第8話 ダンジョンへ
三人は法龍院家の屋敷を出て、ダンジョンに向かってる。
先頭は亜由美、その三歩後ろに三木将と秀矢が並んでる。
亜由美は妙に上機嫌で、足取りが軽やかだ。
「三木将さん、ダンジョンまでの転移装置は無いんですか?」
「ああ。万が一ダンジョンのモンスターが地上に出た場合を想定して、入口には設置してないらしい。でも、ここからそう遠くは無いよ」
「それなら車で送ってくれればいいのに」
「まがりなりにもモンスターの巣窟だからね。ダンジョンには極力、サムライ以外は近づかせない事と、オーバーテクノロジーの使用は最小限に留めるのがお館様の方針なんだ」
「情報漏洩をやたら気にかけてましたからね。そもそも転移装置の存在自体、実際に使うまで信じられませんでしたが……」
法龍院家の屋敷への移動手段は、自宅からほど近いマンションの一室に設置された転移装置を使ってやってきた。
サムライになる事を承諾した数日後、シノビ衆にナーガグループが建設したマンションの一室に案内された。
2LDKと一人暮らしには手が余る間取りに電気、ガス、水道、インターネットと最低限のインフラが整ってるにも関わらず一切の生活感はなく、一部屋は作業用と思しきデスクトップパソコンとモニターが3つ。
しかし、もう一つの部屋には、ゲームでしか見た事が無いような機械の台があった。
それはマンホールよりも二回り大きく、レンガのような厚みがある。それと全く同じデザインのものが真上の天井に張り付いてる。
シノビ衆からは一言「その台に乗れば、お屋敷まで転移します」と告げられた。
秀矢は半信半疑で機械の台に乗っかった。
すると、ブーンと鈍い音がなり、全身の細胞一つ一つが強い力で引っ張られる、という生涯かけても体感することがない奇妙な感覚を覚えた。
通常、一つの物体に強い力が作用するということは、つまるところ体そのものが動くのが物理というもの。
気圧の低い台風の日に走行するトラックが風圧によって横転するように。
急流の川で全身が強い水圧によってバランスがとれず、おぼれるように。
しかし、秀矢が体感したものは、そういった物理的なものではなく、あくまで自然体の状態で細胞の一つ一つが何かに引っ張られる感覚。
やばい、と思い、一気に焦りが募った瞬間、意識が消えた。
どれほどの時間が経ったのかわからないが気が付いたら、見知らぬ部屋にいた。
それが今日の朝の出来事だった。
「でも、凄いですね。着てる服とか荷物まで、一瞬で転移するなんて……二十一世紀もまだまだ前半だというのに、まるで別世界に来たみたいですよ。……実は、仮想空間ってオチはないですよね?」
「そうだね。もし仮想空間だったら、僕はとっくの昔にログアウトしてるさ。でも、時田くん。前金は受け取ってるだろ?」
「はい。ドラマや漫画でしか見た事がない額が振り込まれてましたよ」
「せっかくだし、スマホから預金を確認してみるといい」
秀矢は右手でスマホを何とか操作して、銀行アプリを開き、認証を通して、預金残高の画面を開いた。
口座番号、支店、残高、いずれも見覚えのある文字が表示されてることを確認した。
「少なくとも仮想空間であって欲しくない残高でした」
「そういうこと。ここは紛れもなく現実の世界だよ。安心したかい?」
「はい」
道中、三木将と会話をしてる最中、先頭を歩く亜由美の足が止まった。
それに合わせて、秀矢と三木将の足も止まる。
亜由美が振り返ると「秀矢、到着したわよ」と言った。
秀矢は、辺りを見回す。
地平線が遠くに見える。周囲は、雑草だらけの平地。
実際、この場所――島は、約十二平方キロメートル。
但し、既製品の地図やマップアプリには記載されてない。
ダンジョンの場所について聞かされたのは、日本列島からほど近い孤島であること。
地図に無い島ではあるが経済水域には、さほど影響を与えない、の二つ。
そんな島の端にひと際、異彩を放つ洞穴があった。
もし辺りが木々で覆われてたら、樹海ツアーに組み込まれるかのような外観。
いつかの動画で見たレトロゲームの洞窟のアイコンのように、ダンジョンは大口を開けてる。
緊張感で固唾を飲む。
最終確認と言わんばかりに、秀矢は口を開いた。
「空閑さん。ここが話にあったダンジョンで、俺達サムライの現場というわけですか」
秀矢の問いに、亜由美は何も答えなかった。
むしろ気を悪くしたのか、ジト目で秀矢を見てる。
「あの……空閑先輩? ……アイ?」
居た堪れない雰囲気を払拭するかのように、亜由美への呼称を変えてみるが一向に返事がない。
目つきは、嫌な物を見つめるかのようなジト目のまま。
近くにいる三木将は、呆気に取られてる様子。
秀矢は、懸命に頭を回転させた。
動画では幾度も拝見してるが、実物を目の当たりにするのは今日が初めて。
お互い初めて顔を合わせたはずなのに、相手は何故か自分の事を下の名前で呼ぶ、馴れ馴れしい態度。
相手がアイでなければ、その厚かましさに嫌悪感を抱いてるに違いない。
(そうか! 名前か……仕方がない。こうなったらヤケだ。どうとにでもなれ!)
「亜由美?」
秀矢は意を決して、彼女の下の名前を絞り出した。
言葉を口にした後、心臓が波打つ。
一瞬、間が空いた後、亜由美の表情がパッと明るくなった。
「そうよ。この暗くて陰鬱なダンジョンが私達サムライの職場よ」
亜由美の明るい口調に、秀矢は胸をなでおろす。
ある程度の社交性は備えてるが、亜由美のように距離を一気に詰めて主導権を握る人種との交流は、神経を擦り減らす性分なのだ。
我ながら損な性格だな、と自虐しつつ、秀矢は二人の後を追って、ダンジョンに足を踏み入れた。
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