ガイア




「おはよう、ニュムペ!朝食はませたかい?」



街外れの小屋に、新たな客が顔を出した。


彼女は、ガイアと言う名で、このまちを取り仕切る世話役である。時々、小屋を訪れては、若いながらも一人ひとりで暮らす、ニュムペの面倒を見ている。



「もう、バッチリだよ。それに、会わせたい人がいるんだ」


「男だろう?、もう一人ひとり増えたって、街中まちじゅうで噂になってるぞ」






「本当に、あなたの詩は素晴らしい。私は、あなたの詩を聞くために生まれてきました」


「レナトスよ、そういう言葉は、めったに使わないものだ。それに、君の詩は、繰り返す波のように心を打つ。私こそ、聞くことができて良かった」



あれから、レナトスたちは、なんとか眠りにつくことができた。


朝食が、パンと牛乳だったのは、レナトスにとってさいわいだった。



それから二人ふたりは、たがいに詩をい、たたえ合って、詩人として充実じゅうじつした時間をごしていた。



「それにしても、今も詩を書いているとは思いませんでした。また、あなたの新しい詩が読めるなんて、アマゾネスの感性センスあなどれませんね」


「いつまでも、世話になるばかりではいられないからな。売れきはまあまあだが、少しは家計の足しになるだろう」



「これから狩りに行くんだけど、ふたりとも、どお?」



ニュムペが扉を開けて、中の二人ふたりに問いかける。



「狩りか、久しぶりだな」


「私も、体を動かしたくなってきました」




小屋の外は明るく、み切った空の向こうには、街が小さく見える。




「おお……」「っこれは、まさに!」




二人ふたりが見上げた先にあったもの、それは、イメージの体現たいげんそのものであった。




豊かな長い髪をなびかせ、馬に乗り武装した、豊満ほうまん体躯たいくの女性。



王国の人間なら誰でも思いえがく、二人ふたりにとっても馴染なじれた、想像通りの女戦士アマゾネスがそこにいた。





「確かに、見慣れない顔だねぇ」




ガイアは、馬上ばじょうからまじまじと、二人ふたりろす。



「ガイア!今日は、たかり?それとも弓」


「ニュムペ、実家に帰った方がいい」


「え!?、どーゆーこと…」




「これは、お前の手に負えることじゃない」




ニュムペは、困惑しながらガイアと二人ふたり交互こうごに見ている。



「お前は、男を二人ふたりも、守りきれるのか?」






一行いっこうは、ガイアを先頭に、草原の広がる道を、ニュムペの故郷を目指して進んでいる。



「ニュムペ、やっぱり君が乗った方が…」


「子供扱いするな!私は、足が丈夫なんだ!」


「お前のために用意したんだぞ、お前は馬に乗れないからな」



「うるさい!」



ニュムペは、ふくれっつらで、ひとり歩き続けている。



ガイアの馬の後を、レナトスとルキウスの二人ふたりまたがるロバが追って歩く。




「お前は、まだわからないかもしれないが、男を受け入れることは、並大抵のことじゃないんだぞ。しかも、異国の者を。一人ひとりならまだしも、二人ふたりも!」



レナトスは、それを聞いて、たたまれない気持ちになった。



(私は、ここにいては、いけないのだろうか?)



自分が、アマゾーン国を出て行くのはかまわない。でも、ルキウスは……





「いえ、殿方とのがたが気をわずらわせることではありません。こいつ・・・の、甲斐性かいしょうの問題ですので」



レナトスの様子から察したのか、ガイアは声をやわらげ二人ふたり気遣きづかった。



本来ほんらい、アマゾーンは、助け合って生きてきたのに、このバカときたら、意地を張って家出して一人前だの、男がいれば」



「わあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」



ニュムペが急に騒ぎ出したので、驚いたロバをレナトスは、優しくなだめる。



「…その事についてだが、ガイア殿どの。本来のアマゾネスとは、以外いがいな姿をしていますね」



ルキウスが、ガイアの背中に問いかける。



「というと?」



「我らの王国、デメトリアでは、アマゾネスとは、好戦的で支配を好み…」



ガイアは、振り返ることなく、ルキウスの話を聞いている。



「周辺の国々への進出を目論もくろむ反面、献身的なほど、男を庇護ひごする種族だと考えられて来ました。ところが、レナトス…彼が、旅をして見たものは、違っていました。アマゾネスの中で戦士はほとんどどおらず、みな、素朴で穏やかに暮らしています」



