第2話 勇者の加護
目を覚ますと、見知らぬ建物の中だった。
ベッドに横たわり、上から布団までかけられていた。
「おはよう。どう体調は?」
話しかけてきたのは、手に湯気を放つコップを持った女性だった。
上と下に、下着を身につけただけの露出狂がそこにいた。
大部分の肌が露出しており、下着をつけて尚も溢れんばかりの胸が強調されている。
「っ……!誰だお前は!?人攫いの次は露出狂か!俺をこんな所に攫ってきていったいどんな卑猥なことをするつもり──」
「口の聞き方に気をつけてね」
「グハッ……!?」
目で追えない速さで一瞬にして腹に拳を練り込まれ、味わったことのない激痛に襲われた。
「年相応のエッチな考えは嫌いじゃないよ」
悶える俺の横で、ベッドに腰掛けて下着姿のまま優雅に口をコップにつけている。
あと残りはするものの、痛みが引いてきたタイミングで彼女がこちらを振り向いた。
「きみ、名前は?」
「えっと……エルヤ」
若干恐れつつも、身の危険を感じて正直に告げた。
「そっか、エルヤくんね。私はルミナス、これからよろしくね」
笑顔で握手を求めてくる、ルミナスと名乗る女性。
「ほらエルヤくん、握手。私のことは師匠って呼んでね」
「ししょ………え?師匠……?」
彼女の手に触れた瞬間、全身に電気が走ったような感覚に陥った。
時すでに遅し、当人同士しか知らない言葉による契約が為されてしまった。
「それでねエルヤくん。君がどれだけ眠っていたか分かる?」
握手から解放され、唐突にそんなことを聞かれた。
「いえ……眠ってたんで。数時間とかですか?」
「ううん、三日経ったよ」
「みっ……え、三日も寝てたんですか!?」
「いい反応だねぇ。そう、君が意識を失ってから三日が経ったの。その間にこの国で、とある男が暴れ回っているんだよ」
俺の腕を優しく掴み、服の袖を捲って直に触れてくる。
撫でて、軽く揉んで、その触り方が妙にいやらしい。
「とある男って……誰のことですか?」
「──勇者。実際には『元』勇者なんだけど」
腕から手へと、そして指を絡めて握ってきた。
「それが二日前……エルヤくんが意識を失って一日が経過した頃だ。まず君に勇者について話しておこうか」
彼女は唐突に『勇者』について話し始めた。
「誰もが知っている勇者という呼び名、あれはただの名称なの。強ければその名を名乗っていいわけでもない、加護に認められて勇者になれるんだよ。簡単に言えば、さっき話した勇者が加護を失って、誰かさんへと移ってしまったってこと」
ニヤけた表情を浮かべながら話を続ける。
「本当に、ちょうど二日前……君から異質な力を感じたんだよ。勇者が加護を失ったその日に、だ。君自身でも分かるはずだよ、加護を無意識に保有することは不可能だからね」
彼女から伝えられたのは、理解し難い内容の話だった。
言っていることの全ては分からないが、それでも『俺自身』は加護を認識できている。
「えっと、それはつまり……」
「今は君が勇者なんだよ、エルヤくん」
「………え、何でそんなことになったんですか」
三日間の眠りから覚めて唐突に俺が勇者になっていた、これをいったいどう解釈すればいいのだろうか。
「理解できなくても仕方ないさ。どういう理由であれ君に宿ったということは、加護が一方的に好いているということだから」
「……その加護っていうのは、自我を持ってるってことですか?」
先ほどから加護に認められるだとか、加護が好いているといった言い方をしている。
「持っているよ。だから加護は宿り主を転々として今の時代まで勇者を選び続けている。それは加護の好き嫌いで決まる。もしエルヤくんが非人道的な行いをしようものなら、加護は君の元を離れてしまうかもしれないよ」
それはつまり、これまで勇者になった人たちはみんな加護の好き嫌いによって選ばれただけの人たち……ということになる。
そう考えると、ふとした瞬間から勇者になってしまうことが恐ろしいな。
「どんな成り行きか知らないが、君が勇者になったことで『勇者ではなくなった』男がいる。名をギエール・バレメントと言うらしいが、どうやら王国と密接な関係にある者らしいんだよ。国総出で勇者の加護を奪った者を探し回っている、これが現状だ」
「奪ったって……俺は──」
「分かってるよ。でも世間はその者──君を加護の簒奪者として犯罪者呼ばわりしている。仮に見つかれば……元勇者の男に殺されちゃうんじゃない?」
軽いノリで言われても怖い。
そもそも加護が俺に移ることになったきっかけに思い当たる節がない。
「一度でもギエール・バレメントという男と接触したことはない?腰には剣をかけていて、高貴な服装だというのが元勇者の特徴だ」
「いやぁ……そんな人とは一切無縁の人生を送ってるし、接触することなんてまずないですね」
「そっか、まぁどうであれ加護に気に入られて良かったじゃないの」
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