第4話 夏目湊は友達を作りたい③
時雨さんとファミレスでオタク話(猥談)をした次の日。俺は朝から目をしぱしぱさせていた。
眠い。すごく眠い。学校に着いた時に、いや家を出る時に俺が思った事はそれだけであった。
一昨日は柊の事で頭を悩ませ、昨日は時雨さんとアニメやゲームについて遅くまで話していたからである。まぁ無茶苦茶楽しかったんだけどね。本当、ものすごく。
小春には「しばらく別々で登校しよう」とメッセージを送り、今日は一人での登校だ。
階段を上がって二年生の廊下に着くと、丁度その小春が何やらキョロキョロしている姿が見えた。
「お、おはよう、湊!」
笑顔で挨拶をしてこちらに走ってくる小春に俺も挨拶を返そうと――、
「おはよーなっつん! 昨日の夜は楽しかったねー! てか見た? ほらこれアニメ決まったんだって! ヤバない? 朝起きてマジビビったわー……あ、教室だと話しづらいしちょいついてきてー」
「え、ちょ」
そこには周りから見たら、陰キャに挨拶を華麗にスルーされた一人の美少女だけが残った。
「……え?」
◇
「ちょ、ちょっと待った!」
「あ、ごめん、痛かった?」
焦って手を離し、申し訳なさそうにこちらを見る時雨さん。
「いや、友達に挨拶を……ん? 親友なのかな」
「知らんけども」
そりゃそうだ。
「それより話の続き! ヤバない?」
「朝起きたら俺もびっくりした、昨日時雨さんと話したラノベがアニメ化決まるんだもん」
今朝、SNSを見ていたらあるラノベがトレンド入りしていた。
タイトルは『私達、今日から妹です』。同学年のヒロイン達が主人公と同棲を始めるのだが、ご近所さんとかの表向きには妹を演じているというラブコメだ。最新刊で男の娘の弟が増えた。
「ね、どこまでやるかね」
「二クールらしいよ、作画も気合い入ってたし楽しみだね」
作画が綺麗で有名な制作会社だ。俺も楽しみ。
「声優陣も豪華だったねー」
そんな話をしながら、ふと近くの女子生徒が何やらコソコソと話しているのを見つけてしまった。
彼女に再び目線を移す。時雨さんって明らかギャルって感じで可愛い人だよな。そう考え出すと……なんとなく嫌な考え方をしてしまう。
「あの……というか学校でも話しかけていいの? 周りの目とかまずくない?」
そんな俺の言葉を聞いた途端、今まで笑顔だった時雨さんの表情がピタッと固まった。
「……何? それ。私そういうの嫌いなんだけど」
「え?」
時雨さんの長いまつ毛をした瞳が俺を睨みつける。
「好きなものをさ隠すのは分かるよ、全部を人に見せる必要は無いと思うし。でも友達は違うんだけど。逆になっつんは私と話してて恥ずかしいって思うの?」
「い、いや……」
「じゃあいいじゃん、周りとか関係なくない? 私となっつん、二人の関係じゃん。私もなっつんと話してて恥ずかしいって全く思わないけど?」
正論だ。反論ポイントが見つからない。
「それで?」
「……ごめんなさい」
「うん、いいよ!」
時雨さんが笑顔に戻ったのを見て、少し安心する。
くだらない考えをしてしまった。時雨さんにも失礼な、そんな考え……反省だ。
それに場違いかもしれないけど、嬉しかった。友達と言ってくれたことが。自分と話してて恥ずかしくないと言ってくれたことが。
しかしそれとは別に思っていた事があるので、正直に言う。
「でもなっつんは少し恥ずかしいかも……」
「なんでよ、私のネーミングセンスを信じなよ。あ、そうだ今度星の名前を決めれる権利、あれプレゼントしてよ」
時雨さんの言葉を聞いてピーンとくる。おっとついにあの知識が役に立つ時がきたのかもしれない。
「嫌だ。てかあれスターネーミングギフトって言うらしいよ」
俺は「そんなの知ってて当たり前だよね」という風に話す。こういうのはつらっと言うのがかっこいいのだ。ふふん、どうだ。
「へー何の役にも立ちそうにない、なっつんらしい知識だね! その知識何バイト? 消してあげよっか?」
消すとは? 辛辣な時雨さんの対応に少し悲しい気持ちになる。
「今役に立ったじゃん……」
「ねぇ今の『その知識何バイト?』って曲名みたいじゃなかった?」
聞いちゃいねぇや。
「クソほどどうでもいい話だね」
