聖女がすぎるぞ、俺の嫁!~第二王子です。蛙化した俺に聖女が嫁いできた。俺なんかに嫁いでくれる聖女とか、なんのご褒美だよ。ありがたき幸せかよ!つか、こんないい子を追い出した隣国たぶん滅ぶけどもう遅いよ!

ペンのひと.

聖女がすぎるぞ、俺の嫁!~第二王子です。蛙化した俺に聖女が嫁いできた。俺なんかに嫁いでくれる聖女とか、なんのご褒美だよ。ありがたき幸せかよ!つか、こんないい子を追い出した隣国たぶん滅ぶけどもう遅いよ!

 ニケロ・エルカは第二王子である。

 この王国の第二王子が代々背負う「蛙化」の呪いによって、生まれつきカエルの容貌で生きてきた。


 明るく単純、大らかな性格の彼は周囲に少しも悲壮さを感じさせず、民からの信望も厚い。


 たとえば執務の合間に、領地の池で漁師たちの仕事を手伝ったり。


「ありがとうごぜえます、ニケロ第二王子殿下。おかげで今日も大漁でごぜえます」

「んだんだ、ニケロ様がうめえこと魚を網まで追っつめてくださるから、オラたちゃ本当に助かんだど。なんとお礼をしたらいいが」

「なーに言ってんスか、水くさい。いや、水くさいのは俺か、カエルだけに!」

「「「ワッハッハ」」」


 またあるときは、同じ領地の湖で騎士予備軍の子供たちに泳ぎを教えてやったり。


「ニケロ様、どうしたら殿下みたいに上手に泳げますか⁉」

「水のかきかたはこうですか? ご教授ください、第二王子殿下!」

「おーその調子その調子。すごいぞ、みんな。まるで水を得た魚じゃないか。ただし先生の俺は、カエルだけどな!」

「「「ワッハッハ」」」


 緑の肌にはじける汗。

 若き偉丈夫然とした、エルカ王国第二王子ニケロの名に恥じぬ立ち振る舞いと、下々への思いやり。


 ただ、そのカエルな見た目ゆえに王侯貴族の若き令嬢たちからは敬遠されがちであり、男子の婚期を迎えたいまも嫁取りだけは望み薄であった。


 しかしそんな第二王子のもとに、いま、隣国からの吉報をたずさえ従者が喜色満面に駆け寄ってきた。


「殿下、ニケロ殿下! やりましたぞ、御身の前についに明日、隣国から花嫁が参ります。ご成婚ですぞ!」



        ♢



 ニケロはそわそわした。

 冷や汗とともに、ガマの油があごをつたった。

 正直なところ、嫁取りなどとうにあきらめていたのだ。


 呪いによって蛙化した俺なんかに、嫁いでくれる人いなくね?

 カエル第二王子に結婚とか、もはや無理じゃね?


 ところが今日、この湖畔の城に住む自分のもとへ、隣国から娘が花嫁としてやってくるという。


 むろん、呪われた第二王子に嫁いでくるとあらば、どうやらその娘、少なからずいわくつきの身ではあるらしい。


 隣国で売れ残った公爵令嬢、名はセーラ。

 なんでも、不浄の象徴とされる「唇のあざ」を生まれつき負って血族から疎まれ、生家を追放されたばかりの気の毒な境遇だとか。


 そして実際、いま不安げに怯えるような足どりで貴賓室の戸口をまたぐ薄茶髪の彼女には、忌まれた娘に特有の、自信なさげで伏し目がちな寡黙さがまといつく。

 柔らしく華奢な体つきと同じに、ほとんど絞り出すようなか細い声で彼女は言った。


「おそれながら、ニケロ第二王子殿下。今日より貴方様の妻としてこの生涯を捧ぐべく、御身の前に参りました。セーラと申します」


 冷遇され、いく度も痛めつけられたとおぼしき身に、むげにあてがわれた貧相なドレス姿。

 そのカーテシーは、いまの彼女にできる精いっぱいのものではあろう。


 対してニケロ第二王子は、瞳を追放花嫁セーラにくぎづけにしたまま完全に声を失っていた。

 王子が沈黙したのは、セーラが不浄の象徴たる「唇の痣」を持っていたためではない。


 むしろ逆だ。

 まつ毛を伏せた無垢な大粒のうるみ目と女人らしい控えめな鼻筋、その下の唇に浮かぶ聖なる紋章。


 不浄の象徴などとんでもない。

 ニケロ第二王子には、ニケロにだけはまことの彼女の姿が見えていた。


(……いや、この人、聖女だろ。蛙化した俺に、聖女さんが嫁いできちゃったよ)



        ♢



 エルカ王国の第二王子は代々、「蛙化」の呪いを背負って生を受ける。

 生まれつきカエルの容貌で生きることを余儀なくされて。


 歴代の第二王子がそうであったように、ニケロ・エルカもまた、五才の年に従者から呪いの説明を受けた。

 だがこの通過儀礼には、より重要な事がらを第二王子に告げる目的があった。


「よいですか、ニケロ殿下。蛙化は、けして呪いとばかりは申せません。『蛙化』の呪いを受けた第二王子には、それと同時に、類まれな異能が継承されるからです」

「いのう?」

「さよう。その異能とは、物事の本質を、真実を見抜く力。――すなわち、『ケロ眼』です」


「……えっ?」

「言いまちがえました。『けいがん』です」

「……」

「蛙化の呪いにもかかわらず、我が国が第二王子を重用し続ける意義もまさにここにあります。ニケロ殿下、貴方様はこれからありのままに世界を見て、我が国を繁栄へと導いていくのです。まことを見さだめる殿下のその目、ケロ眼で!」


