神殿の丘へ




レナトスたちは、山のように積み上げられた皿や食器と格闘していた。




「片付けるのが自分たちだなんて、聞いてないですよ~!」


「俺たちは、食わせてもらってるんだから、片付けくらい、するもんだ」



炊事場では、ニコロたち兄弟と、レナトスとルキウスが、手分けして、料理に使われていた皿やカップスプーンを洗い、水で流しては、布できれいにいていた。



レナトスは、慣れない手つきで、汚れた皿を石鹸せっけんのついたタワシでゴシゴシ洗う。


おかげで、洗濯の時にできた“あかぎれ”が、ますますひどくなった。



「これがんだら、晩飯ばんメシまでヒマになるから、お前ら頑張れよ!」



ニコロは、重ねた皿を抱えて食器棚しょっきだなにしまいながら、みな鼓舞こぶする。





家の中で、午後の休憩きゅうけいっていた女たちが、何かを言いながら外に出て行った。



遠くから、低いラッパの音がかすかにひびいて、レナトスたちの耳にも届いた。







「これは、売れないねぇ」



街の書店で、老齢の女店主は、眼鏡のふちを持って目をらしながら、詩がつづられた紙をながめている。



「どうしてだよ!いい詩だろ!?」


「私は、いいと思うんだけどねぇ」



店主の煮え切らない態度にニュムペは苛立いらだっていた。



「その、なんと言うか…」


「何だよ」



「…せっかく、男の人が書くなら、もっとつやっぽい話はないのかい?」



「もういい!」



ニュムペは、店主から紙をひったくると、足早あしばやに店を出た。




ルキウスの詩は素晴すばらしいのに、なぜ誰もわからないんだ!



ニュムペは、レナトスたちと別れてから、いつものように街に行って、ルキウスの詩を売り込んでいた。


異国の男性が書いたという物珍ものめずらしさから、売れ行きは良かったが、皆、上澄うわずみしか興味を持たず、すぐに飽きられる。




私に、もっと詩がわかる人とつながりがあったら…


ルキウスの詩は、もっと世に広まって、本当の理解者にも出会えるかもしれない。




自分に、できることは何か?、自分は、どうしたらいいのか?




