第2話 多分間違ってる能力の使い方
「疲れた……」
ダメだ、あれから全然景色が変わらない。歩いても歩いても、見えるのは木。ひたすら木。
これじゃ近いうちに精神がどうにかなってもおかしくない。
喉も乾くし腹だってすく。偶々バックに入っていたガムを食べて気を逸そうとはしているけど、逆効果だったみたいだし。
「…このままじゃマジで野垂れ死ぬぞ。俺……」
一ついいことがあったとすれば、最初にウサギにあった以来モンスターと出会していない事だろう。この体力じゃ前みたいに逃げることも出来ない。会った時点で人生2度目のゲームオーバーを迎えることは間違い無い。
「せめて能力がもうちょっとマシだったらな……」
俺の能力。それは右手から油を出して左手で油を固める事ができる。そんな素晴らしい能力だ!なんてな……。
自分で言ってて嫌になる。
油を出してどうしろと?油を固めて片付けラクチンか?その前に人生が片づいちまうよ。
「…………ん?」
背後から何か音が聞こえる。次第に音はどんどんと大きくなっていく。
「何かが近づいてくる」
嫌な予感がする。この足音、ちょっと前にも聞いた気がする。だけど同じでもない。さっきよりもドタドタしていて大きな足音も一緒に聞こえてくる。
「まさか!……」
俺の予感は的中した。背後から走って来る群れをなした角の生えたウサギ達。それだけじゃない。群れの中心にいるのは。
「ウソだろ。デカすぎだって!!」
小さなウサギ何千頭分の大きさを持つであろう巨大なウサギが群れを引き連れこっちに向かってくる。
「間違いない。アイツがこの群れの親玉だ!!」
親玉らしく額には角が2本も生えていて格の違いを周りに見せつけているようだ。
「このままじゃヤバい!」
走って逃げても今の体力じゃ確実に追いつかれる。ここでなんとかしなきゃ、俺の人生はウサギの餌になって終わりだ。
かといって今の俺ができる事があるとすれば……
「サラダ油でどうしろっていうんだよーー!!」
大きな声て叫んでも助けが来る様子は無い。俺の嘆きだけが森に響き渡る。
そんなことをしてる内に群れとの距離だけが近づいていく。
「くそッ……このままやられるくらいなら一か八かやってやる!」
俺は群れを狙って右手を突き出す。
「どうとでもなれぇぇぇ!!」
俺は右手に力を込めながら思いっきり油を吹き出した。
「あ、しまった!」
思ったより射程が短く吹き出た油は群れの直前までにしか届かない。
「攻撃することすら俺の能力じゃ叶わないのか……」
ダメだ。もう万策尽きた。
このまま俺はウサギの餌になるしかないんだ……。
「……お?」
死を覚悟した俺は意を決して前へ向く。目に入ってきたのは想像も出来なかった不思議な光景だった。
「ウサギ達が全員滑ってる……」
行く道に撒かれた油。それにウサギ達が踏み込んだ瞬間、ウソのように足を取られすっ転んでいる。そのまま後ろにいるウサギ達もドミノ倒しのようにどんどんと倒れていく。
「何だこのしょうもない奇跡は!!」
何はともあれウサギ達の足を止める事が出来たのは紛れもない事実。
「もしかして俺の能力って使い方次第じゃ案外使える?」
こうしている今もウサギ達は油に足を取られ立ち上がる事も出来ていない。ツヤツヤに光っていた白い毛並みも今じゃベタベタに油まみれだ。
「油まみれ……そうか!」
俺は慌ててバッグを漁る。アレがあればこの状況を打開する事ができるかもしれない。
「頼む。入っててくれ!」
このバッグの中身がいつもと一緒なら絶対アレが入ってる筈なんだ。
「……よし、あった!!」
俺が取り出したのは少し前にボーナスで奮発して買った愛用のジッポライター。
普段からタバコを吸う俺にとっては無くてはならない相棒の様な存在だ。
「これでどうだ!!」
丸めたハンカチに油を染み込ませてライターで火をつけると急いで群れの中に投げ込んだ。
「上手くいってくれ!…」
油の引火点はおおよそ250度。油は熱されれば自然に発火し燃えあがる。相手は暖かそうな毛皮を被ったウサギの群れ。火種さえあれば温度はきっと上がる。そう信じてる。
「異世界なんだろ?だったらこのくらいの奇跡起きてくれよ!!」
その祈りが届いたのか、油まみれになったウサギ達が突然大きな炎をあげて燃え上がり始めた。
「よっしゃ!!」
一度大きな炎がつけば後は燃え続けるだけ。逃げる事も出来ないウサギ達はどんどんと炎に包まれていく。
「凄ぇ、大火災だぜ…」
後はこのまま炎が燃え尽きるのを待てば俺の勝ちだ。こんな能力でもやれば出来るもんだなー。
ん?……大火災?
ちょっと待てよ。落ち着け。ここは木々が生い茂る自然いっぱいの森の中だ。もしもこんな所で炎が燃え移りでもしたら……
「大惨事じゃねぇか!!」
灯台下暗しとは正にこの事だ。こんな大事なことを忘れてるなんて。
森自体が燃えちまったたらモンスターどころの騒ぎじゃない。俺も一緒にその炎に巻き込まれて即お陀仏だ。
「やべぇ。どうしよう!!何とかして炎を消さないと!!」
近くに川は無い。あったとしてもこれだけの炎を一人で消すのは無理だ。
「こうなったらひたすら逃げるしか……いや、待てよ」
俺にはもう一つ能力がある。この炎は油が燃えているんだ。油には変わりはない。油だったらやりようはあるんじゃないか。
「右手からは油が出て、そして左手からは油を固めるガスが出る!!」
俺は思い切って近づくと、燃えあがる群れにひたすらガスを噴射する。
周囲は白い煙に包まれ俺の視界をも覆ってしまう。
「お願いだから今度も上手くいってくれよ!…」
ある程度の頃合いを見計らって一度ガスの噴射を中断する。
「どうだ!?」
白い煙は少しずつ晴れていく。
「……おっ!!」
結果は大成功。あれだけ激しく燃え上がっていた炎は油となってプルプルとしたゼリー状に固まっている。
そして炎の餌食となったウサギの群れは見事に全員倒れていた。
「やった!やったぞ!!……あれ?」
炎は鎮火して山火事も防ぐ事ができた。そして肝心のモンスター達も撃破する事に成功した。その筈なのに一つだけ様子がおかしい。
俺の目がおかしくなっていなければ、群れの中心にあるでっかい毛の塊が動いた気がするんだ。
「まさか……」
そのまさかだった。一緒に倒したと思っていた巨大な親玉がムクっと起き上がったのだ。
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