第5話 夏目湊は友達を作りたい④

「悪いけど、そういうわけには、いかないんだ」


 何でだよ、最近の若者はもっと柔軟性を持つべきだと思う。


「まず話を聞いて欲しい」

「話? ……葉月と楽しそうにしてた会話のことか? そんなもん……聞きたくねぇよ!」

「ちょ……うぁ……っ」


 そう言って琴平君が俺の胸ぐらを掴む。金色な彼の髪が風で揺れて、長いまつ毛と、綺麗な黄金こがね色の瞳が見えた。


「……やり返せよ、それとも俺はお前の眼中にすら無いのか?」

「だから……っ、話を聞けって!」


 琴平君の体を思い切り突き飛ばす。喧嘩の経験なんて皆無な俺の力では到底無理だと思っていたが、案外上手くいき胸ぐらを離させることに成功した。

 あれ、実は俺に隠れた才能が……? まじかよやった、かっこいい……!


「……それでいいんだ、俺の気持ちも分かってくれ、夏目。なにもせず葉月を取られるくらいなら、お前にちゃんと負けた上で」


 琴平君のそんな言葉に少しだけイラッとした。


「い、いやだから、時雨さんとは何も無いって」

「じゃあ! なんでお前と話してる時はあんなに楽しそうなんだ!」

「それは……」


 何を言ってるんだ、時雨さんとは昨日初めて話した仲だぞ? しかもそれは趣味の話が合っているからだ。

 俺には琴平君の理解出来ない彼女の話が理解出来るから。でも琴平君にしか理解出来ないことだってあるに決まってる。

 それをこいつはまるで理解していない。改めてを見つめると彼の瞳は少し揺れていて……やっぱり時雨さんの事、本当に好きなんだと感じた。


「俺と話してる時に、あんな顔してる所見たことない! 分かってるさ、夏目にとってもいい迷惑だよな。……でも、でもさ、頼むよ! 俺のわがままに付き合ってくれよ!」


 ……イライラする。なんだ、それ。わがままだ。

 そんな苦しそうな、今にも泣き出しそうな顔をして。勝手に呼び出して、勝手に胸ぐらを掴まれて。

 いい迷惑だ、そもそも勘違いだし。本当に――、


『あー……ごめんね、付き合えない』


 ――本当に、最悪。


 はぁ、と深くため息をついた。


「く、くだらな」


 かっこよく言いたかったが、少し言葉が詰まった。


「は? 何言って」

「……くだらないって言ったんだよ」


 琴平の腕を掴みながら、胸が少しだけ熱くなるのを感じた。


「な、何が負けた上でだよ、お前がそんなこと言っちゃダメだろ……お前は今、時雨さんの彼氏なんだろうが」


 お前は


「な……」

「あーそうだな、お前はもう時雨さんに愛想つかされそうかもな。そ、それで? 時雨さんが幸せなら俺は手を引くって? 彼女の幸せそうな姿を見て満足かよ」


 終わった後にどんな惨めな気持ちになるか、知らないくせに。


「か、かっこつけんなよ! 眼中にすら無い? こっちのセリフだ! こうなるまで俺の事なんか眼中に無かったくせに! そんな俺に時雨さんを取られそうになって、悔しくて情けなくて苦しくて……泣き叫びたくて」


 そして、あぁ、もっと頑張ればよかったなぁって、思うんだ。


「まだ間に合うだろ、足掻けばいいじゃん。後悔は……その後すればいい」

「……ぅ」

「…………琴平?」

「うわああぁぁ……」


 え? あれ、泣いちゃった……何で?


 ◇


「ぐす……っ、ごめ、勘違い……してっ」

「い、いや……それはもういいって」


 時雨さんとは昨日友達になっただけだと誤解が解けたところで、一時限目のチャイムの音が聞こえた。どうやら俺は不良になってしまったらしい。


「落ち着いた……?」

「うむぅ……っ」


 今「うん」って言ったんだよね。多分だけど。


「へへ……夏目って良い奴だな……っ、ありがと」


 そう言ってとびきりのスマイルを見せる琴平。

 ……えっと、実は昨日からずっと思ってたんだけど、こいつ。なんか、なんかさ…………。


「……なんだ? 俺の顔じーっと見て……照れる」


 女の子みたいな顔してるよね?


 長いまつ毛、綺麗な瞳、そして制服が大きくて袖が長くて……あれ、可愛い。

 ……いや落ち着け! ちゃんと男子だ!


「な、なんとか言えよぅ」


 うるうると涙目で話す琴平。そんな彼に思い切って疑問をぶつけてみる。


「……男だよね?」

「男だよ!? いくら女々しいからって……ひどい」

「ご、ごめん……」


 いやいや何を焦ってるんだ俺は、ちょっと深呼吸して落ち着こう。

 てかこいつもそういう態度辞めて欲しいんだけど、袖を口元に持ってくるとかさ、確信犯じゃん。

 こほん、とにかく話を戻そう。


「とにかく、時雨さんは琴平と別れるつもりだ……確か今週末っていったかな」

「約束してるから、多分あってる」


 琴平はぐしぐしと長い袖で涙を拭う。

 正直、俺は時雨さんを裏切ってるみたいで、こういう事は言わない方がいいと思う。別れたいと思ってる彼女の気持ちだって大切だ。

 けれど……それでも琴平に協力したいと思ってしまった。もちろん時雨さんを不幸にするようなやつなら話は別だけど、そうは見えなかったから。


「うん、だから、それまで頑張ってみるべきだよ、諦めたくないんでしょ?」

「……うん!」

「……まぁ、応援してるよ。あ、でも俺は全面的に時雨さんの味方だから。友達なので」


 そこは間違えないでくれと念を押しておく。


「うん、分かってる! ……えっと、そ、それでさ」

「ん? 何?」

「ちょっと思いついたことがあって……えっと……その」

「……うん?」


 不思議と嫌な予感がするな。こういう時は何故か当たるし。

 琴平は目を逸らし頬を赤く染めながら、数秒考える素振りを見せた後、長い袖を握りしめて――、


「今週末、ダブルデート、しない……?」

「……はぁ?」


 ――まるで女の子が勇気を出してデートに誘うように、上目遣いで瞳を揺らしながら、そう呟いた。

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