ニュムペは、考えながら、歩き続ける。








「騎兵隊だ!神殿の丘に向かっているぞ!」




家に戻った女たちの一人が、中にいる者たちに外の様子を伝えていた。



「騎兵隊?」「確か、女戦士アマゾネスの中で、重要な部隊だったはず」



皿洗いが終わり、女たちと休んでいた男たちは、たがいに顔を見合わせた。



「神殿は、聖域せいいきだから、近づけないはずだ」



そうなの?と、問いかけるレナトスに向かってニコロは、答えた。


「神殿は、特別な 以外いがい、誰も近づいちゃいけないんだ。たとえ、どんなにえらくてもな」



ラッパの音は大きくなり、数多あまたひづめの音が、地響じひびきを立てながら、家中いえじゅうとどろかせ、やがて、遠ざかって行った。


女たちが言うには、騎兵隊は今、ちょうど家の前を横切よこぎって、神殿のある丘へと向かっているらしい。




レナトスは、自分の中で“血が騒ぐ”のを感じた。


“血が騒ぐ”に語弊ごへいがあるならば、旅人として、自分をげる“好奇心”とでも言うべきか。




「これは、行くしかないですね」


「同感だ、神聖な丘で何が起こるのか、確かめなければ」




「お前たち、どうした?」


「あの…ちょっと…用事が」


「ああ、便所か。ここからなら、奥のを使えよ。近いし、女たちも、行かないからな」




レナトスとルキウスは、大急ぎで廊下を早足はやあしすすんで、奥にあるニコロたち兄弟の部屋に行った。



二人ふたりは、それぞれ身支度を整える。


レナトスは、肩掛かたかカバンを身に付けて、ルキウスと共に、別の入り口から家の外に出た。




あたりは静まり返り、アマゾネスの姿はどこにもなかったが、二人ふたりは、遠くにある丘を目指して歩くことにした。




午後の空は思いのほか明るく、丘の上にそびえ立つ神殿は、あいも変わらず白い光を放っている。



レナトスたちは、丘が近づくにつれて、はじめておとずれる聖域の荘厳そうごんな雰囲気に、ニコロの話を聞いてはいても、畏怖いふの念をいだかずにはいられなかった。



「あの、神殿には、何かが隠されている気がします」


「私もだ、きっと我々が知らないアマゾーンの真実は、あの場所に行けば、わかるのかもしれない」




その時、ふたたひづめの音がひびきき渡り、二人ふたりの背後から、轟音ごうおんが近づいてきた。



二人ふたりが振り返ると、遠くから馬に乗り、武装した女戦士の集団が、列を組んでこちらに向かって来る。





レナトスたちは、彼女たちの姿をよく見ようと、道端みちばたに並んで、部隊が来るのを待っていた。



「隊長!ここから先は、聖域ですぞ!」


かまわぬ!陛下の命令だ!」



先頭を走る女戦士たちは、レナトスたちの道は通らずに、もっと神殿に近い方へ行き先を変えると、部隊は、遠く離れた道を、まるで、ひとつの生き物のように、まとまって移動していく。


そして、その姿は、丘の向こうに消えて行った。




「ありゃりゃ」「残念だったな」




二人ふたりは、部隊を見送ると、また、丘を目指めざして歩きはじめた。




「それにしても、まさか二度も女戦士アマゾネスが来るとは、思いませんでした」


「この国では、何かしらの異変が起きているのかもしれない」




二人ふたりが話し始めた矢先に、また、遠くから轟音とともに、女戦士の部隊があらわれた。



「これは、ただごとではないな」


「私たちは、運命の女神にみちびかれているのでしょうか?」



レナトスたちは、部隊がさっきよりも大規模だったので、今度は、道端ではなく、二股に分かれた小さい方の道を選んで、彼女たちを待ったのだが、あいにく今度も、部隊は、遠い道を選びそうだった。



「女神の翻弄ほんろうは、ひどいものだ」


「私たちも、進みましょう。そのうち、運がめぐってくるかもしれませんよ」






もしもし、もしもーし…





不穏ふおんな気配に二人ふたりが振り返ると、さっきの部隊ほどではないが、剣を下げ、武装した女が立っていた。




「あの…なにか」



レナトスがおそるおそる声をかけると、女は作り笑いを浮かべた。




「あのねぇ、ぼくたち、お家はどこかな?」




女の、あまりにも人を馬鹿にした言葉に、レナトスは、カッとなった。




「…おまえ!」






次の瞬間、まわりが真っ暗になった。





レナトスは、背後にいた別の女から、袋をかぶせられた。




「ルキウス!」



レナトスが叫ぶと、少し離れた場所から、ルキウスのくぐもった声が聞こえる。



レナトスは、そのまま軽々と抱え上げられて、運ばれていく。



彼が、いくら手足を伸ばしてもがいても、あさのざらざらとした感触を確かめるばかりで、袋から出ることも、事態を変えることもできなかった。



レナトスは、部屋とおぼしきゆかに寝かされた。部屋の中はわらの香りが満ちていた。



「ルキウス!いるなら答えてください!」


「レナトスよ、私はここだ」



レナトスは、声をたよりに、身をよじりながら、ルキウスのいる方へ進むと、運良く、彼にれることができた。



「ルキウス、私たちは、どうなるのでしょうか」


「これは、まずいことになったぞ」





部屋・・の外から、話し声が聞こえてきた。



「…身元不明の男二名を、か…保護しました」


「手荒な真似は、するなよ」




すると、突然、部屋が動きだす。


部屋は、馬車の中だった。




「私たちは、女神に選ばれたようだ」


「聖王の加護がありますように…」




向かう所もわからぬ馬車の中で、ふたつの麻袋あさぶくろは、たがいに身を寄せ合ったまま、せまり来る運命に身をゆだねるのだった。








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