第5話 違和感
「ふぅ、これで飾り付けは終わり?」
「うん。こういうのは、お正月になってからじゃ遅いから」
門松やら鏡餅やらが飾られて、小町の部屋だけお正月ムードだ。
二人で準備をし始めたのが昼過ぎなのに、掃除や料理をしているうちに、あっという間に六時を過ぎている。外はもう暗い。
テーブルには、クリスマスの時と同じように大量の料理が並べられている。
「さてさて、大学生らしく馬鹿騒ぎしますか。ね、茉莉ちゃん」
「迷惑にならない範囲でね」
「それくらい弁えてるよぉー。茉莉ちゃん、私のこと世間知らずだと思ってない?」
「それはまぁ」
「経験がないだけで、知識はあるんだよー。免許はないけど、運転の仕方は知ってるもん」
そりゃ子供でも知ってるだろ、ペダルとハンドルだけなんだから。もし小町に車乗らせても、まずエンジンはかからないだろうな。
「そっか。なら……」
「なら、どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
「もー、茉莉ちゃん今日そればっかり」
小町は頬を膨らませて、大袈裟に拗ねてみせた。今時珍しいだろ、プンスカするやつ。いや、昔もいないだろうけどさ。
仕方ないじゃん。今度ドライブ行こうか、なんて言えないんだから。
互いに料理に手をつけながら話す。
「テレビつけよっか。小町は大晦日の特番って、実家では何見てたの?」
「ちょっと待ってね。……紅白のことが多かったかな。まぁ、年越す前に寝ちゃうこともあったけど。茉莉ちゃんは?」
「テレビはあんま見てなかったかな。親戚が集まるから、歳の近い子たちとゲームしてたよ。中学生くらいからは、カウントダウンも待たずにベッドでスマホいじってた」
「じゃあ紅白でいい?」
「うん」
去年は同じ学科の子達と宴会だったから、小町と二人の大晦日は初めてだ。大晦日特番とか、まじまじ見たことないな。
それにしても、大晦日の親戚の集まりって田舎文化なんだろうか。生まれも育ちも東京の都会っ子である小町には経験がないらしい。
テレビをつけると、今までの紅白の振り返りがやっている。前番組もあるのか。
「それにしても親戚かぁ。いいなぁ、賑やかそうで」
「そうでもないよ。集まった家に泊まるってわけでもないから、深夜に帰ることになるし」
「でも、年下の子に『お姉ちゃん』とか言われたりするんでしょ? 一人っ子には羨ましいよー」
「その知識どっかり仕入れたの」
アニメだろ、そういう萌え的なのは。よくわからんけど。
「そういえば、茉莉ちゃんは本物の妹ちゃんもいるじゃん。ずるーい」
「いやいや! それだけは否定させてもらうけど、妹ってマジで鬱陶しいからね! 当然のように借りパクしてくるし、都合いいときばっか年下アピールしてくるし、それに何より喧しいし!」
「……初めて見たよ、こんな茉莉ちゃん」
別に仲が悪いってわけじゃないけど、なにか思い出そうとすれば良い記憶よりも先に最悪な記憶が出てくる。
……なんか思い出したらイラついてきたな。あのやろー、クリスマス前に彼氏奪うのは反則だろ。
「小町は何かないの? 一人っ子エピとか」
「ちょっと待ってね。……んー、特別おかしいことはないかなぁ。強いていうなら、子供の頃から遊び相手がいなかったから一人遊びが上手いってくらいかな。私ね、自慢じゃないけど折り紙検定持ってるんだよ」
「保育士でも目指してんの?」
「読者も好きだし、お料理も。小学生の頃は私より縄跳び上手い子はいなかったなぁ」
「どんどん出てくるじゃん」
流石に自慢だろ、これは。
今までのイベントの飾りにも、もしかして手作りのものが混じっていたのだろうか。作ってるところを想像すると微笑ましい。
「でもやっぱり私も妹ほしかったなぁ。どれくらい歳離れてるんだっけ?」
「二つ」
「てことは妹ちゃんは、十……えっと、八になるのかな?」
「そう。まだギリギリ高校生でさ、久しぶりにメール来たと思ったら、私のことオバさん呼ばわりしてくんの。クソガキだよほんと」
「仲良いじゃん」
「ダル絡み含めるなら、そうかもね」
誕生日だからって、からかってきただけだよ。素直におめでとうも言えないツンデレ妹ってわけじゃない、きっと。
食べながら、話しながら、時間が進んだ。壁掛け時計は十一時半を示していた。
小町がいつもの調子で話してくれるから、私も自然とそうすることができた。
「あ、お酒なくなってる。茉莉ちゃん、酒豪すぎるよー。まだ残ってたかなぁ」
小町の顔は赤くなっている。私と違って、小町はお酒が強いわけじゃない。それに加えて、酔ってなくても赤くなるから、付き合いで行った合コンなんかだと、何度もお持ち帰りされそうになっている。
こういう時は、私に合わせて飲んでくれているんだろう。
「あ、残り二缶」
「ちょうどいいじゃん。一缶ずつでさ」
「ちょっと待ってね。……うーん、開けても飲みきれないかも。もし残しちゃったら茉莉ちゃんお願いね」
「……うん」
やっぱり、何も変わらない。
