第一章 3月末
第4話 刃機支給①
「以上だ。何か質問はあるか?」
目の前で、あぐらをかいてる老齢の男性がやや圧のこもった声音で言った。
その男は、髪と髭の白色の占有率が高いため、老齢と判断できるが、体格はがっしりとしており、顔つきは厳めしい。
当人はあぐらをかいてリラックスしてると思われるが、秀矢を見つめる眼光、ピンとのびた背筋、腕の筋肉の張りから、精気が漲ってることがありありとわかる。
何てことのない佇まいなのに、気が抜けない。
対する秀矢は、このだだっ広い和室で長時間、正座してたためか膝から下が言う事をきかなくなってる。
中学卒業した直後。
高校生活開始前の春休みの最中、秀矢は金を稼ぐため、雇用主から一通り説明を受けたところだ。
口頭で長々と説明を受けたばかりで、頭の整理が追いついてない。
「じっちゃん。話、終わった? もうダンジョンに行っていいよね? こういうのは倣うより慣れろって言うし」
秀矢の隣から、若い女性の声がする。
その声は、ここに来るまでの間、幾度となく聞いてるにも関わらず、まるで初めて聞いたかのように秀矢の心臓をドキリとさせ、目を見開かせた。
隣にいる女性は、目鼻立ちは整っており、表情も穏やか。
可愛らしさと大人っぽさを備えたミディアムヘアは、ベースの黒髪にハイライトのベージュの陰影によって立体感があり、非常におしゃれである。
スラリとした身形に、ひざ丈のキュロットパンツにジャケットとTシャツは、彼女の魅力を引き立ててる。
彼女の名前は、
だが秀矢は、彼女の名前を知る前から、彼女の素顔と声を知ってる。
それは世界中で大人気のヒーローシューター「ランペイジ」の大人気ストリーマー兼プロゲーマーのアイとして。
彼女の常に前線を突っ切る、荒々しくも花のあるプレイスタイルと美しい容姿に抜群のトーク力は、多くの視聴者を魅了してる。
チャンネルの登録者数は100万人台。投稿する動画はいずれも6桁の再生数は当たり前。7桁の動画も珍しくない。
ライブ配信では、どのゲームジャンルでも同接は10万人以上。オヒネリは、一度の配信で日本円にして10万円は優に超える。
アクション全般の腕前は高水準な反面、頭脳系はポンコツ。
得意なアクションゲームでは強気で自信家、決して弱みを見せないが、苦手なジャンルでは子供のように泣き言を喚く。
そんなギャップが人気の要因である。
秀矢は、アイの最初期からのリスナーであるが、とある理由により、推しと同じくらい嫉妬心を抱いてる。
「おうおう、空閑。バカに張り切ってるじゃないか」
「へへ、まあね」
「新人を鍛えるには、一秒でも早い方がいいのはわかる。だが、落ち着け。まだ肝心のブツを渡してねえ」
老齢の男性は両手を二度合わせた。だだっ広い和室にパン、パンと手の平を打ち付ける音が鳴る。
程なくして、ふすまが開いた。
そこには、正座してる地味目な和服――侍女のお仕着せをまとった女性が居た。
女性の側らには、長机のように幅広いジュラルミンケースがある。
女性は深々と頭を下げて、「失礼致します、
そして、折り目正しい所作で立ち上がると、側に置いてたジュラルミンケースをいとも簡単に持ち上げた。
まるで空箱を持ち運ぶように、ケースを小脇にかかえて和室に入ってきた。
「こちらになります」と言いながら、女性はケースを老齢の男――蛟牙と秀矢の間に置くと、パッチン錠を次々と外してから蓋を開けた。
蝶番の擦れる音が微かに響く。続けて「おお」と亜由美が言った。
中身は二つある。
一つは、アイスモナカの方に大きく重い純国産スマホ。
正式名称
マニア向けスマホのため、ガジェット情報発信のサイトや動画では、一種の風物詩として取り上げられてるので、秀矢も存在自体は知ってる。
もう一つは、大人が持ち歩く大きさの、映画のセットを彷彿とさせる未来の世界で作った剣のようなもの。
――ようなもの、というのには理由がある。
刀身は、先端から鍔にかけて徐々に幅広く、厚みがあって頑丈そうだ。
しかし、柄が二つあるように見える。一つは通常の剣のように刀身の延長線上。
もう一つはトンファーの握りのように横にのびており、人差し指がかかる箇所には引き金と思しき突起物がある。
持ち手の部分だけを見ると、剣でもあり銃でもあるので、判断が難しいのだ。
しかし、その見た目は、素人目で見ても非常にクオリティが高く、大抵の男子なら心惹かれるデザインをしてる。
例に漏れず、秀矢もその剣に目を奪われてる。
「こっちのデカいのが先ほど、わしが話した現代のサムライの刀――
「へえ、これが俺の武器ですか」
「ああ、時田の適正に合わせて作った特注品だ」
秀矢は思わず固唾を飲んだ。今すぐにでも刃機に手を伸ばしたい衝動に駆られる。
「で、もう一つは、わしが会長を務めているナーガグループのスマホ部門がOSから半導体、液晶、人工知能、はたまたネジの一つに至る全てのソフトとハードを現代技術の粋を結集して作った純国産のスマホ、スケールシリーズの最新型。どうだ凄いじゃろ?」
蛟牙は自慢げに話す。
そんな様子とは裏腹に、秀矢は落胆してる。
向こう三年間のスマホは、携帯に不向きな異常に大きく重いスマホで過ごす事を強いられてるためだ。
秀矢が何も言わないためか、蛟牙は残念そうに「はぁ」と嘆息を吐いた。
「……試しに刃機を持ってみな」
「わかりました」
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