第9話 初期設定①
ダンジョンの中は、春の陽気と比べて涼しい。
長袖のアウターとスラックスを着用してるにも関わらず、外との気温差に寒気が一瞬だけ全身を巡る。
が、その直後、体から憑き物がとれたように軽くなった。
血の巡りがよくなったのか、袖を捲りたくほど全身が暖かくなる。
体温の変化に適応すると同時に、目に映る光景に驚愕した。
洞穴に入ったはずなのに、内部はまるで照明で照らされてるかのように明るいためだ。
本来なら立ち止まって状況を整理し、冷静さを取り戻したいが、二人がどんどん先を進むので、秀矢は見失わないように追いかけた。
程なくして、広間に到着した。
先ほどまで歩いてた細い道は土と岩ばかりだが、この広間は違う。
床はタイルが敷き詰められており、壁沿いにはSF映画で見た事のある、謎に大きいコンピューターや台がズラリと並べられてる。
転移装置、刃機、自身の肉体強化を経てもなお、秀矢は幾何学模様のように並べられた機材の数々に圧倒された。
「何か……凄いな。ここ」
「ふふ。初めて見ると呆気にとられるよね」
「岩と土しかない洞穴の中に、秘密基地みたいなところがあるなんて」
「秘密基地……言い当て妙ね。ここは、ダンジョンに潜るための準備するための部屋よ。というわけで、まずは秀矢のスキルとステータスをチェックしようか。スマホをだして」
「わかった」
秀矢は、スマホを取り出した。
「――で、まずはアイボーの初期設定ね。アイコンがあるから、それをタップして」
亜由美の言われるがまま、秀矢はスマホを操作した。
アイボーの初期設定画面が開かれた。
初期アバターのタイプ1とタイプ2の選択が出てきた。
1は、国産のアニメ調ゲームの主人公に居そうな所謂、没個性の青年。
2は、1と同様のコンセプトで作成された女性アバター。
「亜由美。これは、アイボーのキャラメイクをしろってこと?」
「うん。後で変更できるし、課金すればオリジナルのパーツやコラボしてる企業のキャラクターや音声にする事も出来るわよ」
「課金は、どうでもいいや」
秀矢は、ささっと操作してキャラメイク画面を終えた。
パーツ毎に細かい調整も可能だが、この手のビルドは億劫に感じる性分のため、プリセットで用意されたいくつかのアバターから、自分好みの女性アバターを選択した。
「それじゃ秀矢のステータスとスキルツリーを見せて。自分で操作してもいいけど、アイボーに言えば、開いてくれるわよ」
(ステータスにスキルツリーか、本当にゲーム感覚なんだ)
秀矢は半信半疑で「アイボー、俺のステータスを見せてくれ」と言った。
すると《かしこまりました。マスターのステータス画面を表示します》と、女性話者の合成音声が返事をした。
スマホの画面には、ロールプレイングゲームを彷彿とさせるステータス画面が映し出された。
力、体力、知力、素早さ、集中力【固有ステータス】……そしてレベル。
ちなみにレベルは1。
他のパラメータもレベル1に相応しい低い数値が並ぶ。
秀矢は、シノビ衆から受けた固有ステータス説明を思い返した。
集中力は、戦況把握能力、回避率、刃機の命中率等、主に前衛に関わる能力に影響を与えるパラメータ。
シューターが得意なゲーマーなら高確率で、集中力になるとマニュアルに書いてあった。
「お、ちゃんと表示したね。どれどれ――」
「数値自体は、どれも大した事はないけどね」
「気にすることはないわよ。レベリングすればいいだけだし。そんなことより、ステータスが出たってことは初期化は無事、完了したってことね」
「次はスキルツリーを見せて」
「アイボー、俺のスキルツリーを見せてくれ」
先ほどと同様、女性話者の合成音声と共に、ゲームで見た事があるスキルツリーが映し出された。
始点は6つ。それぞれ途中で枝分かれして、最大10階層まである。
アクティブスキルは、近接が聖属性付与と剣技で、剣技の中でも通常の剣技と種族特攻系。
種族特攻は、主に悪魔とアンデット系。
パッシブスキルは、近接に関わるもの全般と微量だがヘイトに影響を与えるスキル。
他に、遠距離攻撃には装填速度、速射性能、サイレンサーの有無、エーテル弾の聖属性変換と装填する弾の変更。
当然ではあるが、各ツリーは最初の1つ以外は全てロックがかかってる。
加えて、所持スキルポイント0、と表記されてる。
(無属性の剣術はともかく、
「さすが秀矢。見事なスキルツリーね」
「見た感じはね。でも、習得してないなら無いものと同じだろ」
「いやいや本当に凄いわよ。だって、私なんてほら」
亜由美がスマホの画面を秀矢に向ける。
「一年先輩なだけあって、沢山のスキルが解放されてる」
「見てほしいのは、全体図の方ね」
画面には、四本のスキルツリー。その中でも一番長い階層は七つ。
主に射撃系のスキルを中心に味方へのバフ、敵へのデバフスキルがあるようだ。
スキルの最大数だけで言えば、秀矢よりも大分少ない。
「わかったでしょ? お世辞じゃなくて本当に驚いてるのよ」
「あ、ああ……それにしても、同じ射撃なのに俺がエーテル弾? とかいう意味不明なものと違って、亜由美は実弾なんだな」
「そりゃまあ物質の転送が出来るから、実弾も撃てるわよ」
「せっかくだから、実弾撃ちたかったなぁ」
「エーテル弾――要するに魔力を弾丸に変えたものと、実弾では、それぞれメリットとデメリットあるわよ」
「そうなんだ」
「実弾のメリットは、物理が通る敵なら確実にダメージを与えられる。デメリットは、物理攻撃が効かない霊体系や軟質系、まあ幽霊とかスライムにはめっぽう弱いことかな。エーテル弾は、その反対ね」
「どちらも一長一短あるんだな。それなら、役割が分担されてる方がいいな」
「そういうこと。――それはそれとして……ふんふん、秀矢はそういう子が好みなの?」
「どういう意味だ?」
「アイボーの話だけど」
「俺は、この手のキャラメイクに時間を掛けたくないの。だからプリセットで良さそうなものを適当に選んだだけだよ」
そういう子が好み、と言われて、秀矢の頭によぎったのは、一人の女の子だった。
その子は、一言で言えば地味。
眼鏡をかけてて、垢ぬけてなくて、学校では常に俯いてて口数も少なく、休憩時間は読書に勤しむ感じの女の子。
秀矢の好みからすれば、対極的な位置にいるタイプ。
しかし、とあるイベントの握手会で、その子と握手をする機会があった。
イベントと割り切り、手を握った瞬間……体中に電流が走った。
一言二言、挨拶を交わそうとするも、言葉が出てこない。
ただ、一目ぼれでは無いことなのは確かだった。
体温や心拍数に変化を感じなかったためだ。
むしろ、物懐かしい気持ちと言える。
その子も口をつぐみ、手をずっと握り返したまま、時が止まったかのように微動だしない。
二人は、係員の呼びかけるまでの数秒間、ずっと手を握ったまま動く事はなかった。
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