「その、“アマゾネス・・・・・”の認識自体、間違っている」



ガイアは、背中を向けたまま語る。



「アマゾネスとは、あくまで戦士のことだ。国の名にもあるように、我々は、みずからをアマゾーンと呼ぶ。アマゾーンは、戦士ばかりではない。農民もいれば、牧人ぼくじんもいる。街で物売る者や、船乗りもいる。あくまで自分に従って、やるべきことを決めている。皆、自分をわきまえ、誇りを持っている。こういう私も、今の立場に、なるべくしてなったと思っているのだ」





ガイアは、語り終えると、みなねぎらった。それから、ニュムペの村への土産みやげを作るために、狩りを始めよう。と言って、馬から降りた。



レナトスは、ホッとしてロバから降りた。


正直、二人ふたりでロバに乗るのが、気まずかったのだ。





ガイアが弓を引き絞って解き放つと、矢がまるで生き物のように風を切って空を進み、一羽の水鳥をつらぬいた。



「すごーい!ガイア、さすがだね!」



すっかり機嫌の直ったニュムペは、ガイアに尊敬の眼差しを向ける。



見事みごとですね」



レナトスも、はじめて見るアマゾーンの弓さばきに、いたく感心した。



「こらーっ!鳥!止まれっ!」



もちろん、止まるわけがない。



ニュムペのかまえる弓は、つねにぶるぶると震え、矢じりの先もさだまらない。



「お前は、弓矢を道具として使っている・・・・・状態なんだ。もっと、自分ものにして、使いこなすんだ」



「ならば、私が、ご覧に入れよう」



ルキウスは、弓をつがえると、流れるような動きで矢を放った。矢は、立て続けに、三羽の水鳥を捕らえて撃ち落とす。矢はまるで、体の一部のように、彼の手を離れても的確に鳥をけて飛んでいくのだ。



「お見事ですぞ、殿方」


「やっぱり、私の見る目は~…」




「しまった!」



レナトスの矢は、なぜかいつも、鳥たちに動きをかされて、すり抜けられてしまう。



「なぜ、私の矢は、当たらないんだ」



するとレナトスは、ガイアから、貴方あなたは矢を見ずに、鳥だけ・・を見ている。と、言われて、今度は、いたく恥じ入ってしまった。





やがて、故郷の村が見えてくる。




「では、殿方、後はニュムペにおまかせください」



ガイアは、この後、馬を業者に返してから、仲間たちと見回りをすると言う。




実家を目の前にして、ニュムペは、足を踏み出せずにいた。



街の世話役といえども、決して裕福ではないのに、ガイアは、いつも無理をしてでも、私のために力を尽くしてくれる。



それに比べて、自分はどうだ。



家族とケンカをして、一方的に啖呵たんかを切って家を飛び出してから、何をした?何ができた?



家を、建てた。



それだって、材料は、ガイアからゆずってもらったものだし、支払いだってガイアは、後でいい。と、ずっと負けてくれる。



そんな、世話になってばかりの自分が、今度は、男のことで、実家を頼ろうとしている。



自分が、不甲斐ふがいないばっかりに!





「これは、おもむきのあるながめだ」「街の建物とは、つくりが違いますね」




目の前には、辺鄙へんぴな村のものとは思えないほど、大きな平屋の家が並び立っていた。




「私、用事があるから」




不意ふいに、ニュムペは、みなを置いて一人ひとり早歩はやあしで去って行った。




「あいつは、昔から、ああいう所があるからな」



不思議そうに見送る二人ふたりに、ガイアは、またか!と言う表情をして、肩をすくめた。






「あら、ガイアさん、久しぶり!」




実家の入り口では、中年の女性が客を出迎えた。



「実は、頼みたいことがあるんだが」



「そんな~水くさい。ガイアさんの頼みなら、何だって聞きますよ~あら、いい男!」



ガイアの背後から現れた二人ふたりに、中年女性は、目を丸くした。





「ニコローッ!、ニーコーローってば!」



中年女性が何度も名前を呼ぶと、家の奥からガッチリした体型の青年が出て来た。



叔母おばちゃん!そんなに呼ばなくったって、自分の名前を忘れたりはしないよ!」


「お客さんなのよ、男の人!外国から来たって」



青年は、二人ふたりを、頭の上からつま先までジロジロ見ると、来い!と言わんばかりに、あご指図さしずした。



二人ふたりは、たがいに顔を見合わせたが、決意したようにうなづいてから、青年の後に続いて歩き出した。



家の奥まで来ると、青年は、振り返って二人ふたりに言った。



「さっき、さんざん聞いたと思うが、俺の名前は、ニコロ。この家を取り仕切る、ニュムペの兄だ。この家に住みたいなら、俺のいうことを、聞いてもらうからな!」









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