私だって間接キスだとかで浮かれないけどさ、ここまでのノン気っぷりだと、逆に意識させられるというか。
それを悟られないようにしないといけないのが、一番の難題だけど。小町、意外と人のこと見てるからな。
「乾杯」
「カンパーイ。……あ、そうだ。忘れるところだった」
「なに?」
「ちょっと待ってね」
いつもの口癖を言って、小町はクローゼットの中から何かを取り出した。流石にポチ袋ではなくて一安心。
「これ、クリスマス兼茉莉ちゃん誕生日パーティの時に渡そうとしてたんだけど、渡せなかったから。遅れちゃったけど改めて、誕生日おめでとう」
抱えてしまえる大きな、ラッピングされたプレゼントを受け取る。
驚きのあまり何も反応せず受け取ってしまったけど、ちょっと待て。
「いや、手袋もらったし、二つも悪いよ」
「あれはクリスマスプレゼントで、こっちは誕生日プレゼント。二つ贈るよ、当たり前でしょ」
「……開けてもいい?」
「もちろん」
嬉しい。純粋に。
誕生日とクリスマスが同じなんだ、プレゼントも少し豪華なもの一つにされることが多くて、二つ貰ったことはない。
好きな人から、とか関係なく今は嬉しい。そう言える。
でも、だから好きなのも、また事実だ。
「……え、これ」
「驚いた?」
中に入っていたのは、スキンケアセット。それも、何本も入って結構なお値段のする、本格的なやつ。
クリスマスセールでも、きっと五桁はするだろう。
「……これは、流石に」
「ごめんね、本当はもっと遠慮せずに受け取ってくれるような物にしたかったんだけど。茉莉ちゃんにはお世話になってるから、これにしちゃった」
たしかに、私は安物の化粧水で済ませてるから、お嬢様には心配に見えるかもしれないけど。だからって急にこんな高い物にしたら、配合成分過多でアレルギーでも出そうだよ。
後、やっぱり値段が……。
「んー」
「それじゃこうしよう! 私が茉莉ちゃんチに泊まった時とかは貸して。一緒に使う分には、いいでしょ?」
「でも……」
「私との共有品を! 茉莉ちゃんが持ってるの! もうこれ以上は譲歩しないから! これでもまだダメって言うなら、茉莉ちゃんの実家に送りつけるから!」
どういう行動力だよ。実家の住所も知らんくせに。
まぁ、それだけ言い訳を用意させておいて貰わないってのは失礼か。
「……わかったよ。小町、ありがとう」
「それでいいの。全くもう、頑固だなぁ」
「どっちがよ」
「こういうのは素直に受け取ってくれた方が嬉しいんだよ。高価な物でも、貴重な物でも。貰って欲しいから贈ってるんだから」
「ドラッグストアのリップクリームあげといてコレ貰ったら、引け目を感じるのも仕方ないでしょ」
何を貰っても、嬉しいけどさ。
小町はプレゼント選びとか好きそうだし、楽しみながら選んでくれたんだろう。アレが似合うとか、コレなら喜びそうとか。そういうのを想像するだけでも、私は嬉しくなれる。
「あ、カウントダウン五分前だよ。もう今年も終わりだね。振り返りとかする?」
「なんだかんだ色々あった気がするけど、あんまり覚えてないなぁ。小町はどう? なんか感動的な思い出とかある?」
それを聞いた途端、小町が少し悲しそうな顔をした。その理由はわからないけど、すぐに立て直していつもの上品な笑顔になった。
もしかして私が告白してしまったせいか、とも思ったが、今日の小町の態度から考えてそうではないだろう。……ないと思いたい。
「……そうだね。いっぱいあったよ」
小町は、いつもの「ちょっと待ってね」は言わなかった。
話し始めると、また悲しそうになる。
話している時に嘘の笑顔が保てなくなるのは、小町の正直なところが滲み出ているせいだろう。
「一つの夢が叶ったよ。なんて事のない、簡単に叶えられてしまうような夢だけど、それでも嬉しかったな」
ねぇ、小町。
なんで、そんな幸せそうな話をしてるのに。
「それと、学生らしいことがいっぱいできたのも楽しかったな。自分で言うのも変だけど私お嬢様だったからさ、茉莉ちゃんと出会ってからなんだよね、普通の学生っぽいことができたの。入学してからずっとだけど」
そんな悲しそうな顔をしているの?
「でも……とっても哀しいこともあったの。信じられないくらい現実味がないくせして、それでも現実だって突きつけてくるような、哀しいこと。今じゃ、だいぶ立ち直れてるんだけどね」
美談のように聞こえるけれど、私は哀しみに染まった小町の姿が記憶にない。もし見ているなら忘れるはずがないのに。
小町は踏み込まれたくないだろうけど、自分が気づかなかった負い目からか、気になってしまう。
一体、小町に何があったんだろう。
「何はともあれ。今年もありがとうございました、来年もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
テレビではカウントダウンが始まって、たった十秒が騒がしく祝われた。
「「明けましておめでとう」」
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