第3話 勇者のつるぎ

「…──ギエール・バレメント、王立魔法剣術学校を次席で卒業したのち、王宮魔法師となる。類まれなる才能が認められ、若干20という若さで副団長に任命、それと同時期に勇者に選ばれた、と……」


「ルミナスさん、その資料はいったいどこから──」


「師匠と呼びたまえエルヤくん。……これはまぁ、あれだ、極秘に調査して入手した。この事からも分かるだろうが、君を殺そうとしている男は、いわばこの世の天才と呼べる」


「殺そうとって……なんとか説得できるかもしれないじゃないですか」


 俺から勇者に望んでなったわけじゃない、加護が勝手に俺を選んだだけだ、そう言うしかないだろう。


「君の言うその『説得』は実力が上の者が無条件に提案できるものであって、君にできることではないよ」


「でも俺は今、加護を持った勇者ってことですよね。その加護で勝てることだってできるんじゃ……」


 実感はないが、俺は今勇者なのだから。


「その考えはあまりに怠慢だよエルヤくん。勇者の加護が勝手に君を強くしてくれると思っているのなら改めた方がいい。ギエールという男は勇者になる以前からの強者だ。加護を失ったとて、片手一振りで殺されるだろうね」


 彼女は続けてこう問うた。


「君は加護の力を使う側だ。戦い方も知らず非力な君に、強大なその力を使いこなせるのか?」


「いや、俺は……」


 使いこなせるはずがない。


 仮に相手が迫ってきても、また同じように逃げ回ることしかできないだろう。


 本当は逃げずに正面から立ち向かいたい。


 非力さを自覚して、背を向けて逃げることは悔しくてたまらない。


「俺は使いこなせるように──…」


「なーんて、これからできるようになっていけるさ!あんまり深く考えなくてもいいよ」


 冗談だとでも言うようにゲラゲラと笑いながら肩をバシバシ叩いてくる下着姿の師匠。


「君が一人前になるまで、この私が手取り足取り丁寧に教えてあげる。まぁ私がいるうちは安全だと思ってリラックスしていてよ」


「……師匠はギエールって人に勝てる?」


 俺の問いかけに対して、ルミナスは不敵な笑みを浮かべた。


「余裕さ」





 師匠の家の周りは、一面見渡す限りの草原だ。


 王国郊外の僻地らしいが、こんな場所があったとは知らなかった。


「初めに聞いておくべきだったかもしれないんだけど、エルヤくん家族はいる?」


「いません。一人暮らしをしていたので」


「そっか、なら良かっ……ごめん良くはないね。でもそれなら例え私が君を攫ったみたいに見られても心配する人はいないってことだよね、うん」


 独り言のように呟いている師匠を横目に、俺は先ほど手渡された剣を握って持ち上げてみる。


 しかし重すぎてとても地面から上げられそうにない。


「師匠っ……!これ、重すぎませんか……ていうか、俺は剣なんて使えないんですけ、ど……フンッ!………ハァ、無理だ」


「いずれ使えるようにならなきゃいけないんだよ。それじゃ、早速始めようか」


 徐ろに彼女が手に取ったのは、身の丈の長さをした槍だ。


 俺の身長よりも長い。


 その先端、鋭利な刃をこちらに向けて構え出した。


「口であれやこれやと説明するよりも、まずは身体で覚えた方が早い」


「ちょ、まっ……!」


 真正面から槍を振り下ろす動作を見せる師匠に対して、死ぬ気で剣を地面から引き離した。


 遠心力を最大に使って横に振り回しながら、彼女の槍と交えた。


 とてつもなく重い剣をぶつけたのにも関わらず、衝突で弾き返されたのは俺の方だった。


 硬い岩に叩きつけたかのように、そのエネルギーがそのまま反動として返ってきた。


 重い剣と一緒にこの身も吹っ飛んだ。


 手取り足取り教えてくれるって言ってたのに、蓋を開けてみればスパルタ指導だ。


 なんで俺は剣であの人は槍なのかも訳が分からない。


「この崖っぷちの状況下で戦術を学び、そして加護の力の使い方も学ぶ。一石二鳥だとは思わないかっ!?」


 まだ立ち上がってもいない俺に向かって、またも容赦なく突進してくる師匠。


 あの人からはマジもんのオーラを感じる。


 俺が剣で防がなければ、おそらく本当に斬られているかもしれない。


「ヌォォォ………!」


 全身の筋肉を使ってもう一度剣を持ち上げ、振り回しながら防御を図る。


 今度はもっと振り回す速度を上げて、打ち負けないようにする。


 一回、二回と、剣とともに身体も回っていく。


 先ほどよりも回る速度が早く、タイミングを図るのが難しい。


 三回目を回り切ったところで、師匠の槍がすぐそこまで振り下ろされていた。


 剣は横を向いており、俺の肩と槍の先端が至近距離にある。


 あ、死……───。


「あ、ごめんエルヤく……───」


 その瞬間、神々しい輝きを放つつるぎが天まで昇った。


 全身を包むようにして現れた光は、巨大な剣を形作った後に消えた。


 手に持っていた重い剣は地面へ落ちて、すぐ直前で槍を振り下ろしていたはずの師匠はその遥か後方まで下がっていた。

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ある日突然、勇者が加護を失ったそうです。なぜ勇者の加護が俺の中にいるんですか? はるのはるか @nchnngh

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