こちらも適当に返し、その後は先程のアニメの話に戻った。
時雨さんのスマホに映る新作アニメの特設サイトをスマホで見ていると、ピコンと一つのメッセージが届いた。
「ん」
「あ、春樹からだ」
アプリを開きメッセージをフリック入力する時雨さんを見つめながら、昨日の出来事を思い出す。
そういえば結局、時雨さんは琴平君と別れたいままなのかな。
「なーに? そんなに私を見つめて……あれぇ? もしかして嫉妬かなぁ? なっつん私以外に友達居なさそうだもんねぇ 」
口元を手で隠し、ぷぷぷとわざとらしく笑う時雨さん。
全く、失礼な変態だ。しかしそんな煽られても俺の心は揺れない。
「は? いるが?」
「何怒ってんの?」
怒ってないが? 別に気にしてないし、勘違いしないで欲しい。
「最近話してる柊さんとか、あとはさっき近くに居た子?」
「いや、その二人もだけど他にもまだ……」
「嘘をつかなくていいんだよ。私がいるじゃん」
謎にやさしい笑顔で頭をぐしゃぐしゃと撫で回す時雨さん。
本当に嘘では無い、これでも一応友達はいるんだけど……まぁいいや。
とりあえずその事は後でしっかり話すとして、琴平君の事を聞いてみる。
「結局、琴平君とは別れたいままなの?」
「んー? まぁ……そうだね。今週末遊ぶんだけど、その時にでも言おうかなって」
「そっか」
別に思うところは無い。友達とはいえ他人のカップルに口出しするつもりも無い。
無いのだが……昨日の琴平君を見る限り、時雨さんの事本気で好きだと思うんだよなぁ。
そんな事を考えながら、ふと少し遠くの壁から人が見えた。いや、それは別に普通の事なのだが、その人は隠れてこちらを見ているのだ。
あれは……琴平君だ。いつから居たんだ?
時雨さんは気づいていない。そして何か口をパクパクさせてる。えっと……?
「俺の所に……来い?」
「え? ……やっぱそういう事?」
どういう事だ、そのニヤケ面を今すぐ辞めろ。
「い、いや、そういう事じゃないんだけど」
「?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる時雨さんを一旦放置し、琴平君に目線を戻す。
何で? 彼女と一緒に居るからか? 嫉妬だとしたら俺は男として少し嬉しいかもしれない。高い評価だ。ん、まだ何か言ってるな。
「えっと、大事な話が……ある」
「えぇ!? ごめん無理だよ、私まだ彼氏いるし!」
なんか勝手に振られてる、もう口に出すのは止めよ。
琴平君、上を指さしてるな。屋上? 話があるから屋上に来いと。……何で? 俺はこれからボコられるの?
「……ほんとにどした? なっつん」
時雨さんは流石におかしいと思ったのか心配そうにこちらを見つめる。
「あー……いやごめん、トイレ行きたくて。時間も時間だしここら辺で! 」
「なんだよ我慢してたの? 早くたんまり出してきなよ」
あんまりそんな事言わない方がいいと思う。
「うん、それじゃ!」
いってら〜と時雨さんに見送られ、急いで屋上へと向かう。
勘弁して欲しい……ただ新作アニメの話をしていただけに過ぎないのに。
「あ、み、みみ湊!? さっきのは、な、何だったのかな!?」
階段を駆け上がる途中でたまたま居たらしい小春が話しかけてきた。なんか顔色悪い? 大丈夫かな。
挨拶もしそびれたし俺としても話したいのだが、急がないと琴平君に殺されそうなのでとりあえずは彼を優先する。
「ごめん小春! 俺屋上に呼び出されてるから!」
「屋上……? な、何でかな?」
「大事な話があるらしい! それじゃ!」
「…………こ、こひゅー」
なんか変な音が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
小春の口からあんな音がなるわけが無い。どこかの教室でリコーダーでも吹いてるやつがいるんだ、きっと。うん、そうに違いない。
俺は息を切らしながら屋上のドアノブに手をかけ、勢いよく開いた。
「……よく怖じけずに来たな、少し見直したぜ、夏目。タイマンしようぜ」
「お断りさせていただきたい!」
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