第11話 ゲームタイトル

 《第一階層A地点の転送が完了しました。ご武運をお祈りします》


 秀矢は、合成音声で目を覚ました。

 目に飛び込んできた光景は、転送前に居た部屋と似た光景。

 首を左右に振って、亜由美と三木将の姿を確認する。


 じっくりとベースキャンプを見回す。

 一つ、大きな違いを発見した。それは出入口が一つしかないこと。

 秀矢が転移装置の上でもたついてる間に、亜由美と三木将は部屋の中央に移動していた。


「秀矢、この扉から一歩でも外に出たら、バトル開始よ」


 亜由美は、真剣に試合に臨むときの、真面目と不敵が入り混じった口調で言った。配信で何度も聞いたことのある口調。

 表情は柔らかいのに、気が抜けない。

 声音に堅苦しさは微塵も無いのに、緊張感が走る。


 刃機の柄を握る右手に力が入る。


(腹を……括るしかないか)


 秀矢は意を決して、転移装置から降りた。

 部屋の外に出る。


 ダンジョンの材質自体は、土と石で作られた典型的な洞穴の深奥。

 ただ、想像よりも大分広い。天井までの高さは、学校に併設されてる体育館ほどはある。

 遠くに見える小さな穴は通路だろうか。

 通路となると、幅と高さが極端に狭まるようだ。


 内部を観察してると突然、視界に見覚えのあるウィンドウが次々と出てきた。

 その光景は、まるで拡張現実のように、リアルの風景にコンピューターの映像が融合してるようだ。


(なんだ、このウィンドウは。何か見覚えのあるUIだけど)


「秀矢が今見てる画面、どこかで見覚えない?」

「うん。見た事があるのは確かなんだけど、それが何だか思い出せない」

「それじゃ……神代かみよって単語に覚えはある?」


 神代と聞いて、思い当たるものが一つある。

 それは、神代という単語は、現在開発中のゲームタイトルであること。

 そのゲームは、一言で言い表すなら不可解。

 何故、不可解なのかと言うと、開発の発表から数年間、一週間から一か月毎に、いくつかの動画サイトにプロモーション動画を投稿し続けてるだけのタイトルだから。

 ジャンルは、FPSのハクスラ。

 動画の表示されてるユーザーインターフェースは、長い開発期間の中で幾度もデザインの変更があり、現在、秀矢が見てるのは三か月前に見たデザイン。

 数ある動画の中には、敵を倒してパワーアップして喜ぶプレイヤーの姿、スキルを使って強敵を討伐したり、無数の敵に囲まれてやられてしまうシーンもある。

 音声はフルボイスで、迫真の演技力と高度な演出は、見てるだけで期待感が膨らむ。

 秀矢もリリースを首を長くして待ってるユーザーの一人だが、発売日は一向に決まらずヤキモキしてる。

 そして、新しいプロモーション動画を見るたびに、発売への期待が高まる。

 バランスの悪い対戦ゲームを悪態つきながらプレイし続けてる中、大型アップデート情報を目にすると、新しい環境への期待感でテンションが上がるのに似てる感じだ。


 しかし、不可解な点はまだある。

 フルボイスなのに、声優陣と主要な開発メンバーが誰一人として発表されてないのだ。

 発表されてるのは、開発メーカーの名前、ゲームタイトル、プロモーション動画の三点。


(散々、転送だの刃機だの見せつけておいて、実はゲームの世界の話でした、オチじゃないよな)


 秀矢は、亜由美の方を見た。

 先ほどの全く同じ服装なのを確認する。

 ゲームとは違うと思った。

 それでも、と思い、口を開く。


「亜由美。まさか、ここは神代の世界、とでも言うつもりか?」

「いやいや、確かにSFチックなものは沢山あるけど、さすがにゲームの世界には入り込めないって」

「それじゃ、神代と何の関係が?」

「うん。端的に言うと発売日未定の謎の超大作ゲーム『神代』の正体は、私たちサムライの活動記録なの。それをゲームのプロモーション動画として投稿したものよ」

「待ってくれ。だって、あの動画に出てくるキャラクター達は私服じゃなくて、シューターゲームみたいに色んな戦闘服を着用してるだろ」


 秀矢が見たプロモーション動画に出てくるキャラクターは皆、様々な戦闘服を着用してる。

 パワードスーツ、ヘッドギア、モノクル、強化外骨格、ナイトビジョン、迷彩服、甲冑等、多岐にわたる。

 中には、サイボーグやロボットの姿もあった。


「それに俺は、全ての動画に目を通してるけど、その中には、亜由美と三木将さんの姿を見た事がない」


 神代のプロモーション動画がダンジョン探索の一部。

 その言葉は、秀矢の頭に、動画のあるシーンを呼び起こす。


「――後、キャラクターが死んだシーンも見たけど、ゴア表現はなかった。ゲームらしく光の粒子になってアバターが消えただけだ」


 体力が尽きてゲームオーバー、イベントのワンシーン、プロモーションの一環と思ってたものが、サムライの活動記録なのだとしたら、当然それは本当の死を意味する。

 死、という言葉のせいで全身に悪寒が走る。


「当然じゃない。だって、個人が特定されないように編集してるもの。アバターは独自の3Dモデルに差し替え。ボイスは実在の声優に近い声に加工、グロいシーンはゲームっぽい演出に魔改造してるわよ」


 亜由美はいつもの朗らかな表情で、無慈悲な返答をした。

 寒気が脳内に浸食する。今の秀矢に、笑顔を繕う余裕はない。


「安心して。動画の編集から投稿までの一連の作業は、全てAIがやってくれるから。私達は気にしなくていいわよ」

「そ、そうか……でも、なんで、わざわざ動画投稿なんて」

「法龍院家の研究費用とか私達の仕事の特別手当になるからよ。ほら、例のスマホが売れてないからさ。赤字自体は良いけど、出し過ぎるのも良くないからって、数年前からAIの研究も兼ねて投稿したらしいわ。それと――」


 神妙な面持ちになる亜由美。

 その瞳は微かに憂いを帯びてる。

 それだけで空気が重くなる。

 亜由美は意味深な間を置いてから、再び口を開いた。


「戒め、かな」


 その言葉を口にした亜由美は、遠くを見ていた。

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