第2話 春の訪れ
初めて女子の手を握っている。しかも、こんなに可愛い女の子の。
さっきから胸のドキドキが止まらない。
しかし、残念なことにこれはときめきではない。この心拍数の上昇は高校生活ぶち壊れフラグが立ちかけている焦燥感によるものだ。
さっきの教室の空気、どうしてくれんだ。
柔らかい小さな手に浮かれている余裕などはなく、そのまま彼女の手を必死にひきながら人気のない外階段まで連れてきた。
一つ深呼吸し、冷静に丁寧に……
「あのさ、もう一回言うけど。誰かと間違えてない? 俺、君のこと知らないんだけど」
「………」
「それともどこかで会ったことあるか? とりあえず、説明してもらえる?」
「………」
なんか言えよ。この沈黙気まずいわ。
このシーンだけ切り抜いたら、俺が一方的に女子泣かせてるみたいじゃないか。
ただ、彼女も彼女で何かを必死に考えているらしい。時間をかけながら必死に嗚咽を止め、絞り出すように、声を出した。
「……ごめん。私もちょっと混乱してて。とにかくツバメに会えたの嬉しくて、爆発しちゃったみたい」
「え、ああ……」
まだ、濡れている瞳で上目遣いをしながらこちらを見つめてくる。
改めて見ると本当に可愛い。
一切のよどみもない黒髪が一直線に肩まで伸び、それに反して透き通るような白い肌と華奢な身体。
フォルムだけでも可愛いのだが、恐ろしいほど整った顔面が付加され完璧美少女が爆誕している。
こんな娘が何を勘違いして俺なんかに——
……いや、そうか。俺はなんてバカだったんだ。
今までの彼女の発言。俺に対しての執着や好意。そこから導き出される答えはこれしかない。
「あのさ、もしかしてだけど」
「……?」
「俺たちって、幼少期に将来結婚しようねっ?なんて約束してるほど仲よかったけど、親の転勤が決まったので引越しを余儀なくされ、引き離された幼馴染だったりする?」
「……ちょっと、何言ってるかわかんない」
まあ、しないよな。
そもそも、俺引っ越したことないし。
一発逆転で、このまま美少女とラブラブ高校生活が始まるものかと夢を見てしまった。現実は甘くない。
ーーキンコーンーー
これは予鈴だろうか。
そもそも、次のホームルームまでの十分程度の休み時間だ。あんだけ騒ぎ起こして、更にサボりはマズい。
「とりあえず教室戻らないか? ワケがあるなら、また時間ある時に聞くから」
「……わかった。私もちょっと整理したいし。また連絡する」
彼女の返事に違和感を感じる。
俺達は今しがた会ったばかりのはずなのだが。
「連絡って、どうやって?」
「そりゃ、携帯で」
「いや、俺達連絡先知らないだろ?」
「あー、そっか! もうっ、面倒くさいなー!」
どうにも話が噛み合わない。
まあ最初からこの娘とは、会話のキャッチボールに成功したことはないが。
「じゃあ、携帯出して! 連絡先交換っ!」
「いや、携帯教室に置いてあるし」
「じゃあ、ホームルーム終わったら迎えにいく!」
「いや、来ないでくれ。本当にマジで。絶対、教室には来るな」
「もうっ! なんなのさっ!」
泣いたり怒ったり、忙しい人だな。
なんなのさっ!は、どう考えてもこっちのセリフだろ。
「君が教室乗り込んできて、騒ぎ散らかした時の教室の空気ヤバかったから。ほとぼり冷めるまでは、とりあえず来ないでくれ」
「……じゃあ、終わったらここで待ち合わせ。それでいい?」
「わかった。それじゃ、またあとで」
承諾したのに、彼女はどこか納得のいかない表情を浮かべている。
何が腑に落ちていないのかわからないが、俺はもうこれ以上付き合っている場合ではない。彼女に背を向けて先に戻ろうとするが、後ろから呟くような声が聞こえてきた。
「……はるだよ。ツバメ」
……はる? 確かに、今の季節は春だが、だからなんだというのか。相変わらず、意味がわからない。
一応、チラッと振り向き反応するが、彼女は"またね"と言わんばかりに手をひらひらと振っていた。俺は軽く会釈だけをして、自分の教室へと駆けて行った。
◇◇◇
「……波瑠だよ、ツバメ」
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