ある日突然、勇者が加護を失ったそうです。なぜ勇者の加護が俺の中にいるんですか?

はるのはるか

第1話 人攫い

「ハァ……ハァ……っ、ハァ……っ!」


 心臓が張り裂けそうなくらい苦しくなりながらも、路地の中を必死に逃げ回る。


 もしここで止まれば、その時は人生の終わりだけが待っている。


 どれだけ追いかけ回されただろうか。


 どこまで逃げても、奴らはずっと俺を追いかけてくる。


 俺が窃盗を働いたからか、それとも食い逃げをしたからなのか、違う。


 この国の裏では非道な人身売買が頻繁に行われているからだ。


 捕まれば十中八九、俺は奴隷として売り飛ばされる。


 噂として聞いてはいたが、まさか自分が目をつけられるとは微塵も思っていなかった。


 奴らは剣を片手に持って追いかけて来ているからか、かろうじて身軽な俺の方が速い。


 しかしどれだけ逃げようとも奴らの追いかけてくる速さは全く変わらない。


 まるで弄ばれているように、疲れ果てたところを捕まえる魂胆が目に見える。


「このままじゃ……っ、捕まる………!?」


 路地から通りに抜けた瞬間、通りから歩いてきた人とぶつかった。


 走っていたはずの俺の身体が後方に吹っ飛び、背中から転げ落ちた。


 それでも、ここで街の人に会えたのは願ってもない幸運だ。


「あ、あの……!助けてください。今、追いかけられてて、それで………」


 とうに息切れて出せる声を振り絞って助けを求めたがしかし、目の前の男の人は冷たい視線を向けてくるだけで、表情ひとつ変えていない。


「あのっ、助けて……!」


 縋る思いで男の腕を掴もうとしたその瞬間、気がつけばそこに男の体はなく残像のように消えてなくなった。


 まるで何も見ていないかのように、向こうへ歩き去っていった。


 俺は見捨てられたんだ。


 今俺を後ろから追いかけてくる奴ら以外は、みんな味方だと思っていた。


 そのことに絶望せずにはいられなかった。


 一縷の望みが無駄足に終わり、稼いでいた距離はあっという間に縮まり、すぐそこまで奴らが迫って来ている。


「くそっ……!なんで……なんでだよ!」


 それでも諦めるという選択はこの身の中にはない。


 人生を捨てるときは、どれだけ振り絞っても力尽きて死ぬ瞬間だけだ。


 心に宿る炎が潰えるそのときまで、燃やし続ける。


 燃やして燃やして、心が折れそうになった時はまた再燃させる。


 そうして入り組んだ路地の中をひたすらに逃げ回ったが、一向に大通りに抜ける道が見つかることなく、心の中の炎は気力無くしていった。


「ダメだ…………諦めたら、もう………────」


 足を前へ突き出すことも、腕を振ることもできずに、最後には身体だけが前へ突き出て倒れそうになった。


 そこで俺の意識はプツンと途切れた。





 ───────────

 たまたま通りかかった路地裏で、私の胸に身を任せて気を失った男の子。


 顔にはものすごい汗と、ところどころ怪我をしている。


 そして男の子の後ろを走ってついてきた複数の武装した人ら。


 ふむふむ……この子が追いかけられているって事くらいしか分からないかな。


「どうしてこの子を追いかけてくるのか、聞いてもいい──」


 問いかけようとしたものの、私の声など聞こえていないかのように平然と斬りかかってきた。


 会話で分かり合えるような相手ではなかった。


 そんな人間から逃げ回っていたなんて、男の子の必死の苦労が分かる。


「……ダメだよ、襲うときは相手の力量を測ってからじゃないと」


 男の子を胸に強く抱き抱えながら、懐から身の丈の槍を突き出した。


 乙女に向かって容赦なく三人がかりで刃を向けてきたっとことは、ある程度は測れてるのかな。


「でもまだまだ甘いよ」


 槍が剣よりも優れている点は、持てる範囲が広いこと。


 接近戦においては不利とされている槍は、およそ剣の五倍は自由に振り回すことができる。


 でも今はこの腕の中で男の子が眠っている。


 手荒な動きはできない。


 槍を持つ腕に力を込めて、技術も何もなしに大胆に槍を横に一閃した。


 反応し切れずに直撃する奴も、剣で防御をする奴も関係なしに吹き飛ばした。


 壁に激しく体を打ちつけたのか、起き上がることはない。


「……奴隷商の雇われ、か」


 一人の男の服から出てきたのは、小さな注射器だ。


 おそらく中身は睡眠剤のようなもので、捕まえてすぐに眠らせて運ぶつもりなのだろう。


 だから男の子を限界まで逃げ回らせていた。


「辛かったよね。もう大丈夫だよ」


 顔から流れる汗を拭き取り、優しく頭を撫でる。


 私よりも一回り以上小柄な体格なため、抱き上げることも容易だった。


「んー……とりあえず家にお持ち帰りしちゃおっか。………決して人攫いとかじゃないからね、親切心だから」


 意識のない彼に一言了承を得て、路地裏を抜け出した。

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