第4話

 戦場へ辿り着き、兵士たちが苦しんでいる姿を目にした。

 途端、私の中で何かが弾けた。


 前方で魔物と戦う兵士たちが次々に倒れ、その叫び声が響いている。

 その中で、私は馬から降り、その目をこじ開けるように睨みつけた。


「許せない……!」


 心の中で必死に叫んだその瞬間、体の奥から熱い力が湧き上がってきた。

 手をかざすと、まるで何かが押し寄せてくるような感覚。


 その力が私の中を満たし、私はそのまま周囲に向けて手を広げた。


 放たれたのは光。私を起点として解き放たれた光が戦場のすべてを包み込む。


 すると、目の前で戦っていた魔物たちが急に動きを止め、やがて怯えるように後ろに引き下がり始めた。

 その光景を見た兵士たちは、己が目を疑うように見張る。


 私の体から放たれた光が魔物たちを圧倒し、そして追い払っていく。

 その光こそがまるで、守るべきものを守るために生まれた力のようだった。


「逃がすな! この好機で奴らを一匹でも逃がすような事があれば、後々まで語り継がれる恥だと心得よ!!」


 力強い声が響く。不思議とお腹の奥底まで浸透しそうなその声に呼応するかのように、兵士たちは雄たけびを上げて魔物の追撃を開始し始めた。


 背中を見せるばかりに魔物たちを討伐し、戦いが終息を迎えた。

 傷を負いながらも、兵士たち笑みを浮かべてが私の元へ駆け寄ってきた。


「もしや貴女様は聖女様ですか!? 命拾いをしました、ありがとうございます!」


「あなたが助けてくれたんですか? すごい……! このようなお嬢さんが」


 私は感謝の言葉に驚き目をパチパチとさせながらも、ただただ頭を下げて応えた。


 歩いて来る兵士たち。その中で、ひときわ強い力を感じる男が近づいてきた。


 傷だらけながらも、その輝きが損なわれていない白い鎧。

 戦場に舞った土埃を浴びながらも、なお美しさが目立つ彫刻のような顔立ち。

 そしてたなびく背中まで伸びた金の髪。


 彼はその存在感から、周囲をまとめる指揮官である事がすぐにわかる。


「大変世話になった。あなたがいなければ、戦慣れした我々とて危なかったことだろう」


「いえ、夢中でやったことで……私自身このような事になるなどとは」


 男が私の目の前に立ち、深く礼をしてから重ねて言った。


「そうか……、それはとても褒められた行動ではないな。正義感があなたを動かしたのかもしれない。が、そういった考えは本来身を亡ぼすだけだ」


「おっしゃる通りです。申し訳ありません」


「……だが、本人にも自覚はある。助けて貰った以上、文句つける権利など本来は無い。だから後は、今一度の感謝のみを伝えよう。……このライオネール・ファルコニル。此度の恩は生涯忘れはしない! もしあなたの身に危険が迫る事があれば、この身をとしてでもお救いすると宣言する!」


「……え?」


 その言葉に、私ははっとした。具体的にはその人物の名前に対してだ。


(そう、この方が……)


 私の婚約者である若き辺境伯、ライオネール・ファルコニル。その人なのだろう。



 魔物の襲撃が終わった後、辺境伯領は再び平穏を取り戻した。

 私はライオネールと共に戦った日から数日が経ち、少しずつ城での生活に慣れていった。

 城へ戻って来た彼と過ごすうち、その優しさと誠実さ、そして彼が示す強さに私は素直に心を寄せるようになった。


(こういう人が主人だから、みんな温かい心を持っているのだろう)


 あの日、魔物が襲い来たその時に私の中で覚醒した力は、私が何者であるかを知らせてくれた。

 聖女の力を持つ者は、ただ護られるだけではないことを――守るべき者としての役目があることを。


 ライオネール。彼は私にいつも優しく接してくれた。

 彼の温かさに触れ、少しずつ私の心も癒されていった。


「これからも、ずっと一緒にいるんでしょうか?」


 私は一度、彼にそう呟いた。

 彼は少し驚いたような顔をして、それから直ぐに微笑んだ。


「もちろん。あなたが望む限り、どこまでも」


 その言葉が私にとっては何よりも嬉しかった。


 彼と共に歩む未来。それがどうなるのか分からないけれど、確かに私は今――幸せだ、とても。

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