第5話 刃機支給②

 堅苦しい返事をするも、秀矢は目の前の刃機に心を躍らせてる。

 今にも駆け出しそうな勢いで立ち上がってから、前にかがみ、右手を素早く伸ばして柄を握る。

 ――が、刃機はピクリとも動かない。

 初めは手首だけで持ち上げようとした。次に腕の力を使ったけど動かない。

 終いには両手で柄を掴み、両足をスクワットの要領で力を込めて、ようやく持ち上がった。

 ただ刃機の先端がケースから動いてない。つまり、切っ先が支点になってる状態なので、刃機を振り回すには至らない。

 外観から感じ取れる重量感と寸分違わないようだ。


 蛟牙は「おお、やるのう」と声を上げ、亜由美は「あはははは」とゲラ笑い。


 秀矢は柄から手を離した。刃機は、ケースにスッポリと収まる。

 重たいものを一生懸命持ち上げようとしたため、心臓がバクバクしてる。

 息が上がって、胸が上下してるのが手に取るようにわかる。


「ふむ、リミッターがかかった状態で、あの刃機を持ち上げたんだ。その様子なら一週間前の施術の効果は、きちんと出てるようだな。今度は、ナーガグループ自慢の新機種に電源を入れてみな」

「これをですか?」

「説明したじゃろ。そいつの仕様を」

「外観は既製品と同じだけど、中身はダンジョン攻略に必要な機能が搭載。実生活においては既存の移動通信システムだけでなく、地球上ならどこでも繋がる衛星通信に対応。故意に紛失した場合、機密漏洩と見なしペナルティが課せられること。これくらいは覚えてます」

「上出来だ。要するに、大事な仕事道具だから肌身離さず持ち歩けってことだ。ちなみに、ペナルティの意味は聞いてるか?」

「は、はい……」


 秀矢は力なく答えた。

 ちなみにペナルティというのは、所有者の始末――死である。

 あくまで故意に紛失した場合なので、盗難等の部外者の意図による紛失なら法龍院家のお目付け役――シノビ衆が速やかに回収にあたる。

 故意の紛失については色々と細かい条件がいくつもあるので、まるでデスゲームみたいだと辟易した。


 酷使したばかりの右手で、ケースの中にあるデカいスマホを掴み取る。

 軽い重量の重り、ダンベルのようにズシリと確かな重量感が右腕にのしかかる。

 興味本位で家電量販店の展示物を操作したことがあるので、迷うことなく電源を入れた。

 液晶に光が灯ると同時にOSが起動し、ものの数秒でトップ画面に遷移する。


(こいつ、起動は早いんだよなぁ……)


 トップ画面はいくつかのアイコンが並ぶだけの簡素な画面。

 既製品とはいくつか仕様が異なるという話だが、今のところ違いはわからない。

 昔、確認したカタログスペック通りの性能なら、他のメーカーから販売されてる機種とは比べ物にならないほどのオーバースペックを有してる。

 それの最新機種なので、スペックだけなら他の追随を許さない性能なのは明白。

 問題は、値段も信じられないほどオーバーだから一般消費者にはそっぽ向かれ、凄まじいスペックなのに癖が強いOSとCPUのためアプリ開発者はもとより開発ツールの対応もそっぽ向かれてること。

 どんなにハイスペックなスマホでも、ユーザーが求めるアプリの動作と価格を提供できなければ、普及しないのは当然と言える。

 一応、唯一無二の売りであるアイボーの存在が、一部のガジェットマニアと動画投稿者の受けがいい程度。


「こいつ、初回起動時の設定とか無いんですか?」

「必要最低限の設定は、既に済ませておる。通話も出来るし電話番号と連絡先も今までものが使えるぞ。アイボーの設定はまだだから、ダンジョンに入る前に済ませておけ」

「わかりました」

「よし、それじゃ――アイボー、士道開眼しどうかいげんせよ」

「これ、俺のスマホでは――」


 秀矢の言葉を中断したのは、他でもなく秀矢の肉体だった。

 蛟牙が「士道開眼」と口にした瞬間、スマホの画面にリミッター解除という文言が現れた。

 同時に、全身の隅々、それこそ頭のてっぺんから足の爪先まで、無数の小さな虫が蠢いてるかのような感触がする。

 初めての感覚。あまりの不気味さに、嫌悪感を催し、背筋に悪寒が走る。


「そんな顔するな。直に慣れる。貴様の身体に投与したスマートナノマシンが活性化してる証拠よ」


 蛟牙の言葉通り、一週間前に仕事内容の最終確認と同時に、肉体を改造するためナノマシンを投与されてる。

 ナノマシンと聞いて、投与手段である注射の痛みを思い出し、奥歯を噛み締めた。

 一回目は、一週間かけて身体に馴染ませるため。

 二回目である今日は、蛟牙と対面する前にも投与された。


「というか、俺のスマホなのに、あんたの言葉でも動くのかよ」

「うちで作ったスマホじゃ。わしにも管理者権限があるわい。――そんな事より、刃機を持ってみな」


 秀矢は再び、右手で柄を握った。

 すると、先ほどまで大木のように重かった刃機が棒切れのように持ち上がった。手首の負担は微塵も感じない。

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