第二話 女の子に、なってる

「んぅ……』


 意識が戻った俺は、頭を抱えながらムクリと起き上がる。心無しか身体が重い。それに、何やら服が大きくなった気がする。こんなぶかぶかだっただろうか。

 しかしながら、脳は目覚めたばかりで寝ぼけており、この状況を良く理解出来るほど回ってはいなかった。


『ここ、は?』


 先程までいたダンジョンは石造りの建造物のようなダンジョンだったのだが、ここはそうではなかった。

 足元は大理石で出来た床があり、左右にはツタの模様をした金の装飾が先まで続いている。

 そのツタの模様を目で追っていくと、そこには多くの装飾が施された純白の階段と、祭壇のような物があった。遠くからではよく見えなかったが、どうやら祭壇には何かが刺さってる。


『しん、でん?ダンジョンの中に?』


 神殿、この光景を見てふとその言葉が思い浮かんだのだが、この場所はまさに神殿という言葉が似合うほどに、神聖な雰囲気を醸し出している。

 そう思うと、何だか凄い場所に来たような気がして、それこそ祭壇に刺さってる何かは売ればとんでもない価値になるものではないかと、妄想が止まらなくなってくる。


 だが可笑しい。俺が見ていた限りではボス部屋は今までのダンジョンと同じく石造り……あっ、そういえばトラップを踏んでいたか。


『隠し部屋……こんな規模のか?』


 思いつく限りの可能性を、仮説として立てては消しを繰り返す。けれども目の前に起こっている事は人生で初の事で、好奇心か恐怖心か、気づけば俺は祭壇の方へと歩み始めており、純白の階段を登って祭壇に着いていた。


『お……おぉ……おおー!!』


 俺は祭壇に刺さっている物を、まるでかっこいいものを前にした少年のようにまじまじと見つめる。

 それもそのはず。祭壇に刺さっていたのは剣だったのだ。それもとびきりかっこいい見た目だ。

 柄頭は水色の宝石が嵌められた白い台座で、握りには絹のように白い布が巻かれており、鍔は白一色となっているが水色の光が脈打つように動いており、その光がまた幾何学的な模様を描いている。光は剣身にも流れており、銀色一色の剣身に幾何学的模様を描いていた。

 神殿に飾られる程の荘厳さを保ちつつ、仄かに近未来的な香りも漂わせるこの剣。この剣を前にして、思わず俺は興奮していた。


『選ばれしものがどうかは知らないけど……無理矢理でも抜いてばあちゃんの治療費になってもらうぜ……!』


 そうして俺は全力の力を込めて剣を抜こうとする。


『いくぞ、ふんっ!ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……ぐっぬぉ、が、あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!なぁぁぁ!!』


 そうして引っ張ってみるのだが、剣は中々抜けない。とても固い。まるで地面と一体化しているみたいだ。


『ま〜け〜る〜かぁ゙ぁ゙ぁ゙ー!!!』


 それでも負けじと引っ張り続けると、ズッ……と少しづつ抜ける手応えを感じ始める。しかしながらまだまだ固く、もっと力を込めないと抜けそうにない。


『うんどごじょ゙!どっごぃ゙じょ゙!!抜けろやこのや゙ろ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙!!!』


 自分でもびっくりするぐらいの馬鹿力。手が赤くなって傷んできてもお構い無しに力を入れ続け、全力て剣を抜こうとする。


ズッ……ズッ……ズッ……!


 やがて抜ける感触の頻度も高くなり、後一押しかと思ったタイミングであった。


Approval completed承認完了。ロックを解除します〙

『へっ?』


 急に剣が抜け、勢いを殺し切れなかった俺はそのまま階段の方へと倒れていく。

 あまりにも一瞬の出来事だったので自分が倒れている事すら気づかず、不覚にも抜けた剣が綺麗だなぁぐらいにしか思考が動かない。

 剣に重心を持ってかれて体勢を崩し、そのあと剣が自分の手元を離れ、遥か後方へと飛んでいく。その時には、眼前に白い階段が映っていた。


『ゴボッブゥ!!』


 顔面が階段に衝突し、そのまま流れるように階段を転げ落ちていってピンがボウリングの球に弾き飛ばされたように空中を舞い、鼻血を噴射しながらやがて先程目覚めた場所へとカムバックする。


