第10話 初期設定②
「あー、何か気を悪くした? 地雷、踏んじゃったかな……」
「ちょっとノスタルジーに浸ってた」
「何で、キャラメイクの話からそうなるのよ!?」
「俺だって、こう見えて思春期真っ盛りの男子なの。色々と思う所があるんだよ」
すると、亜由美の表情からスーッと感情が無くなり、冷酷な目つきになる。
氷のような視線に恐怖を抱く。
「え? 何? 彼女、いるの?」と亜由美が冷たい声で言う。
秀矢は思わず首を左右に振ってから「彼女は、いません」と情けない声で言った。
亜由美の冷たい視線と目が合う。
蛇に睨まれた蛙のように、体が動かなくなる。
永遠のように思えた数秒の後、亜由美の表情が柔らかくなる。
「空閑さん、時田くん、そろそろいいかな?」
三木将があきれた口調で言った。
「いいですよ」と亜由美は元気よく返す。
「俺も大丈夫です。たった今、初期設定終わりましたし」
「それはよかった」
「あれ? そういえば刃機は、持ってないんですか?」
「大丈夫だよ。コマンダー、ミッション開始だ」
「コマンダー?」
「要するに、この部屋を統括してるAIだよ」
「へえ」
程なくして、三木将の音声に呼応するかのように、部屋中に合成音声が流れる。
《リーダー三木将総司の音声認証が完了しました。ミッションの内容を確認しました。ダンジョンの探索及び刃機の使用を承認します》
(なるほど。リーダーが居ないとダンジョンに潜れない理由は、こういう事か)
合成音声の言葉が終わると同時に三木将が口を開いた。
「アイボー、刃機を出してくれ」
今度は三木将が持つスマホから音声が流れる。
《コマンダーの承認を確認しました。これより転送処理を実行します》
女性型の合成音声と共に、三木将の目の前に忽然とヘッドホンのような物が現れた。
ような物、というのはヘッドバンドとスライダーはあるが、耳を覆うイヤパッドに相当する部品がヘッドホンと異なる。
左側はイヤパッドを肉抜きした感じで装着しても耳が露出しそうだが、右側は長方形の何かを差し込むかのようなフレームがある。
三木将はそれを手慣れた様子で掴み取る。
それを平然と見届ける秀矢。既に自分自身の転送を経験した身からすれば、物質の転送は微々たる事象に過ぎないのだ。
「それが、刃機ですか? 俺のとは違うどころか、そもそも武器には見えませんが」
「刃機は、ワンオフだからね。こいつは僕専用の立派な武器だよ。――そうそう。次の任務から時田くんの刃機も転送できるよ」
「それは、助かります」
三木将は、ヘッドホン型の刃機を頭に装着した。
「それじゃ私も刃機を送ってもらおうっと。アイボー、いつもの、よろしく」と亜由美が明るい口調で言った。
続けて、亜由美のスマホから《わかったよ。亜由美》と艶めいた若い男性の声が流れる。
それは秀矢や三木将の如何にもな合成音声とは違い、亜由美のアイボーは最新のAI技術に相応しい人間と遜色がない流暢な音声だった。
程なくして、亜由美の前にショットガン――ボルトアクションライフルを彷彿とさせる銃型の刃機が現れた。
デザインの意匠は秀矢の刃機と同系統で、映画のセットで見かけそうな遠い未来の世界にありそうな外装。
亜由美は慣れた所作で、自由落下する銃の負い紐――スリングを掴み、肩にかける。
既にリミッターが解除されてるのか、見た目は重量感のある銃をプラスチック製のオモチャのように軽々しく扱ってる。
すると突然、亜由美が「ほらほら、これが私のアイボーだよ」と嬉々とした表情でスマホの画面を秀矢に向けた。
突きつけられたスマホの画面を条件反射で覗き込む秀矢。
亜由美のアイボーは、秀矢のプリセットのアバターとは違い、非常に高精細でクオリティの高い3Dモデル。
幼い顔立ちだが薄く化粧を施してるためか男性にも女性にも見える。
そんな中性的な男性アバターは、物憂げな表情が様になっており、ミステリアスな雰囲気を醸し出し、スラッと細い体の線にビッグシルエットの服装が生み出すギャップも相まって、妙な色気がある。耽美だ。
「ねえねえ、何か言う事はない?」
「……ノーコメントで」
「ええー」
「まあ、課金の参考にさせてもらうよ」
「ぶー、つまんない」
「そんな事より、亜由美は銃なんだ。まあ、アイと言ったらバスターだからね」
「そうそう。やっぱり火力と機動力は欠かせないわ」
バスター……ランペイジのプレイアブルキャラクターの一人。
身の丈に不釣り合いな大きな銃火器と俊敏性を備えた反面防御力が低い、典型的な回避系前線キャラ。
「秀矢もバスター、得意でしょ?」
「得意だけど今のメインは、中近距離が得意なセンゴク。バスターは度重なるナーフでティア下がってるからね」
「高火力の宿命よね」
「単純に、初心者が適当に使っても強いキャラじゃなくなっただけじゃん。現に亜由美は第一線で戦えてるし」
「だって、まだまだナーフされそうで怖いじゃん」
「度重なるアップデートでクソゲーになってたら、他に盛り上がってるゲームをやればいいだけさ」
「流行りには乗って、オワコンは斬り捨てるべし。配信者の辛いところね」
「それで稼げるなら十分でしょ。亜由美は、インフルエンサーだし。……俺と違ってさ」
「ん?」
最後の言葉を吐き出した後、秀矢は後悔した。
話の流れで、不意に浮かび上がって、つい口を滑らせてしまった。
そんな心配を他所に、亜由美は気にも留めてないのか、ニコニコしてる。
「秀矢、狩場に行くわよ。ついてきて」
亜由美は、部屋に設置してある転移装置に向かって歩き出した。
その転移装置は、秀矢が使ったものに比べて、面積がかなり大きい。十名くらいは乗れそうだ。
亜由美は台の上にのると踵を返して、手招きをした。
秀矢と三木将が後を追うように転移装置に乗る。
「これも転移装置だよな?」
「そうよ。ダンジョン内にある別のベースキャンプに、一瞬でワープできるの」
「ダンジョン内部に、こういった設備のある部屋があるの?」
「ええ。レトロゲーにあるセーブポイントみたいなものね。理由は不明だけど、ダンジョンの内部にも安全地帯があるの。大半は先人のサムライ達が開拓してくれたものだけどね。ちなみに、未踏のフロアで安全地帯を探すのも私達の仕事よ」
「俺、ダンジョンRPGは未プレイなんだけど」
「安心して。私もやったことないから」
秀矢と亜由美の会話が途切れるのを見計らうように、三木将が口を開いた。
「空閑さん、時田くん、行くよ。コマンダー、第一階層のA地点に転送してくれ」
続けて、部屋中に合成音声が流れる。
《リーダー三木将総司の音声認証が完了しました。これより転送を開始します》
そして、ブゥン、と低い音が鳴り、視界がフィルター加工を施したかのように青白くなる。
視界からは徐々に輪郭が失われ、程なくして真っ青に染まる。
側に人の気配があるのに、姿形が青く塗りつぶされて、識別ができない。
秀矢は、不安を払拭するために声をあげようとしたが、意識が強い力に吸い込まれて……途絶えた。
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