「……えっ?」

「言いまちがえました。慧眼です」

「……」

「ああ! なんとおいたわしく、かつ、なんと素晴らしきことか。いかなる運命も、国運も、貴方様ならきっとそのケロ眼で見抜き乗り越えてゆかれることでしょう言いまちがえました慧眼です!」


 五才にしてニケロは固く胸に誓った。


 もういっそ、ケロ眼でいこう、と。



        ♢



 そんなわけでいま、ニケロ第二王子は真実を見抜いた。

 隣国から嫁いできた売れ残り公爵令嬢にして、不浄の象徴たる「唇の痣」ゆえ生家を追放された気の毒な娘セーラの、そのまことの姿を。


(いや、この人、聖女だろ。蛙化した俺に、聖女さんが嫁いできちゃったよ)


 ニケロのケロ眼に映り込む彼女は、どこまでも美しく、清らかで、可憐だった。

 うるわしい全身からは、周囲を慈しみ、育み、祝福する聖女の神秘なる力――『愛の波動』がやさしく清浄なオーラとなり、輝き満ちてあふれ出ている。


(蛙化した俺なんかに聖女さんが嫁いできてくれるとか、なんのご褒美だよ。ありがたき幸せかよ! つーか、こんないい子を追い出した隣国たぶん滅ぶけどもう遅いよ!)


 内心動揺しながらも、かくしてニケロ第二王子は隠れ聖女セーラとふたりで、水入らずの新婚生活をスタートしたのである。いや、カエルなので水は必要。


 晴れやかな挙式を経ての、ハネムーン。

 それはニケロにとって、まさにはじめてづくしの至福の日々だ。


 可愛い女性が、自分の贈ったドレスによってさらに可愛く美しく華やいで魅せてくれる喜びを知った。

 執務の合間、漁師たちや騎士予備軍の子供たちに会いに池や湖へ出かけるとき、愛妻特製のランチバスケットをたずさえる胸の高鳴りに小躍りした。

 そのランチがいかに美味であったかをニケロがしどろもどろに伝えると、セーラは


「き、……きっと、お腹がすいていらしたせいですわ(ボフッ)」


 と赤面する。その赤ら顔に(どんだけ可愛いんだよ、俺の聖女さん)と悶絶した。


 公爵家の出とはいえ、不浄の象徴として侍女以下の扱いを受けてきたセーラは、「何もしないのはなんだか落ちつきませんから」と、家事に雑務にと健気にたち働く。

 そんな彼女のすべてを、ニケロ第二王子は褒めたおした。

 ぞっこん惚れ抜き、生涯守り抜くとそれはもう毎日誓いをあらたにした。


 たがいにわけありの境遇だったから、二人とも異性との恋には不馴れだった。

 ねやこそともにしているが、傍らに寝ていても肌をあわせることはおろか、口付けも、手を握り合うことすらまだである。

 ニケロにとってみれば、自分の水かきとセーラの指先がふれあうと想像するだけで鼻血噴水ものだ。カエルにも鼻はある。


 距離はじれじれとしか詰まっていかない。

 それでもいつの日か、聖女の口付けが第二王子を蛙化の呪いから解き放つ日がやって来るのだろうか?


 おそらくその答えは、ニケロ第二王子のケロ眼にのみ映っているものであろう。

 ただ、当のニケロはこうも感じているらしい。


 もう彼女しか見えないッス、と。



        ♢



 エルカ王国のその後の繁栄ぶりについては、あえて語るまでもないだろうか。

 聖女セーラのもたらす清浄な愛の波動は、ニケロ第二王子のケロ眼をささえたのみならず国全体をも祝福し国運を高める神秘のオーラとなり、やがて民の健やかなる幸せのたえざる礎となった。


 セーラの故国はまもなく原因不明の悪しき空気『しょう』に包まれ、彼女を追放した血筋のものはことごとく災厄のうちに息絶えていった。


 ただ、隣国にも罪なき者は大勢いよう。

 そう考えたニケロとセーラは仲睦まじく語らったうえで、二人してエルカ王に隣国への援助を請願した。

 若き二人の申し出と思いやりに感じいって、王もその請願を快く快諾。


 第二王子夫妻が創設し実際に隣国へ派遣された救援団の中には、初々しい騎士たちや気さくな漁師たちの姿もまじっていたという。


 現在、隣国の各地で聖女とカエル第二王子の夫婦立像をよく見かけるのは、きっとこのためであろう。







 ケロケロ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

聖女がすぎるぞ、俺の嫁!~第二王子です。蛙化した俺に聖女が嫁いできた。俺なんかに嫁いでくれる聖女とか、なんのご褒美だよ。ありがたき幸せかよ!つか、こんないい子を追い出した隣国たぶん滅ぶけどもう遅いよ! ペンのひと. @masarisuguru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画