聖なる王




王の高徳こうとくにより、繁栄を極めた王国は衰えることを知らず、王の栄光は人々にそそがれ、この幸せは、永遠に続くかと思われた。



しかし、人は有限なり。


約束された幸福すら、耐えることはできなかった。




人々は、堕落したのだ。



いくら満たされても、求める心は消えず、繁栄の中にいても、つねに飢え、むさぼる欲望ばかりを育て、他人に求め、それでいて、自分から与えることは決してしない。挙げ句の果てには、自分の心すら重荷として捨ててしまう。



人々は、不平不満のはけ口を神々に求め、神殿に供物を捧げ、すがり願った。


それでも飽き足らず、人々は、祭壇に上等な家畜を捧げ、自分の願いが成就じょうじゅすることだけを祈った。


そして、恐ろしいことに、人々は、人間を捧げるようになった。



世の荒廃を嘆いていた王は、これを知ると怒り悲しみ、生贄を禁ずるおれを出した。



本来、供物とは、神々の恵みに対する礼として捧げるもの。


しかし、人々は王にそむき、にえを求め続けた。生贄が良いものほど、犠牲が大きいほど、神々の意にかない、願いが聞き入れられると思い込み、捧げられるのは、けがれを知らない幼子おさなご、美しい若者、徳の高い人物、と、その血に飢えた手を止めることはなかった。



王は、言った。



「ならば、私を捧げよう」



王は、みずからが神々への供物となり、王国の繁栄に対する礼をすることで、すべてを手打ちにするつもりだったのだ。



人々は、驚きおそれ、ためらった。


しかし、欲望に勝てず、王を捧げることにした。



人々は、王を神殿に連れて行き、祭壇の前で、他のにえたちと同じように捧げた。



その時、人々は、はじめて満たされた・・・・・


そして、気づいた。


自分たちが享受してきた恵みに、自分たちが応えることのなかった愛に。



我々は、まことおうを手にかけてしまった、と。





「愚かな者は失うことでしか、恵みに気づくことはできない。王は、自ら犠牲になることで、人々にそれを教えたのだ」



ルキウスは、語り終えると、ニュムペが持ってきた水差しから、器に水をいで飲んだ。



ニュムペは、退屈そうにあくびをしている。


それを見たレナトスは、不思議に思った。



(薬草茶ハーブティーには、確か、入眠効果は無かったはずだが)




「このように、王は、命をもって、皆に気づかせた。おのれの軽薄さ、愚かさ、行いの残酷さ、むなしさを。人々は学び、以後いご、生贄が捧げられることはなかった。人々は、王から最高の贈り物を受け取ったからだ」



「ニュムペは、どう思った?私は、素晴らしい話だと思うけれど」



「どうって、なんか重いし、しっくり来ないな~」



レナトスは、カバンの中から身分証を出して、ニュムペに見せた。



「これだよ」



ニュムペが、レナトスから受け取った革製の手帳を開くと、宝石で装飾された紋章と、アマゾーン国とは違ったおもむきの文字がしるされていた。紋章には、髪をなびかせた男性の顔がきざまれている。



「これが、王だ。あれから、皆の心を救ったゆえに聖なる王、“聖王せいおう”と呼ばれるようになった」


「我々は、皆、聖王を敬愛している。王国では、我が子に聖王の名前を付ける者も多い。レナトス、君も、王の名をかんする者としての誇りがあるだろう」



レナトスは、しっかりとうなづいた。



「レナトスって、王様と同じ名前なんだね」



ニュムペは、革製の身分証を見ていると、聖王の周りから放射状に光が伸びていて、首からは、赤い血が流れ落ち、それが文字を書いているのに気づいた。


ニュムペが目をらすと、“大地の女神デメテル花婿はなむこ”と読むことが出来た。



「あ゙ーー!知ってる!アマゾーン国では、大地の女神と人間の男王だんおうが結ばれる話があるんだよ」



「そういう言い伝えも、聞いたことがある」


王国デメトリアとアマゾーン国とは、何か関わりがありそうですね」



「私は、こっちの方が、好きだな~」



アマゾーンの世界では、男性の王が、自ら大地の女神と婚姻を結び、災いをしずめて大地に実りをもたらす神話があり、この出来事は聖なる結婚、“聖婚ヒエロス・ガモス”と呼ばれている。



「王様は、今でも女神と暮らしているんだよ」





「と、言う訳で、王国では神々よりも重きを置かれる聖王への冒涜は、万死ばんしあたいする重罪。私は、知人たちにかくまわれ、秘密裏ひみつりに王国を脱出したのだ。王国は、建前上は、追放と言うことでませたのだろう」



「しかし、ルキウス。一切いっさいの弁明を許されないのは、あまりに理不尽です。王と神官の派閥は、昔から対立していますし、あなたは巻き込まれたのでは?」


「私は、すべてを悟り、自ら王国を出てアマゾーン国へと向かった。私は、聖王を愛しているが、運命の女神に身を委ねようとも思ったのだ。私の話はここまでだ」








やがて、日が沈みきった頃、街外れの小屋にはあかりがともり、部屋中には、いその香りが立ち込めていた。



「ルキウス、これ…いつも食べてるんですか?」


「ニュムペ特製の、干した魚のスープだ。少々生臭いが、慣れれば美味うまく感じるものだ」


「ルキウスは、何も食べてないじゃない。それに、おいしいよ、レナトスも食べなよ」



ふたりは、当然のようにスープを口に運んでいる。レナトスは、スープの匂いを嗅いで顔をしかめると、うつわを遠ざけて、パンと水を取った。



「日持ちするし、お値段もいいし、家計の味方なのよね」


「本当に、悟りきっているのですね…」



レナトスが、なかば感心したように見守る中、ルキウスは、黙々もくもくとスープを食べ続けた。






「さて、どうしたものか…」



さすがのルキウスも、困っていた。


小さな小屋には、ベッドがひとつしか無い。



「今まで、どうしていたんですか?」


「私は、屋根裏ロフトを使っているのよ。お客様には、快適に過ごしてもらいたいもの」


部屋の上部の空間から、ニュムペが顔を出した。



「しかし、ニュムペの、寝る場所を奪う訳には…」


「? お客様を、屋根裏ロフトに寝かせる訳ないでしょ」




「…なんだか、すみません……」


なにかまわんよ。遠慮することはない」



ルキウスとレナトスは、足と頭を交互こうごにして、ベッドを共有している。



わらのベッドは、ふっかふか、なのよ」



じゃあ、おやすみ~。



そう言って、ニュムペは、顔を引っ込めると、屋根裏ロフトであっという間に、ぐーぐーと、眠ってしまった。







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