第2話 是田ミユという女

「私の処女を奪って、ビッチにしてほしいの!!」


「は? こわ」


 問答無用で玄関扉を閉める。

 鍵をかけようとする前に開けられてしまったが。


「話を聞いて!!」


「夜道に気をつけてね」


 再度扉を閉め……られない!!

 めちゃくちゃ抵抗されてる!!

 あ、やばい、力負けする。

 クラスの女子に力でわからされる!!





 てなわけで、渋々家に招いた。

 さすがにずっと玄関で立ち話をするわけにもいくまい。


「はい、ぶぶ漬け」


「いきなり帰らされようとしてる!!」


「そりゃそうだろ」


 是田さんが黒いマスクを外した。

 鼻先も口元もよく整った、綺麗な顔だった。


 さらに上着まで脱ぐ。

 い、意外とデカいじゃん。


「で、なに」


「だから、うぅ〜。何度も言わせないで……」


「…………」


「だ、だからね、私とえっちしてほしいの。私は、シロちゃんみたいなビッチになりたいから」


「意味がわからん。共通テストの古文の方がよっぽど理解できそうだ」


 はぁ、と是田ミユがため息。

 ため息つきたいのはこっちの方だ。


「私、シロちゃんの友達なんだけど、シロちゃん、いつも誰とえっちしたとか、男はこうだとか、エロマウント取ってくるの。ミユにはわからない話か〜って」


「知ってるよ、盗み聞きしてるから」


「それが悔しくて悔しくて。確かにシロちゃんはえっちな体をしているし、可愛いよ。で、でも、私だって、結構良い体してると思うの。私も、シロちゃんに負けず劣らずのビッチになれるはずなの!! どう思う?」


