ひとときの宴



食卓には、様々な料理がずらりと並んでいる。



「いいんですか?、こんなに…」


「まあ、お前たちの土産みやげもあるんだ、遠慮なく食べろよ」



レナトスが、遠慮するのも理由があった。




ここは、この家の奥にある、ニコロと他の兄弟たち専用の部屋で、三人用にしては広く、明るく、窓からの眺めも良いものだった。



あれから、ニコロたちは、パンが焼けるのを見届けてから部屋に行くと、女たちが、できた料理を並べていた。



色とりどりの野菜やきのこのスープ、香草ハーブ香辛料スパイスをふんだんに使った焼魚、卵料理や、レナトスが見覚えのある、かつて食堂で食べたような肉の煮込みなどが、次々と並んで行き、食卓の中央には、土産みやげに渡した水鳥の丸焼きローストが、堂々どうどう鎮座ちんざしている。


他にも、レナトスとルキウスが見たこともない、めずらしい果物くだものが盛り付けられたうつわが食卓にいろどりをえている。



さらに、女たちが運んで来た、焼きたてのパンとチーズと飲み物がくわわって、男たちによる、ひとときのうたげが始まろうとしていた。



女たちが去った後、丸いテーブルをかこんで、男たちは席に着く。ニコロをはさんでそれぞれ兄弟たちがすわり、レナトスとルキウスも、残りの席にならんで座った。



「これは、お前たちの歓迎会でもあるんだ」



ニコロは、カップぶどう酒ワインそそぐと、みなくばった。



食卓は、長閑のどかな村の、仕事の合間あいまる昼食にしては、あまりにも豪華で、豊かな食材にあふれている。



レナトスたちが、躊躇ちゅうちょぎみにワインを受け取ると、ニコロは、


「俺たちは村の未来を背負せおっているから、いつも女たちから、いいものを食わせてもらうんだ。だから、お前たちも食べろ。これは、仕事でもあるんだからな」


と言って、ワインをあおった。





以外だったのは、野菜の美味しさだった。




「やっぱりな!ニュムペの奴、ろくに野菜を食わせてないだろうと思ったよ!」



レナトスとルキウスは、玉ねぎの甘みやレタスの歯ごたえ、じゃがいものホクホクした食感などを味わい、知らぬうちに不足していた養分が、体に染みていくのを感じていた。




「お前たち、ずっとここに住むんだろう?」




ニコロは、肉の煮込みの骨を外しながら二人ふたりに聞く。




「私たちは、旅をしているので…」



ここを出るつもりだ。と、言いかけて、レナトスは、ルキウスを見た。


ルキウスは、器に卵を落として、かまどで焼いた料理の黄身を、パンですくって食べている。



この村の暮らしは、それほど悪くは無さそうだ。

ニコロの兄弟たちも、話せば、兄は、気さくでユーモアがあるし、弟は、利発で元気な子だった。



とはいえ、私は、旅がしたい。それに、私には、帰る場所がある。でも、ルキウスは…


レナトスは、他に知る者のいない異国の地に、ルキウスを一人ひとりいていく気には、とてもなれなかった。



ルキウスは、食べたものをよく噛んでから飲み込むと、


「私は、街が見たい」


と、言った。



それを聞いたレナトスは、表情が晴れて、自分は、じゃがいものチーズ焼きを食べはじめた。




「…街はやめておけ」




ニコロの、口調が変わった。




「お前たちは、街の恐ろしさを知らないんだ」



「そんなこと、ないですよ。私は、げんに旅をして…」


「そりゃあ運が良かっただけだ!」



ニコロは、肉の煮込みをテーブルに投げ出した。



「あんな所でな!男がどんなあつかけるかわかってんのか!?」



レナトスとルキウスは、食器をいて、ニコロの突然の変貌へんぼうをただ見守るしかなかった。



他の兄弟たちは、れた様子で平然と、果物の器に手を伸ばしている。



「お前らも聞いておけ!、大事な話だ!」



不意ふい叱責しっせきを受けて、兄は、気まずそうに手を引っ込める。


弟は気にせず、果物を取って食べはじめた。




「街はな、この村とは違う。男は、売られるんだ!」



二人ふたりは、はじめて聞く衝撃的な言葉に、思わず息をんだ。



