第12話 手本

「空閑さんは、戒めって言ったけど、サイトに上がってるのは、数あるリプレイの中からAIが映えるシーンをピックアップしたものだけさ」

「リプレイ、と言うことは、探索の様子は全て録画してるって事ですか?」

「そうだよ。僕たちの体にあるナノマシンが、視覚情報を逐一スマホを通して、島の研究所にあるサーバーに送信してるんだ。だから探索終了後に見直して、自分の動きを見て反省、改善ができる。おまけに準備、探索、戦闘などの大まかなチャプターの区切りはAIがやってくれるよ」


 三木将のおかげで重苦しい空気が少し軽くなった。


「はは……何か、そんな便利なAIがあるなら、俺もあやかりたいですね。動画の編集とライブ配信の切り抜きは手間がかかるから」


 と軽口を叩く余裕が少しだけできた。


「そんなわけで、これから秀矢の華々しいデビュー戦の開幕よ。だから、カッコいいところ見せてね。もし映えるシーンがあったら動画化してバズっちゃうかもよー」

「レベル1の人間に対するハードル高すぎない!?」

「初心者の成長過程は、動画映えするからねー」

「初心者が試行錯誤して、苦労の末に難所を乗り越えるシーンがエモいのは同意する」


(もっとも、これから行われるのは、コンティニューが無いハードコアモード)


 代償は……自分の命。

 先ほど絞り出したカラ元気が底をつき、胃が痙攣する。


 そんな中、突然、スマホから不快感を掻き立てる耳障りな電子音が鳴り響いた。

 ポケットにしまってるスマホは、釣った魚のように動きまわる。

 視界の中央部には、WARNINGの英字が踊る。


「何だ、この音は!?」

「強敵が近くにいるとき鳴る警報よ」

「強敵!?」

「落ち着いて。あくまで秀矢から見ての強敵って意味よ」


 程なくして、警告音は消え、スマホの動きが止まり、視界がクリアになった。

 視界の左下に新たなウィンドウが出てきた。


(これは、図鑑か?)


 画面には、犬の顔をした人型の魔物――コボルドの一枚絵が表示された。

 続いて、特徴、レベル、ステータス、弱点部位、急所、攻略方法が記載されたウィンドウが出てきた。


 数秒後、コボルドの情報が消え、代わりに生々しい質感を持つコボルドの歩いてる姿を確認。

 位置は真正面、数に三匹。

 秀矢がコボルドの情報に目を通してる間に、こちらに近づいてきてるのだろう。

 距離の差を表す数値がじわじわと減少してる。


「どうやらモンスターの方も僕たちに気づいたようだ」

「秀矢、最初は私が手本を見せてあげる」

「わかった」


 亜由美はライフル型刃機の銃床――グリップの後部にあるパーツの後端部にスマホを差し込んだ。


 そして片手で銃を構えた。

 堂に入ってる。

 秀矢は、亜由美の立射片手射の出で立ちに目を奪われた。

 こちらに正面を向くモンスターに対し、亜由美は体を斜めに、足は肩幅に開き、右手の銃を敵に向け、綺麗な瞳と共に狙いを定める。

 体の動きに合わせて、なびく衣服の裾とセミロングの髪に気品すら感じる一連の所作に見惚れて、心中にくすぶる劣等感が吹き飛ぶ。

 ライブ配信を視聴してる時と同じ。

 見始めるまでは彼女に対し、醜い感情を抱いてるのに、いざ視聴すると配信に夢中になっていて、配信が終わると同時に晴れやかな気分になっている。


(さすが、俺の推しだ。何をやらせても絵になるな)


 亜由美の口角が上がる。

 そして「刃機、抜刀」と力強い声で言った。

 すると、亜由美の刃機の部品の継ぎ目や溝が淡く光りだした。


「空閑さん。周囲に他のモンスターの気配はないから、好きに撃っていいよ」

「了解」


 亜由美の目つきが鋭くなる。

 視線の先には、三匹のコボルド。

 上下する両肩、小柄ながらもがっしりとした体格、バラツキのある足並み、人とも獣とも明らかに違う異質な眼、全身を掻きむしる様な敵意を放ってる。


 亜由美は引き金を引いた。

 耳をつんざきたくなる轟音が鳴り響く。

 同時に、二匹のコボルドの上半身が消えた。

 残された下半身は刹那の間、両足で立っていたものの、後を追うように膝から崩れた。

 亜由美は、片手でライフルを撃った後にも関わらず、涼しい顔をしている。反動の影響は無さそうだ。


「あーあ、ちょっと火力が高かったかな。やっぱショットガンこれじゃ格好よくヘッドショットって訳にはいかないか」


 亜由美は残念そうな口調で言った。

 残された一匹のコボルドは困惑してるのか、慌ただしく首を左右に振ってる。


「それじゃ最後の一匹は秀矢が倒して。ご覧の通り、ビビってるから余裕でしょ」

「空閑さん、刃機の起動が先だよ」


(起動って、さっきスマホを刃機に差し込んだ時に光ったあれか)


 秀矢は自分の刃機を色んな角度から見た。

 最初に目についたのが、刃機の先端部で、そこには銃口と思しき丸い穴があった。

 続けて、鍔と刃渡りの間に不自然な空洞を見つけた。どうやら、ここがスマホの差し込み口のようだ。


「ここにスマホを差し込めばいいのかな?」

「うん」


 秀矢はスマホを差し込んだ。亜由美の刃機と違い、秀矢のスマホは九割ほど刃機に埋まる。


「亜由美のと違って、光らないけど」

「音声認証が済んでないからね。『刃機抜刀じんきばっとう』って言葉を口にしなきゃ起動しないのよ」

「あれ、認証だったのかよ。てっきり、亜由美の趣味かと――」

「あー、うん。私は、もう慣れたわ」


 亜由美は遠い目をしてる。


「時田くん。刃機の起動には、スマホの起動による知識情報。スマホと刃機を組み合わせによる所有情報。最後に生体情報として、声紋の照合が必要なんだ」

「わかりました……刃機、抜刀!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る