第3話 夏目湊は友達を作りたい②

 友達相談をしたその放課後。

 俺は帰り道にあるファミレスに来ていた。


 いつもの様にドリンクバーを頼み、小説を開く……ライトノベルだけど。

 俺はアニメとかゲームとかラノベとかそういういわゆる『オタク』なコンテンツが大好きだ。

 今時何も不思議な事じゃない、そこら辺の陽キャでさえアニメを見ていたりするのだから。

 そんな訳でたまにこうして一人でファミレスに来てラノベを読んでいる。

 店内のBGMとページをめくる紙の音、ふとした時に見る外の景色。ここはなんだか落ち着くのだ、ドリンクバーだけならそんなにお金もかからないしね。


 しかし今日は一つ宿題がある。それは友達候補を考える事。

 柊に何日も付き合わせるのは悪いので明日までには終わらせたい。

 やはり狙うなら俺と同じ様にぼっち、またはそれに近い人間だろう。となると佐藤君、田中君辺り。

 心の中とは言え失礼な事を言ってしまい、佐藤君と田中君には申し訳ない。

 そういえば柊のおすすめは時雨さんだったな……でもちょっとハードルが高すぎる。そういえば時雨さんの下の名前って何だったっけ。えっと、は、は――、


「聞いてんのかよ、葉月!」


 隣からの突然起きた大声にビクッとする。おそるおそる横目で見るとそれはうちの高校の制服――どころか。


「人前でうるさいな、少し落ち着きなよ」


 時雨葉月、その人だった。


 え……何で――いや別に不思議じゃないのか。

 うん、少し落ち着こう。もう一人の男子は……同じクラスの琴平春樹ことひらはるき。金髪の男子生徒。

 彼氏ってこの人だったんだ。人が話してる内容で情報収集してるから分からないことが多いんだよね。


「だったら何で最近、俺の事避けてるんだよ」

「避けてる? 気のせいでしょ」


 痴話喧嘩?


「遊びに誘っても毎回断られる、最後に一緒に帰ったのもずっと前だろ。それでもなにか事情があるんだと思って黙ってたけど、本当の事を話してくれよ。嫌いな所があるなら直すし……それに、別れたいっていうなら――」


 どうやら、最近二人は上手くいっていないらしい。


「だからそんなんじゃないって。前も言ったじゃん? 私が一人でやりたい事があんの、だから断ってただけ。別れたいとかそういうんじゃないって」

「知ってるさ、でもその内容は言えないんだろ?」

「……まぁ、そうだけど」


 あちゃー、それはまた。浮気とか疑っちゃうんじゃないの?


