第6話 夏目湊は友達を作りたい⑤

 昼休み、俺は自分の席で脳内会議をしながら顎に手を当て悩んでいた。


 議題は琴平に「ダブルデートしない?」と言われた件について。正直面倒臭いが協力するのは、まあ別に良い。

 ……決して妹や小春以外の友達と遊びに行けるのが少し楽しみとか、そういう事では無いので勘違いしないで欲しい。


 しかし問題は『ダブルデート』という事。俺にも女性の相手が必要なわけで。

 一応、こんな俺にも候補は何人かいる。まず妹だ。

 ……第一候補が妹の時点で候補がいると言っていいのだろうか。

 まぁいい、話を戻そう。妹とは仲もいいし、外に遊びに行く事もそこそこある。しかも可愛いときた、なんという優良物件なのだろうか。


「でも、流石に初対面の年上と遊ぶのはな」


 いくら仲良しとはいえそんな迷惑はかけたくない、却下だ。

 続く第二候補は小春。却下だ。


 ……まずいな、こうなると『オカ研』の――と考えていると目の前にお弁当箱が置かれた。


「一人でお昼なんて可哀想ね。卵焼き、食べる?」


 そう言って俺の前の席に座り、さも当たり前のように同じ机でお弁当を開けたのは柊。


「いや、ちょっと考え事をしてて」

「考え事?」


 卵焼きを箸で俺の口元まで持ってきていた柊が、コテンと首をかしげる。美味しそう……目をつぶり、一口で食べる。


「週末に『ダブルデート』しないかって誘われたんだけど、誘える相手が中々いなくて」

「私がいるじゃない」


 いやいや、流石にそれは……と言おうとした所で柊がスマホをいじり始めた。


「もう予定に入れたから、集合場所分かったら教えて」

「……本当にいいのか?」

「私が行きたいと言ってるのよ、本心で」


 それなら仕方が無いのかもしれない。ここは柊に甘える事にしよう。


 卵焼き……美味しかったな。


 ◇


 日曜日の午前九時、それは普段まだ寝ている時間帯。日差しがとても心地よい今日この日に、俺は人生初の経験をする事になる。

 周りには可愛らしい女の子三人……おっと二人だ、うち一人は男子だった。

 というかお前私服まで可愛くみえるの何なの? 確信犯じゃん。普段見なれている制服とは違い、私服の女の子にドギマギしながら隣にいる彼女に声をかける。


「付き合わせて本当に申し訳ない、柊」

「もう、だから気にしないで。私がしたいから来ただけよ。初デートは二人きりが良かったけれど、それは付き合ってからにとっておくわ」

「……そ、そう」


 あまりそういう事を俺の目の前で言わないで欲しい。


「ね、それより私を見て言うことがあるんじゃない? ま、夏目君には分からないか……」


 あ、これは分かるぞ。妹が毎回言うやつだ。


「私服? すごい似合ってると思うよ。その、可愛いと思う」

「……そ、そう」

「髪型もいつもと少し違うね、新鮮で可愛」

「も、もういいから!」


 そっちが言えと言ったのに。


 彼女の今日の服装は黒を基調とした、少し大人な感じ。凛とした柊にはとてもよく似合っている。


「今日は本当にありがとな! 二人共」


 アホっぽい笑顔で笑うのは琴平。八重歯がキラッと光った気がした。


「別にいいわ、私のためでもあるし」

「前も言ったけど、これ以上は協力できないからな。あくまでもダブルデートをするってとこまでだ」

「分かってる、あとは俺が頑張るから!」


 琴平は「ん!」とがんばるぞいポーズをする


「デートプランは全部任せてたわけだけど……どこ行くの?」

「前から葉月が服を見に行きたいって言ってたから、ショッピングモールに。その後ご飯を食べて、葉月の好きなカラオケに行って公園あたりで解散かな」


 おお、しっかりと時雨さんを楽しませるためのデートプランだ。やはり経験者は違うな、勉強になる。


「ちょっとみんなー! 早く行こーよ!」


 時雨さんのそんな声と共に、ダブルデートはスタートした。


 ◇


 大型ショッピングモールにはたくさんのお店が存在していて、現在いる二階は洋服や靴等を主に取り扱っている階層だ。週末ということで人通りも多い……うぅ、やはり人混みは苦手だ。なんでわざわざ休日に人の多い所に……。


