第7話 リーダー

 日が差し込む、趣のある廊下をすたすたと歩く亜由美。

 屋敷の広さに圧倒されてると亜由美の足が止まった。

 シャーっと勢いよくふすまを開ける音が続く。

 部屋は和風の屋敷には似つかわしくない、くつろげそうな椅子とテーブルに気の休まる配色。まるでホテルのラウンジのようだ。

 その中に一人、椅子に腰を掛けて、ゆったりと紙の書籍に目を向けてる青年がいる。

 髪型、顔の造形は地味だが、落ち着きがあって、悪い印象を感じさせない。

 身形は、秀矢とさほど変わらないラフなシャツにスラックスだが、顔にかけてる眼鏡が知性を醸し出してる。


「お待たせしました、三木将みきまさ先輩。いやぁ、じっちゃんの話、長くてさ――」

「空閑さん。じっちゃん、じゃなくて『お館様』だ。まったく法龍院家の当主で、僕らの雇用主だと言うのに」


 緊張感のない亜由美の第一声に、男性――三木将は本をパタンと閉じてから冷たく返す。


(他に人はいないのか?)


 秀矢は挨拶をする前に、軽く部屋を見回す。


「今日は、先輩一人ですか?」

「見ての通り、僕以外はいないよ。二人とも用事があるみたいだ」

「春休みなのに忙しんですね。……まあいっか。今日は新人育成……ダンジョンの初体験とレベリングだしね」

「それはいいけど、前倒しする必要はあるのかい? 例年通りなら、新人育成は四月の第一土曜日のはずだけど――」

「そんなこと言いつつ、三木将先輩はちゃんと来てくれたんですね」

「君の発案に同意しただけさ。早急の戦力増強という意味でね。シュミレーターだとレベリングできないし、何より今年の新人は、今のところ彼一人しかいないからね」

「そうなんですか?」

「さっき、お館様から聞いた。だから許可が下りたんだと思う」

「助かります。先輩が居ないとダンジョンに潜れませんから」


 亜由美はご機嫌な様子である。

 話が一区切りついたのか、三木将の視線が秀矢に向いた。


「初めまして。僕の名前は、三木将総司みきまさそうじ。今年度……今日だと、正確には来年度になるけど、サムライ衆のリーダーを務める事になった。一年間、よろしく頼むよ」

「俺の名前は、時田秀矢です。至らない点も多々あると思いますが、よろしくお願いします」

「うん。君の事は、お館様だけでなく、空閑さんから聞かされてるからね」

「え? 一体、何を聞いたんですか?」


 少なくとも秀矢が亜由美とリアルで会うのは、今日が初めて。

 しかし、亜由美は秀矢の事をその前から認知してる。

 その事実は秀矢にとって嬉しい反面、やや複雑な感情を抱かせる。


「君がランペイジの最年少の世界チャンピオンであることさ。うん、それだけの実績があればアタッカーとしては申し分ない」

「でも、本当に大丈夫なんですか? 俺は、ゲームが人より出来るってだけで、ここまで来ちゃいましたが」

「はは、それを言うなら空閑さんも同じさ。彼女も君と同じく、ゲームが上手いから勧誘されたんだよ」


 秀矢が法龍院家のサムライにスカウトされた要因は、ゲームが人より秀でているためだ。

 秀矢は、シノビ衆から聞いたサムライの説明の一部を思い出した。

 ここ数年、諸外国では、ゲーマーの軍事利用は興隆してるのは記憶に新しい。

 法龍院家はゲーマーの持つ、素早く的確な判断力、空間把握能力、予知に等しい予測技術、正確無比のエイミングをダンジョン攻略に活用してる。

 そして技術だけでなく、若年層に絞ってるのも理由がある。

 ジャネーの法則……一歳から二十歳と二十歳から八十歳の体感時間は同じと言われてる。

 そのため法龍院家は、未知の危険が潜むダンジョンの攻略を効率よく行うために、三年という任期を設けた上で、様々な分野の才能と困難な状況を臨機応変に対処する柔軟さを併せ持つ若年層に白刃の矢を立てたのだ。


「三木将さんもゲーム関連ですか?」

「僕は違うよ。ただランペイジは二年前、ちょうど今の君と同じように、高校入学を控えた春休み辺りから少し触れた程度さ。ゲームは嗜む程度。学業が忙しくなる前までは、下手なりに色んな攻略動画を漁ってたよ」

「へえ、三木将さん見たいな人でもゲームやるんですね」

「流行り病のおかげで、外出って雰囲気じゃなかったしね。それにしても――」


 三木将の目線が秀矢に突き刺さる。


「君がランペイジか……うーん」

「どうかしましたか?」

「時田くんとは初対面のはずなんだけど、何か初めてじゃない気がするんだよね」

「そうですか? 申し訳ないですけど、俺は三木将さんと空閑さんは完全に初見ですよ」

「そうだよね……すまない」

「いえ、大丈夫です」

「それじゃ時田くん、空閑さん。時間が惜しい。早速、新人育成のためにダンジョンに行こうか」

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