『グッ……オッ……』


 顔面から激しくいってしまったが攻略者は思ったより丈夫らしく、目が冴えたのと多少鼻血が出た程度で済んでいた。


『ふぅ……ふぅ……剣』


 俺は鼻血を抑えた後、ゆっくりと起き上がり、一緒に飛んでいった剣を探す。するとどうやら手元にあったようで、特に苦労すること無く見つけ出せた。


『よかっ――ん?」


 そう言って右手を伸ばした時だった。俺の手――いや、腕全体に違和感を感じる。


「……?」


 一瞬気にしすぎかと思ったのだが、どうやら合っているらしい。どうやら細いのだ。腕がいつもより圧倒的に細くて、そして白い。

 伸ばした片手は俺の意志の通りに剣を掴むのだが、その手はいつもよりも頼りなくて、か弱く感じる。


「そういえば、そういえば……声」


 今更になって俺は声の異変にも気づく。うるさい、というほどではないが声が高くて、女っぽい。


「ヒュッ」


 良くない予想が頭をよぎり、息が詰まる。俺はその予想を確かめる為に、剣を剣先を天井に突き立てて剣を持つ。そして、鏡の代わりに剣身を使い、今の自分の姿を見つめた。


「ぬっ……!?」


 そして見てしまった。自分の姿が、今までと全く違うことに。


 140cm程まで小さくなった身長。髪は腰ほどまで伸びており、金色までとはいかないものの髪が出す艶によって金色に寄った髪色。目は美しい銀色に染まっている。

 今まで丁度良いサイズだった服は、身長も体型も大きく変わったことでブカブカになっていた。

 俺はそれらが視界に入った後、1秒も掛けずに上を向いていた。自分に今何が起こっているのかを今一度頭の中で理解し、整理する。

 やがて、一つの答えが出てきた。


「――女の子に、なってる」


 攻略者というものは、いつ如何なるトラップでも慌てずに対処しなければならない。まあ、あの大岩は別だが……。

 ともかく、俺は「答え」を口にした後、心の底から湧き上がる激情を必死になって抑えていた。

 無論、このような自体女の子になった事を嬉しいと思っている激情ではなく、何故こうなったか理解出来ないがゆえに発狂したくなってしまう激情なのだが。


「ふぅ…………ふぅ…………」


 目を閉じ、ゆっくりと息を吸って、吐き出す。これを何回か繰り返した後、俺は再び目を開けて自身の姿を見る。

 どうやらしっかり見れる程度には激情が収まったらしい。


「起きてしまった事は仕方ない、まずは切り替えよう」


 冷静な思考を取り戻した俺は、身の回りの状況を確認する。

 今のところ周囲に敵はおらず、あるのは綺麗な景色と祭壇、そして剣がある。

 これだけの情報ならば強武器を手に入れる事のできる隠し部屋のように見えるが……罠の効果が重すぎる。


「ダンジョンから出る時には戻っている事を信じて……次は剣だな」


 今俺が持っている剣。性能うんぬんは後として、ぱっと見はとても強そうな武器に見える。

 試しに振ってみるのだが、振り心地は見た目に反してとても軽いもので、小さな身体でも十分に振ることが出来た。


「これがナマクラじゃなければ、まずダンジョンから無事に出られるはず」


 こんな身体になった以上、今までの戦闘スタイルは確実に使えないし、十中八九負ける気がする。多分持てないだろうけれど、一応ショートソードを持ってみるか。


「おっも……振り回せねぇ」


 前の武器で十分に戦えない事が分かったので、俺はショートソードを腰当てに挿す。

 その後しばし考え、これからの行動の方針を決める。


「よし……戦闘を避けてここを出る。これが目標だな。だけど……まずは百合が先だ」


 俺は重そうでもう特に要らないもの――ショートソードなどを祭壇に置いていき、シャツを縛ったり、ズボンを捲るなどして服のサイズを多少なりとも合わせる。


 そうして準備が終わった俺は、気合いを入れ直し、いざ百合を探そうと剣を持って祭壇を降りようとした――その時だった。


「お兄!無事!?」


 俺の目の前に、見慣れた妹がいた。

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