ニコロ



「ガイアからあずかった、ニュムペの男たちの処遇しょぐうだが」



村のおさである老齢ろうれいの女性は、広間の上席から、親族の女たちと、会議をしている。



「我が孫娘の弟、ニコロに託すことにした」



話はそこで終わり、女たちは、別の議題で話し合いを始める。




その様子ようすを、物陰ものかげからそっとのぞく、三人の姿があった。




「なっ?、そんなもんだろう?お前らが男だからだぞ。女だったら、旅人は必ずもてなすんだ」






ニコロとレナトス、ルキウスは、大きな洗濯物を抱えて、女たちが運営する家の廊下を歩いている。



「それにしても、ニコロさん。男性は、あなた一人ひとりなんですか?」



「さっき話した通りだ、俺の他に弟が二人いる。ニュムペにとっては、二番目の兄と弟になる。でも、それだけだ。ウチでは、祖父と父親が早く死んでしまったからな」



「しかし、ニコロ殿。アマゾーンの世界では、男は庇護されるはず。このように働くことはないと聞いたが」




「やめてくれよ!そりゃ、街の考えに毒されてる」





廊下をすれ違う子供たちが、二人ふたりめずらしがって、男の人だ!、と言って、走り去っていく。




「見ただろう?女の子だけだ。ウチだけじゃない、この村のどこだって、同じだ。男は、滅多めったに生まれないし、育たない」





家の外にある洗濯場せんたくばに着くと、ニコロは、タライに水をった。



「さあ、お前たちも、しっかり働くんだ」




三人は、よく晴れた昼間の空の下で、洗濯をしている。




「これは、骨か折れますねぇ…」



レナトスは、はじめて使う洗濯板に苦戦している。



「しかし、これはこれで面白い。衣服の汚れが落ちて、本来の色が戻るのを見るのも、なかなか気持ちのよいものだ」




洗濯場には、女たちの姿もあった。



まわりは、見晴みはらしがく、村が一望いちぼうできる。



近くの小屋では、女たちが機織はたおりをしている。


畑には、牛にすきを引かせる女がいる。



この街から離れた村も、アマゾーン国の例に漏れず、見るのは、老いも若きも女ばかりである。



さら二人ふたりが、遠くを見遣みやると、丘の上に白い建物が、太陽の光を受けて輝いている。



「ルキウス、あれ」「おお…あれが、神殿か」



「あんなもの見るな!」



ニコロは、いまいましいという顔をして、洗濯物をごしごしこすっている。



「ニュムペが何を言ったか知らないが、ここの連中は、男を飼い殺しにするんだ。俺はそうはなりたくない」



ニコロが言うには、この国では男児が産まれると、神々からの贈り物として、それぞれの家庭で大事に育てられるが、事情によっては、神殿と呼ばれる施設に隔離されるという。



「みんな神殿をがたがっているけど、ようは口減らしでもあるんだ」



男の世話をするのは、それなりにコストがかかる。


男が希少なアマゾーンの世界では、男に危険な任務や、心身の健康を損なう労働をさせることはできないので、それらの仕事は女たちがになっている。


家族では抱えきれない負担を、地域ぐるみで支えるのが神殿・・の役割でもある。



「だから、お荷物になるわけにはいかないんだよ。お前たちも、ここで暮らすなら、よく覚えておけよ」




「街で男性をあまり見かけないのは、こういう事情があったのですね」


「アマゾーンの神々をまつるとされる神殿に、こんな背景があったとは」





洗濯が終わると、ニコロは、後を女たちにまかせて、二人ふたりを呼んだ。



「あれ?ニコロさん、干さなくていいんですか?」



「そろそろ腹が減っただろ?、これから、メシ支度したくをするぞ」





ニコロは、炊事場すいじばでも女たちに指示を出して、自分も作業に取りかかった。



ニコロは、パン生地を作り、こねはじめる。


炊事場には、ニコロの弟たちもいて、慣れた手つきでパン作りを手伝っている。



生地をこねるのは、思ったより根気のいる作業で、レナトスとルキウスの二人ふたりは、はじめは、労苦を感じていたが、だんだん、生地が膨らみ、柔らかく弾力のあるものに変わると、この、ぷにぷにした生地を形成する作業は、楽しく、ふたりは、パン作りを面白いと思うようになった。



女たちは、形成されたパンを、よく熱したかまどで焼く。



パンが焼けるまでの間、男たちは、休みを取る。



「ニコロさんは、本当によく働きますね」



レナトスは、ニコロが、炊事すいじ洗濯せんたくはもとより、家計や子供のことまで、女たちから度々たびたび助言を求められ、そのたびに、毅然きぜんとした態度で、的確な指示を出しているのを見ていた。



姉貴あねきは、村長むらおさの仕事を手伝って留守が多いから、家のことは俺に任せているんだ」



そう言って、ニコロは胸を張る。



「それから、弟たちもな。俺たちは、この村の未来だからな」




女たちは、野菜の皮をく。


そして、きざんだ野菜を、火にかけた鍋に入れて、よく煮込む。




「ニュムペの奴、またほうり出しやがって!」




ニコロは、レナトスたちに村の話をしていたが、話題が妹のことになると、思い出したように怒り出す。


「あいつは、自分じゃ何もできないくせに、いつも途中で投げ出して、俺が尻拭いしてやってんのに、反発してばかりなんだ!、今回だって、その事でケンカになって、一人前なとこ見せてやる!って大口おおぐちたたいて家を飛び出した、男の面倒も見られないとは、一家の恥さらしだ!あいつが跡継あとつぎじゃなくてよかった」



つまり、ニュムペは、村長むらおさの孫娘で、権威あるおさである祖母と、実質、村をおさめ運営する母親、そして、母親を手伝う後継者である姉と、姉に代わって家を取り仕切る兄の妹ということになる。



レナトスは、他の家族のことは知らないし、二番目の兄と弟は穏やかそうだったものの、しっかり者だが、こう、気の強い兄がいては、ニュムペが家を出たのも、わからなくはない。と、思った。




女たちは、ガイア一行いっこうが、狩りでってきた土産みやげの水鳥を、ナイフで鮮やかにさばく。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る