サボテンの恋~年下のきれいな男の子に毎日ごはんを作ってもらうお話
西しまこ
一章 捨て猫(ネコとオトコノコ!)を拾ってしまいました
第1話 あれ? うちに猫なんていたっけ?
「にゃー」
……猫?
うちに猫なんていたっけ?
ほわほわの白と薄茶の毛並みで金茶の目をした猫が「みゃー」と小さく鳴きながら、とてとてと畳の上を歩いていた。
仔猫?
思わぬものが目に入り、細くしか開けていなかった目を、瞬きを一度してからはっきりと開けた。すると、そこはいつも眠っている寝室ではなかった。広い土間の玄関から入ってすぐの、使っていない和室だった。その畳の上に直に寝ていたのである。
……昨日、こんなところで寝ちゃったんだ。ベッドにも行かず着替えもせず。暖房つけっぱなしで。……スーツ、しわくちゃ。雨戸を立てるのも忘れちゃった。
部屋は朝の光で満ちていた。明るい日差しが縁側から入り、カーテンのかかっていない硝子戸を通って、畳に幸福そうな陽だまりをつくっている。
「にゃー」
猫。……かわいい。
でも、私、猫は飼っていなかったはず。
どこで連れて来ちゃったんだろう? 拾ったのかな?
ぼんやりした頭で波瑠は、昨夜のことを思い出そうと考えを巡らした。
……駄目だ。寝起き、駄目。全然思い出せない。
とりあえず波瑠は身体を起こした。
やわらかな毛玉のような仔猫は、波瑠が身体を起こすと「にゃー」と鳴いて、波瑠にすり寄って来た。
ふふ。かわいい。
「――え⁉」
猫を抱き上げようとして、波瑠はあるものが目に入り、思わず声を上げた。
あるもの――
――誰か、いる。
波瑠が寝ていた和室に、もう一人、見知らぬ人間が寝ていた。
波瑠は一人暮らしだ。
一人暮らしには広い、平屋の一軒家で静かに暮らしている。
……誰?
眠っているその人を、波瑠はじっと見つめた。
短い黒髪……きれいな髪。さらさらしている。
波瑠は向こうを向いている顔を見るために移動し、顔を覗き込んだ。
うわあ、きれいな寝顔! 白い肌に整った眉毛。毛穴なんて見当たらず、つるんとしている。睫毛長い! ――女の子? ううん、男の子? ――どっちだろう?
波瑠がじっと見つめていると、そのきれいな寝顔がぴくりと動き、ゆっくりと目を開けた。
すごい! 目を開けると、ますますきれい!
「おはようございます。……昨日は泊めてくれてありがとうございます」
眠り姫は目覚めると、身体を起こし正座をしてからお辞儀をして、礼儀正しくそう言った。少々申し訳なさそうにしながら。
男の子だ!
繊細なつくりの顔から、紛れもなく男性の特徴を示す声が漏れた。低い、聞き心地の良い落ち着いた声。
十一月で、外は少し肌寒くもあるけれど、彼は薄手のウィンドブレーカー一枚羽織っただけの恰好だった。
……高校生?
彼はとても若く見えた。そして、困ったような顔をしていた。
えーっと。
私が彼を連れ込んじゃったの? こんな若い子を? 十歳以上も年下じゃない! ……してないよね? 犯罪になっちゃう!
波瑠は思わず、自分が服をきちんと着ているか、確認した。
……大丈夫、かな? 下着も身につけている。よかった。
「えーと、ごめんなさい。よく覚えていないのだけど、私があなたを連れて来ちゃったの?」
こめかみを抑えながら、お酒がまだ残る頭で波瑠は尋ねた。
すると「にゃーん」と猫が波瑠にすり寄り、それから猫は彼の方に行き、彼の膝にぴょんと飛び乗った。そして、彼の膝の上でごろごろと言いながら、気持ちよさそうに目を閉じた。
「……ねえ。その猫は、あなたの猫?」
彼に懐いているように見えたので、そう訊く。
「僕の、というか、ここに来る前に拾ったんです。迷子になっているみたいで、放っておけなくて。すごく人懐こいから、たぶん飼い猫が間違えて家を出て、帰れなくなったんじゃないかと思うんです。十一月だから昼間はまだあたたかいけれど、夜は冷えるからかわいそうで」
彼はようやく少し笑いながら言った。笑うとますます素敵だった。
「そう」
確かに野良猫には見えなかった。
毛足が長い猫で、警戒心がまるでなく、今も彼の膝の上で気持ちよさそうに眠っている。
……十一月で夜は冷える、と彼は言った。
その彼の服装もかなり薄手だった。
ふと、見ると、彼のそばには黒い大きなバッグがあった。
旅行客かな? 若いけど。
波瑠が住んでいるところは歴史ある町で、多くの歴史的建造物があった。波瑠の住んでいる古い日本家屋は奥まったところにあるが、民家の中に寺社が点在していることから、有名な寺社を見ながら細い小路を散策し、ここまでやって来る旅行客が一定数いるのだった。
「あのう、あなた、旅行客?」
波瑠がそう言うと、彼は首を横に振った。
そしてそれから、しばらく考えるようなそぶりを見せたあと、居住まいを正して、真面目な顔をした。
「お願いがあります」
彼は背筋を伸ばして、波瑠を真正面から見た。それから、意を決したように言った。
「僕を、ここに置いてください……!」
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