「おかしいな、ウチの高校は割と偏差値高めのはずなんだけど、頭おかしいやつがいるみたい」



 と冷たく突き放してみたが、理屈は理解できる。

 ようは嫉妬しているのだ。


 俺だって、友達が『彼女とデートした』とか『セックスした』とか言ってきたら、チクショー俺だってぇ!! と対抗心を燃やす。


 それと同じことなのだろう。


「私、ビッチになりたい!! そしてシロちゃんに自慢するの!! 学校一のエロ女は、この私だーって!!」


「そりゃ是非とも頑張ってほしいね。クラスの美女二人がビッチ仲間で、毎日乱痴気騒ぎしてますなんてエロゲ設定、ビッチ好きの俺からしたらヨダレもんだ」


「でも!! ここで一つ大きな障害が!!」


 声でっか。

 普段は亡霊みたいに囁くのに。


「障害?」


 是田ミユの頬が、ほんのり赤くなった。


「私……最初のエッチは、はじめて同士がいいの」


「ん?」


「好きな人と、幸せなはじめて同士えっちがいいなって」


「はあああああ!? なに眠たいこと言ってんの!?」


「え?」


「ビッチ志望がよ、んな幼稚園児みてえなお花畑な妄想してんじゃねえよ。ビッチってのは生まれた時から貞操観念ゼロでなくちゃいけねぇんだよ」


「そうなの!?」


 俺のお気に入りのエロゲやAVを使って教育してやりたいね。

 あれ、待てよ、いまこいつ、好きな人とはじめて同士えっちがしたいって言ったよな。

 それって……。


「え、是田さん、俺のこと……」


「あぅぅ、だって、私に優しくしてくれる男の人、芦間くんだけだから。バイト中も、気を遣ってくれるし」


「俺のこと童貞だって、なんで知ってんの!?」


「そっち!?」


 是田ミユがおもむろにスマホの画面を見せてきた。

 寺王シロと是田ミユと、もう一人の小柄な取り巻きのスリーショット写真だった。


「こっちの背の小さい子がね、わかるんだって、臭いで」


「そんな特殊能力が」


 是田ミユがスマホを置く。

 ゆっくりと、俺に近づいてくる。


「な、なんだよ」


「ま、まずはキスから、かな」


「待て待て、待て待て待て」


「?」


 このままだと本当にしちゃいそうだ。

 ていうかもう充分ビッチな気もするが。


「さすがに急展開すぎるって。逆レイプは好きだけど、さすがにいきなりすぎて怖いって」


「ご、ごめん」


「それに俺にだって、えっちに至るまでの障害がある」


「ん?」


「俺のはじめては、誰とでもえっちするようなビッチがいい!!」


「ええええぇぇぇぇ!? な、なんで!?」


 しょうがないじゃん、性癖なんだから。

 初えっちに夢を抱くお年頃なんだから。


 ミユがガクッとうなだれる。

 気まずい沈黙が流れる。


「じゃ、じゃあさ。私、ビッチになる!! 処女のビッチ、処女ビッチになる!!」


「どうやって?」


「だ、大胆なことして、ビッチ感を出す」


「たとえば?」


 是田ミユの顔がますます赤くなる。

 瞳もキョロキョロしちゃって、パニクってるのが丸わかりだ。


「手を、繋いでも、いいかな」


「手っすか」


「ビッチっぽいかなって」


 まったくぽくはないが、俺の男心が微かに揺らいだ。

 ぶっちゃけ、可愛い。


「…………いいけど」


 ミユの指先に触れる。

 小さくて細い指。

 徐々に接触面積が増えていって、俺たちは互いの右手を繋ぎあった。


「大きいね、手」


「男の子ですもの」


 あー、やばい。

 意識しちゃうな。てか、女の子と手を繋ぐなんて……小学生以来か?

 

 本能が俺を熱くする。

 下半身に血が集まっていく。


「どう? 興奮する? えっちな気分に、なる?」


「いやー、どうでしょう」


 なってますとも、バリバリ。

 あかん、意識を逸らそう。

 ペースに飲まれそうだ。


「あのさ、本当に俺のこと好きなの?」


「……うん」


「信じられないな。あんま話たことないのに」


「私からしたら、一番話してくれる男の子だよ」


「うーん」


「じゃあ」


 ガバッと、ミユが俺に抱きついてきた。

 突然のことで頭が真っ白になる。

 ていうか、当たってる。胸が。

 それに、当たりそう、俺の息子が。


「帰れないかも」


「なんで」


「人生最大の勇気を振り絞りすぎて、もう力が入らない」


「そ、そりゃ大変だね」


「泊まっちゃおう……かな」


 良い匂いがする。

 髪、撫でてみたい。


 手を下にやって、下半身に触れてみたい。

 お尻とか……。







 スマホが鳴った。

 是田ミユのだ。


「お母さんからだ。あ、もうこんな時間。さすがに帰らないと」


「帰れるの? 疲れているんじゃないの?」


「近くのコンビニまで迎えに来てくれるって」


「そっか。気をつけてな」


「また、来るね。家、知ってるし」


「うん。……うん? てかなんで俺ん家知ってたの?」


「バイト終わりに尾行したから」


「なんだお前キッショ」


「急に辛辣!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日、是田ミユが学校を休んだ。

 体調不良らしい。


 まぁ、昨晩あんなことがあったんだ。肉体への負担が深かったんだろう。


 にしても、あんな変な子だったとは。


「てか、ビッチになりたいってことは俺としたあと他の男ともするのかよ」


 いいな、それ。

 興奮する。

 めちゃくちゃ興奮する!!


 正直、あぁいう純朴そうな子がビッチ化するのはかなり興奮するので、できることなら手伝ってあげたい。


「とはいえ、俺も初めての相手には理想があるわけで」


 トイレで用を済まして、手を洗う。

 ハンカチを取り出して水気を払っていると、


「ねえ」


 声をかけられた。

 女性の声だ。


「なっ……」


 寺王シロが、男子トイレにいた。


「君さ、私のことずーっと見てるでしょ」


「あ、え、え?」


 にやりと、シロが笑う。


「してあげよっか♡♡」






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※あとがき

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