「なんで言ってくれないんだよ……確かに今の俺は女々しいかもしれないぞ。でもこんなのずっと続けられたらさ」

「あ、オニオンリング頼むね」

「いいよ」


 今? しかもいいんだ、心が広いな琴平君。

 勝手に優しくない奴だと思ってた、ごめんなさい。


「まぁとにかくさ、春樹を少しほっといちゃってたのは悪かったって。今週末にでも遊ぼうよ、ね?」

「……分かったよ、俺も大声とか出して、ごめん。男らしく無かった」

「ふふ、いいよ。気にしないで」


 なんか上手くまとまったみたいだ。時雨さんのあの微笑みを見る限り愛はむしろ深まったと言えるだろう。


「じゃあ俺、今日は先帰るな。お金はここに置いとくから、気をつけて帰れよ」

「うん、ありがとう、また明日ね」


 琴平君が立ち上がり俺の横を通り過ぎて行き――それに合わせてこちらもラノベで顔を隠す。

 まぁ他人事だけど良かった良かった。よし、俺も自分の世界に戻るか。

 えっと友達候補、候補――。


「はぁ……別れたいな」

「戻れるかあ!!!」

「うわっ……え、何?」


 やべぇ、しまったつい大きい声を出してしまった。時雨さんがこっちを見ている。

 とにかく知らんふりだ。 妹いわく「他人の目線は大体気のせい」らしい。

 というわけで目の前のラノベに集中しよう。目に入ったのは丁度ヒロインの裸を見てしまうシーン、集中出来ないや。


「あんた、うちのクラスの……夏目?」

「……え? 俺ですか?」


 周りをキョロキョロと見回し、自分の顔を指差す。

 我ながら完璧だ、これにより今気づきましたよというアピールが完了した。

 つまり無問題モーマンタイ。万事解決だ。


「いやあんたしか居ないでしょ」


 ですよね。


 ◇


「それで?」

「えっと……一通り聞いちゃってましたね、最後まで」

「ラノベ読みながら?」

「まぁ、はは……」

「キモ」


 女子からの「キモ」は破壊力が凄まじい。女子に言われたら辛い言葉第二位かもしれない。ちなみに栄えある第一位は「キモい」でした、はは、変わんねぇや。


 時雨さんは先程から俺の向かいの席に座り、オニオンリングを食べている。

 そんな俺の目線に気がついたのかは知らないが、皿ごと自分の方へと引いた。


「あげないよ」


 要らないよ。


「取らないので安心してください」

「そう。さっきの事はまぁいいよ、誰にも言わなきゃ許してあげる」

「あ、はい、それはもちろん!」

「うん」


 そう言って時雨さんはまたオニオンリングを食べ始める。いや、話が終わったなら自分の席に戻るか帰って欲しいんだけど……。

 ん? なんかチラチラ見てくるな。

 まだ食べたいって事? 俺が頼めって事? 言葉で言ってくれないと本当に頼んじゃうけど。


「夏目ってさ、オタクだよね」

「はぁ、まぁ」


 良かった、違うみたい。ディスられただけだった。


「何が好きなの」

「……何とは? ジャンルが広すぎません?」

「まぁ、ゲーム……とかぁ?」


 時雨さんは「とかぁ?」と語尾を上げながら何だか顔を赤くする、俺の受け答えにイラついてるのかもしれない。


「ゲーム……そうですね、RPGとか音ゲーとか大体は好きですけど」

「ふーん、そうなんだ」


 時雨さんがテーブルをトントンと叩く。


「他には?」

「FPS……銃売ったりする感じのやつとか、ぷよ○よみたいな落ちゲーとか」

「ふーん、そうなんだ」


 テーブルを叩く速さが上がっていく。BPMはどのくらいだろうか。


「……」

「…………他には?」


 きっと俺のストックが尽きたら彼女に殺されるのだろう。胃に穴が開きそうだ。

 こうなったら仕方が無い。キモいと言われるかもしれないがもうストックもつきかけてるし、『アレ』を言おう。


「ギャルゲー……とか」


 びくんと彼女の体が反応した。


「時雨さん? どうしました?」

「……ゲーは?」

「え?」

「エロ……ゲーは?」

「エロゲー? あぁ、まぁ……恥ずかしながら、はい」

「何が好きなの!?」


 バンッ!! と机を叩き、前のめりな彼女の顔が近づく。

 まずいな、そろそろ本当に危ないかもしれない。逃走の準備だけはしておこう。


「○色ラブリッチェとか、サ○バウイッチとか……」

「おー! 有名ブランドの中でもその二作品はやっぱ良かったよねー、やっぱトゥルーエンドと言うかグランドエンドみたいなものがある作品はやばいよね!」


 さっきまでと比べて何だか動きが大きい時雨さん。


「し、時雨さんは何が好きなので?」

「私は古い作品とかも好きでさー、こな○なとかG○上の魔王とか!あ、でもシナリオっていう意味ではね! ジャンルは抜きゲーが一番好き! ドスケべでこそじゃん?」


 名言出たね、「ドスケべでこそじゃん?」は今年の何かしらにおける大賞だろ。

 この瞬間に立ち会えた事に感動する。


「そ、そうなんだ……」

「うん、引かれてるね。どうやらやっちゃったみたい、私は」


 自分で言いながら声色が明らかに落ちていく。

 なるほど、どうやらこの人は隠れオタク(抜きゲー好き)らしい。俺はいつの間にか敬語じゃなくなっていた。


「人それぞれだよ、大丈夫」

「……性癖の話?」

「違うけど、いや違くないのかな」


 コップに新しくオレンジジュースを入れてきて、改めて二人で座る。ちなみに時雨さんは色んなジュースを少しづつ混ぜていた。


「時雨さんって隠れオタクなんだ、てっきりオタク嫌いなのかと」

「……まぁ隠してはいるからね、だからこそこういう事を話せる友達が居なくてさ」


 確かにいつも彼女の周りにいるのは、オタクとは正反対な人達ばかりに思える。


「夏目はオタクだから話してもなんとかなるかなって思ったんだよ。あ、でも誰にも言わないでよ?」


 結構な賭けをしたな。俺が人に話すような人間だったらどうしていたんだ。


「安心して、言わないから」


 言う友達が居なくて、運が良かったね。


「さっきの彼氏との話もさ、積ん出るゲームとかアニメとか消化してるだけなんだよね。でも正直に言えないじゃん?」

「あー」


 だから喧嘩になっても言わなかったわけか。

 なるほどなぁ、伏線が回収された気分だ。


「それで、別れるの?」

「何? 私のこと狙ってんの?」


 時雨さんがジト目で、自分の体を守るように抱きしめる。


「そんな訳ないじゃん、冗談はやめてよ、あはは」

「冗談のつもりは無かったんだけどね」


 数分前の言動を思い出してくれ。


「まぁ、悪いやつじゃないんだけどさ。どうも趣味が合わないというか――ん?」


 ファミレス内の窓に目を向けて、話が中断される。


「どうかした?」

「いや、外にうちの制服来た女子がいた気がして」


 別に普通では? そう思い、首をかしげる。


「いてもおかしくは無いでしょ」

「私が見た瞬間、凄い勢いで走っていったから」


 俺も窓の外を見る。そんなに学校から遠くないし……まぁ気にする事じゃないと思う。


「ま、いっか。それよりせっかくだからさ、猥談わいだんしない?」


 しねぇよ。


「流れるようなセクハラだな。どんなせっかくだよ」

「セッ○ス? 言うね、君」


 留まることを知らない性欲だ。店員さんはこのモンスターをファミレスに入れても良かったのだろうか。

 まだ間に合うかもしれないし、注文ボタン押して呼ぼうかな。


「冗談、今期のアニメの話とかさ」

「それなら全然する」


 どれくらい時間が経った頃だろう。気づけば――外はすっかり暗くなっていた。



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