「なっつん大丈夫〜? あーオタクにこういう所はキツイかぁ」


 なるほど、どうやらこいつは喧嘩がしたいらしい。


「おい貴様、今すぐバラしてもいいんだぞ貴様」

「えー? 葉月わ何言ってるかよくわかんなぁい」


 誰だよ。


 歩く猥談オタクにこれ以上新しい属性を追加しないで欲しいんだけど……などと時雨さんと話していると右腕に何やら柔らかな感触を感じる。


「……柊? 近くない?」

「随分と仲が良さそうね、夏目君。こんなに仲がいいなんて私初耳なんだけど?」


 そういえばまだ柊には時雨さんと友達になったと報告していなかった。相談にも乗ってもらったのに申し訳ない事をした。

 猛省もうせい。そして近い。


「いや時雨さんとはあくまで友達で……だから離れて……」

「いや、離れないわ。あなたの嫌がることをするのが私の役目だから」

「仲良しさんだねぇ」


 嫌がることじゃなく、それは多分喜ぶことだと思うんだけども。


 洋服屋に着くと時雨さんは琴平と試着室へ。俺は柊と洋服を見る事に。


「私服、いつもそんな感じなの?」

「今日は気合いを入れてるわ、でもまぁ黒とかが多い……わね」


 ふむ。ぶっちゃけるとこいつは美人なので、何着ても似合うだろう。

 今日はせっかくのダブルデート。妹にもちゃんとするように言われている。なので琴平だけではなく、俺もちゃんと柊を楽しませなければならない。


 となれば――やることは一つだ。


「どうしたの?」

「柊が色んな服着てるの、ミテミタイナー」


 自然な演技。俳優も夢じゃないかもしれない。俺の将来は明るいな。


「……え、え? な、なんで?」

「いいからいいから、ほら試着室行こう!」


 あたふたする柊の背中を押し試着室に押し込む。

 さてどんな服を選ぼうか。そうだな……最初はとりあえずカジュアルにデニムとかはかせちゃって、上は白色着せちゃって――オープン!


「……おお」

「ど、どう?」


 目を逸らしながら腕を組む柊。


「白も似合うなぁ、足もスラーっとしてるからいいね」

「な、な……何よ、珍しく褒めちゃって」


 俺普段そんなに褒めてなかったっけ?


「まぁまぁ、次行こう」


 次は可愛い感じに。紺色の大きなフレアスカートとかいいんじゃなかろうか。上はふわふわの白色――オープン!


「いいじゃん!」

「ちょ、ちょっと……ほ、本当にどうしちゃったの? 夏目君」


 別にどうもしてない。ただ妹と同じ対応をしているだけだ。


「可愛い感じも凄くいいね、新しい柊だわ」

「新しい私ってなんなのよ! もう!」


 まぁ似合ってるのは事実なのだが。


「柊、次は地雷系ファッションしてみない?」

「い、いいけど〜……!」


 そんなこんなでそれから何個か試着しまくった。やはり素材が良いからなんでも似合うね、選ぶ側も楽しい。

 元の服装に戻り試着室から出た柊は、先程着ていた服をクルクルと指先で触りながら、横目で俺を見る。


「ず、随分と慣れてるのね夏目君。意外と女の子とよく来るのかしら、大春さんとか」


 何だろう、振られた事へのイジりかな。普通に悲しくなるから辞めて欲しいんだけど。


「いや、妹によく連れ回されてるんだ、適当なこと言うと怒るから。それでも女の子に比べたら全然詳しくないけどね」

「妹……そうなのね。そっか……ふふ、そうなんだ」


 なんだか嬉しそうに柊は笑う。良かった、とりあえずは楽しませることが出来たみたいだ。


「夏目、おまたせー! 次行こうぜ!」

「ん、二人とも来たみたいだ、俺達も行こう……柊?」


 少し遠くで呼ぶ琴平と時雨さんの方に手を振りながら向かおうとすると、軽く服を引っ張られる。


「夏目君は……どれが一番好きだった?」


 振り向くと、柊が下を向きながら小さな声で呟く。


「服の事? うーん、可愛い感じのフレアスカートのやつ」

「そ、そう……。ちょっと待って、私も買いたいものがあるから」


 そう言って柊はレジに向かっていった。

 結構気に入ってくれたのかな。なんだか俺も嬉しい。


「……ん? あ……これ」


 ふと、とある物が目に入り、そう呟く。そして彼女を追うように、俺もレジに向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る