美しい鳥籠




ぷはっ!   はあっ!



レナトスとルキウスは、麻袋から解放されて、ひさしぶりに外の空気を吸った。



麻袋を持った女たちが、去って行く。



「はい、お疲れさま」



目の前には、かしこまった印象の女性がいる。



外は明るく、広い空間だった。



二人ふたりは、長椅子ベンチに座って、ひざを立ててしゃがむ女性と、向き合う格好かっこうになっていた。




「こわい思いをさせて、ごめんなさいね。あなたたちを守るためには、仕方がないの」




レナトスは、女性の子供こどもあつかいな口調に、また、腹を立てたが、ルキウスがなだめたこともあって、ぐっと、こらえた。



彼女が言うには、ここは、男性を保護する施設で、道に迷ったり、一人ひとりでいる男性を、家族がむかえに来るまで、一時的にあずかるためにあるという。




「ここには、必要なものはみんなそろっているから、何の心配もなく過ごせるわ。安心してね。それでは、あなたたちのことを教えてもらいましょう」




彼女は、二人ふたりから、名前や年齢、出身地を聞くと、持っていた書類に記録していく。



「レナトス・アトランティウス、男性、二十三歳、黒髪、とび色の目。服装は、青い外衣ローブ。ルキウス・アポロニオス、男性、二十七歳、金髪、青い目。服装は、紫の長衣トーガともに、デメトリア出身…」



自分たちが答えた以外のことをくわしく書きめる彼女を、二人ふたり怪訝けげんそうに見ている。



「これはね、身元を特定するには必要なことなの」



二人ふたりのようすを見て、彼女はなごませるように笑ってみせた。



それから彼女は、木の板のような物を持って、立ち上がった。



「さあ、立って」



彼女のれた口調と自然な振る舞いに、二人ふたりは、思わず立ち上がった。



「これから、身長をはかるわよ。じっとしててね」



彼女は、二人ふたりを、長椅子ベンチの横にある、壁に埋め込まれた柱の前に連れて行き、最初はレナトスの背中を柱に付けて、まっすぐ立たせてから、頭の上に板を置いた。


彼女は、記録を取ると、今度は、ルキウスにも同じことをして身長を測った。



「はい、ご苦労さま。これでおしまいよ」



「待ってください、あの…」



レナトスが、思い出したように言った。



「なあに?」



「私のかばんが、見当たらないのですが…」



「それなら、あずかってるわよ」



「よかった!」





レナトスは、自分たちが連れ去られてから、カバンを無くしたことが気になっていたのだ。




かばんの中に、王国の身分証が入っているので、それを見てもらえば、私たちのことがわかると思います」



「わかったわ、聞いてくるわね」



彼女は、こころよく引き受けると、部屋の奥にあるドアから出て行った。




「これで、なんとかなるでしょう」



レナトスは、ルキウスに向かって、元気づけるように言った。


ルキウスの立場はわからないが、少なくとも自分の身分が明らかになれば、この窮地きゅうちから抜け出して、ルキウスを助けることができるだろう。


今まで、どんな国でも効力を発揮した、デメトリア王国の紋章は、このアマゾーン国でも、威光を放つに違いない。



レナトスは、確信した。





先の見通しが立って、気分が落ち着いたのか、レナトスは、施設の探検を始めた。




この部屋は、白い壁が、高い天井まで続いている。部屋そのものは、廊下のように長く、両側りょうがわの壁には、長椅子ベンチあいだを置いてそなえ付けられ、突き当たりには、入り口の簡素なドアとは対照的な、重厚じゅうこうな雰囲気の扉があった。




「ルキウス!開けてみましょう!」


「相変わらずだな、お前は」







そこは、別世界だった。





白い廊下のような部屋とは打って変わって、この部屋は、華やかで豪華な造りをしていた。


扉を開けた先には、ひらけた空間が広がり、大きなまる天井てんじょうからは、日が差し込んでいた。鮮やかな装飾を施した壁にはめ込まれた窓には、鈴が鎖のようにつらなる何本もの飾りが、光を反射して銀色に輝いている。