「神殿なんてもんじゃない、男は、さらし者になるんだ!広場で牛みたいに引かれてな!そこは“花婿はなむこ市場いちば”って呼ばれてるんだよ!」



「花婿…市場?」



レナトスは、あらん限りの知識を脳の中から探っていた。



「アマゾーンの神話と、聖王の話にヒントがあるかもしれない」


ルキウスは、おのれの知識と見聞きした情報をもとに思案しあんしている。




「確か、アマゾーンの世界では、男は、花婿として妻の家に迎え入れられ、庇護のもとで暮らしているという話を、聞いたことがある」


「知ってるじゃないか、でもそれはタテマエだ。本当はな、男を自分だけのモノにしたい女どもが男を閉じ込めるようになったんだよ」


「でも、私は、街で男性を見かけたことがあります。彼らは、自由を奪われているのでしょうか?」



レナトスの問いに、ニコロは、しばらく腕組みして考えていたが、やがて口を開いた。



「とにかく、俺が知っているのは、花婿市場では、品評会が行われる。男は、結婚の衣装を着せられて、皆の前で評価される。女どもは、目の色を変えて男を品定しなさだめして、誰を連れて帰るか決めるんだ」



「でも、それってさ…」


兄が、口をはさんだ。


「ちょっと、うらやましいな」


「何だと!?」


「だ、だってさ、女の子がみんな、自分に夢中になるんだよ。村じゃ、僕たちのこと、ふつうにあつかうじゃないか」



「お前は、女どもの前でぱだかになりたいのか!」



まわりは、完全に静まり返った。


弟の、果肉を噛む音だけを残して。



「とにかく、そんなこと思うんじゃない、ふつうに扱われることがどれほどがたいか、お前はわからないんだ」



兄は、恥じ入るように項垂うなだれた。


弟は、そんな兄に声をかけて、器から果物を取ってあげるのだった。





宴は、続く。




「悪いことは言わないから、街に行くのはやめて、この村に住むんだ。男なら、何人いても大歓迎だぞ」




ニコロは、水鳥の丸焼きローストを噛みちぎりながら、レナトスとルキウスを、延々えんえんさとす。



「この村は、男を大事にするし、男をりにかけるような、野蛮な街とは違う」



レナトスは、気分を落ち着けるために、何度も水を飲んでいる。


ルキウスは、卵料理を食べ終えると、自分も、じゃがいものチーズ焼きを取って、食べはじめた。



「男は、決まった時期に、村の女たちの所に行って、子供を作ればいい。そうすれば村は未来に受け継がれていくんだ」




「…。えええええええええええええ!」




レナトスは、ちょっと間を置いてから、驚きの声を上げた。


書物や言い伝えで知っていることでも、いざ、現実に直面すると、思わぬ反応をしてしまうものである。



「ニコロさんそそそれって…け結婚は…?」



「俺たちの村に、結婚なんて、“野蛮”なものは、ない」



ニコロが言うには、結婚とは、女が男を縛るためにあるという。


所有した男を、子をほかにも、財産として他の女に見せびらかして、虚栄心を満たす道具にするのが本来の目的なのだと。



「つまり花婿は、“宝石”と同じなんだよ。まるで、生贄いけにえだな」



それにくらべて、この村のあり方は、とてもおおらかで自由がある。子を成すことが必須ひっすとはいえ、関係を無理むりいされることも無いし、村の中にいる限りは安全に暮らせる。と、ニコロは締めくくった。



「だから二人ふたりとも、ここにいろ。俺たちと兄弟になろうじゃないか」




レナトスは、迷っていた。


ルキウスは、まんざらでもない様子で、ワインをかたむける。



(たとえ、ルキウスだけでも…)



しかし、それでは、ルキウスを見捨てるようで、レナトスには、ためらわれた。


かと言って、今さらニュムペに頼る訳にはいかないし…



完全に行き詰まったレナトスは、久しぶりに、神々や聖王に祈りたい気持ちになった。




「…考えておきます」




結局、レナトスは、結論を先送りにした。







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