ルキウス




「わ~い男だ~」



ニュムペは千鳥足ちどりあしで、レナトスを家まで案内している。


やがて、街の外れにある、森に差し掛かった場所に、木造の小屋が見えてきた。



「これ、わらひがつくったのろ~」


「これを一人ひとりで!?…すごいな」



レナトスが見上げた小屋は、新しく、丈夫そうな造りで、とても十六歳の少女が作ったとは思えなかった。



「男がいれば~いちにんまえだ~」



ニュムペは、酔いながらも、慣れた手つきで入り口の鍵を開ける。



「よ~こそ~」



レナトスは、言われるまま、ニュムペの後から部屋に入った。




「ニュムペ、また、酔っているのか?」




木とわらの香りがただよう、簡素な部屋に、あかけた風貌ふうぼうの男が立っていた。




「あなたは?」


「おや、男とは珍しい」



「わ~た~し~には~男が~いる~ぞ~」



「私は詩人だが、訳あって、この家で、ニュムペと言う娘の世話になっている。ルキウスとだけ呼んでくれ」


「あなたは…」


「男が~ふたり~も~」




「あなたは、ルキウス・アポロニオス!」


「本名を知っているのか、しかし、あまり大声で言って欲しくはない」



「私はあ ゙あ ゙あ ゙あ ゙な ゙あ ゙あ ゙あ ゙た ゙あ ゙あ ゙あ ゙を ゙を を ゙ ゙!」


「わあああ!」


今度は、ニュムペの酔いが覚めた。



レナトスは、ルキウスの前に駆け寄ると、ひざまずいてあおぎ見た。


「ゼイゼイ、っ取り乱しました。私は、レナトス・アトランティウス。詩人のはしくれです。あなたの詩を追いかけて、詩の世界に飛び込みました」






「なるほど、あのアトランティウス家の子息が」


「そんな言い方しないでください、私にとっては、あなたの方がはるかにとうとい」



落ち着きを取り戻したレナトスは、昔から憧れていた詩人と、木製のテーブルでお茶を飲んでいる。


すっかり酔いが覚めたニュムペが、二日酔いにも効くと言って、れた薬草茶ハーブティーは、体に染みわたり、清々すがすがしい香りが部屋中に広がった。



「ねぇ、ルキウス。レナトスって、えらいの?」


ニュムペは、ふたりを見ながら、自分もお茶を飲む。


「ああ、勿論もちろんだ。王国で、代々王家に仕える、由緒正しい家柄なのだ」





王国とは、アマゾーン国の周辺にある国々の中で、最も大きな国の名前である。正式名称は、デメトリア王国と言う。


代々、王が鎮座ちんざし、アトランティウス家は、その王家を支える役割をになっている。


アマゾーン国とは、いにしえからつながりがあって、文化は違えども、言葉は独特ななまりがある程度で、会話するには差し支えない。

しかし、ながらく、関係は絶たれており、レナトスのように特別な許可を得るか、内密に入国する以外は、書物や言い伝えや噂話でしか、アマゾーン国の実情を知るすべはなかったのだ。



「…それで私は、旅をしてきたのですが、まさか、こんなところであなたにお会いできるとは」


「どーゆー意味だ、コラ!こんな所で悪かったな!」


「ニュムペ、すまない。“以外な場所”と言う意味だよ。本来なら彼は、神殿にいるはずなんだ」



アポロニオス家は、アトランティウス家と並ぶ名家で、代々、王国の神官を務める家系である。



そんな彼が、なぜ街外れの簡素な小屋に住んでいるのか?



「私は、詩人ってことしか、聞いてないわよ」



飲み物の器を片付けながら、ニュムペは、思い返す。



ルキウスを見かけたのは、森の近くだった。


その時、彼は詩をうたっていた。


彼の口からこぼれ出る、流れるような言葉と、切ない物語。そして、彼のうれいをたたえた眼差まなざしに、ニュムペはすっかり心を奪われたのだった。



「レナトス、ルキウスの詩は、素敵なのよ。私の目に、狂いはなかったわ」




「ルキウス、あなたが王国を追放された時、人々は嘆き悲しみました。あなたをしたう者の中で、不当な裁きに納得する者は、誰もいません。私は、その時から、太陽を失ったも同然だったのです」


「…誤解しないでほしいのだが、私は、みずらの意思でこの国へ来たのだ」




「なぜ、ルキウスが、追放されなきゃいけないの?」


炊事場すいじばから戻ったニュムペは、席に戻ると、ふたりをまじまじと見る。



「ニュムペには、話したと思うが。“聖なる王”の話だ」


「忘れた」


「……。」



ルキウスは、席に掛け直すと、改めてニュムペとレナトスを見た。



「…これは、知っていると思うが、我が王国でも、男児が生まれにくくなってひさしい」


ニュムペとレナトスは、うなづきながら、ルキウスの話を聞く。



「そんな事情もあって、王国では、このアマゾーン国ほどではないが、女性が労働や治世に関わるようになった。私は、彼女たちを女神としてたたえる詩を書いた。それが、聖王せいおうへの冒涜と見なされたのだ」



「どうして!?、女神を讃えることが悪いの!?」



「聖王を差し置いて、女神を崇拝する者は、神官の身分に相応ふさわしくは無いと、裁きが下った」


「さっきから、聖王せいおうってなんなのさ!?そんなにエライの!?」


「偉大な方だ」



そう言って、ルキウスは、レナトスの方を見る。レナトスは、静かにうなづく。



「聖王とは、かつて王国を治めた偉大なる王である。神々の血を引き、勇敢で慈悲じひぶかく、民を愛する、優れた王であった。

王は、神々に従順で、神々から愛されて、みずからをにえとしてささげた」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る