「おお…これは!?」 「まるで、街のようですね…」




それは、レナトスが、はじめてアマゾーン国を訪れた時、さすらった街の様子ようすを想起させるものだった。


二人ふたりまわりには、刺繍の入った長椅子ソファや大理石のテーブルなどの、家具や調度品ちょうどひんが置かれて、奥には、天蓋てんがい付きのベッドが見える。




「…お二人ふたりさん、どこから来たのかね?」




この部屋の、数ある長椅子ソファひとつに、初老の男性が座っていた。








「…ほう、デメトリア。世の中には、たくさんの国があるものだ」




レナトスとルキウスは、テーブルをはさんで、男性と向き合いながら、旅のことを話している。



「それにしても、災難でしたな。でも、施設ここも悪くはないですぞ。かく言う私も“迷子”でね、家族と出かけていて、はぐれてしまったんだ。こんなことは、幼子おさなごとき以来だ」



貴方あなたも、連れて来られたのですか?」


レナトスが、聞く。



「私は、彼女たちから、優しく馬車に乗せてもらったんだが。お前さんがたあつかいは、一体いったいどうなっているのやら。私には、さっぱり見当がつかんよ。それにしても、ここは、居心地が良くて困る。世の中の人は、“美しい鳥籠とりかご”と、呼んでいるらしい」



レナトスが、あたりを見回すと、部屋は、半球ドーム型の建物で、たしかに、美しく飾りたてた鳥籠とりかご。といった、おもむきを感じる。




レナトスは、他にも、気になることがあった。



男性は、今まで二人ふたりが、見たことの無い服装をしていた。




街や村の人々が、簡素な布の服を着ているのに対して、男性は、色の付いた長い上着を着ていた。


レナトスは、少し、ルキウスの服と似ていると思ったけれど、何より気になるのが、男性が身に付けている装飾品アクセサリーだった。



男性は、首からしるしの付いたペンダントをして、頭には植物を編んだような金色の冠をかぶり、髪に文字の書かれた飾りを付けている。他にも、指輪や腕輪、テーブルの下から、ちら、とのぞいた足には、足輪アンクレットまで見えていた。




「…ああ、これかね」




男性は、レナトスが自分を見ていることに気づいて、胸のペンダントを手に取った。



「これは、市長の家紋だよ。私は、代々、市を治める家の“夫”なんだ」




男性が言うには、“結婚”した男は、特別な服を着て、つるくさかたどる装飾をした冠をかぶり、妻の家のしるしが付いた装飾品を身に付けるという。


男性は、指輪をして、これは、地方の有力な商人、腕輪は、アマゾネスの部隊長のものだと、身に付けた装飾品の意味をレナトスに教えた。



「…髪飾りは、実家の印か、誰かの愛人の場合は、名前がきざまれているんだ」




レナトスは、頭がクラクラした。


ニコロの話といい、この国の男女のあり方は、レナトスの理解をはるかに超えている。


この男性は、数多あまたの妻と結ばれ、家にぞくしているのだ。




「…ちなみに、足輪は婚約した者が」


「もう、いいですから!」



レナトスが、男性の話をさえぎると、今までだまって話を聞いていた、ルキウスが口を開いた。



「お聞きしたいのですが、貴方あなたは、妻が何人もおられるようですが、それは、私たちの国のあり方とは、ちがっています。我が国デメトリアでは、結婚は、一組ひとくみの男女が結ばれ、生涯、げます。それについて、どうお考えでしょうか?」



男性は、不思議そうな顔をしてから、あごに手をやり、しばらく考えていたが、やがて、二人ふたりほうを見て、つぶやくように語り出した。



「お前さんがたの国のことは、私にはわからないが…」



「結婚とは、いものだよ」



「私は、おかげで、たくさんの人から、愛され、必要とされた」



「…それは、神殿にいたころとは違う、喜びと、幸せを、私にあたえてくれた」




神殿・・、とは?」




ルキウスが、あらためてたずねる。





男性は、思い出しように、ほがらかな表情を浮かべた。





「…私は、神殿で、育ったのですよ」







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2025年1月10日 20:00
2025年1月11日 20:00
2025年1月12日 20:00

アマゾーン国探訪記 始祖鳥 @shisotyou

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