第7話 焦燥


最深部に広がる空間は、まるでデジタルの宇宙のようだった。無数のデータの流れが、星々のように輝いている。


『見事ここまで辿り着きましたね』前任者の声が響く。『ですが、このバックドアを無効化するには、私が設置した認証システムを突破しなければなりません』


中央に巨大なモニターが浮かび上がる。そこには次々とプログラムのコードが流れていく。


「これは...再帰的な暗号化アルゴリズム」思わず唸りが漏れる。「しかもコードが自己書き換えを」


『そう、このプログラムは生きています』前任者の声に笑みが混じる。『毎秒、新しい暗号化プロセスを自動生成する。これを解けますかね?』


アリアが心配そうに呟く。「残り時間はあと五分です」


その時、遠くから冒険者たちの叫び声が届く。


「これ以上は、魔法で抑えきれません!」

「ダンジョンの歪みが広がっています!」


焦りが込み上げてくる。だが、目の前のコードを見つめているうちに、ある違和感に気づいた。


「どうかしましたか?」アリアが問いかける。


「このコードの書き方...研究室で見たことがある」画面に手を伸ばしながら答える。「確かこの時は...」


記憶が蘇る。研究室での深夜のデバッグ。同じような暗号化アルゴリズムと格闘していた時のことだ。


「そうか。結局、人間の書くコードには必ずクセがある」


指が空中を舞う。まるでキーボードを打つように、次々とコマンドを入力していく。


『ほう?』前任者の声が興味深そうに響く。『何か気づきましたか?』


「プログラムはパターンを持っている。そして、あなたのパターンは...」


その瞬間、画面上のコードが変化を始めた。星のように輝くデータの流れが、まるで万華鏡のように形を変えていく。


「研究室で私が散々苦労した、あなたのコードそのものです!」


最後の入力を終えた瞬間、空間全体が眩い光に包まれた。


『見事です...』前任者の声に、今度は心からの感心の色が混じっている。『確かに、プログラマーの個性は隠しようがない。私の負けですね』


光が収まると同時に、システムの異常を示す警告が次々と消えていく。代わりに、新たなメッセージが浮かび上がった。


『管理者権限、完全移譲』

『新ダンジョンマスター、認証完了』

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