていた。

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