第2話 夏目湊は友達を作りたい①

「おはよう、湊!」


 玄関のドアを開けるといつもの笑顔で小春が朝の挨拶をしていた。こちらもおはようと下手な笑顔で挨拶を返し、通学路を二人で歩き出す。


 俺の世界が一変した告白事件から一夜明けた訳だが、すこぶる体調が悪い。

 何故なら一睡も出来なかったから。

 小春が昨日見たというドラマの話を聞きながら、昨日起きた出来事を思い出す。


 ◇


「……は?」

「聞き間違いじゃないわ、あなたを好きと言ったのよ」


 勘違いも逃げも許さないと言うような柊からの先手。彼女がこの場に来てから一度も顔を見ていなかった俺は、それを見て冗談では無いと感じる。

 紅潮した顔、震える手、それでも下を見ずに俺の目を見つめていて――その意味を俺自身がよく知っていたから。


「……そっか」

「うん」


 いつから? 嫌われてたんじゃなかったのか? 色んな疑問が頭に浮かぶ。

 だけど今考えるべき事はそんな事じゃない。彼女の、柊冬華の気持ちに答えなければならない。

 そして、その答えは……もう出ている。だから、出来るだけ真剣に、彼女の目を見て答えた。


「ごめんなさい」


 柊の体がびくっと動く。


「……理由を聞いてもいい?」

「今は、誰かを好きって気持ちにはなれないから。好きって言われた時は驚いた、柊には嫌われてると思ってたから。だから俺も正直……嫌ってたとこあると思うし。でも、柊にこんな自分を『好き』って言われて本当に嬉しかった、ありがとう」


 目線を落とさず俺の話を黙って聞き終わると柊は、ゆっくりと溜息をついた。


「……そりゃそうよね。知ってたわ。振られた後ならワンチャンあるかなって思っただけだから」

「やっぱり見てたのかよ」


 やはり俺が告白した場面から近くに居たらしい。恥ずかしいような……まぁでも柊にならいいか。あれを見てまだ好きだと言ってくれたのだから。


「やっと気持ちが言えてスッキリしたわ。夏目君もごめんね、告白を受けられるコンディションじゃなかったのに」

「そんな事ないよ、気にしないでくれ……あっ、えっと、じゃあ俺はそろそろ――」

「あら、何か用事でもあるの? 私の調べではこれからの予定は特に無いはずだけど」


 どうやって調べたの?


「いや、そうじゃなくてほら……俺も泣いてただろ」

「?」

「早く一人になりたいとか、あるだろうから……」


 赤ん坊のようにわんわん泣くとまでは言わないが――いや、俺はそうだったけど。

 今は一人になりたいだろうし、振られた相手の顔とか見たくもないだろう。


「あ、そういう事」

「そう、だから――」

「いやいや、私諦めてないから」

「……ん? 諦めてない?」


 それはつまり、付き合う事を? ちゃんとごめんなさいと言ったはずだが。


「うん、だって『今は』誰かを好きって気持ちになれないから私は振られたのよね?」

「う、うん」

「しかも夏目君は想い人に振られていて、現在好きな人は居ない状態。諦めるわけないじゃない」

「いやでも」


「むしろ、『これから』よ、夏目君。必ず貴方を落としてみせるから」


 ビシッと俺を指指し、そう宣言された。


 ◇


 以上が昨日の回想である。おかげで小春に振られた事はある程度整理がついたわけだけど。

 正直、柊と付き合うのは『無い』と思っている。

 ただ、勘違いしないで欲しい、彼女に魅力が無いと言っている訳では無い。

 綺麗な黒髪、顔だって可愛い、誰がどう見ても魅力的な女の子だ。

 しかし昨日まで犬猿の仲だと思っていたのだ、それに小春にも振られた。

 それなのに柊が実は俺の事を好きだったと言われても……そんな簡単に切り替えられない。


 昨晩はラブコメアニメをずっと見続けるという奇行に走ったりもした。茶髪のヒロインが可愛かったくらいで当然何も変わらなかったけど。


 まぁ一応「ごめんなさい」とは言ったわけだし……問題無いのかな。

 そんな俺を見て、隣を歩いていた小春の足が止まる。


「――湊? 聞いてる?」


 小春が下から見上げるようにこちらを覗き込んでくる。


「ごめんちょっと昨日あんまり眠れてなくて」

「……やっぱり、私のせいだよね、ごめんね」

「いやアニメ見てて、ラブコメの」

「昨日のあの流れで!? 私が自意識過剰だった!」


 一応心の整理はついたからね。


「そうじゃなくて別の事が原因っていうか」

「……え? 別の事? それって――」


 そんな小春の言葉が言い終わる前に、耳元で「おはよう」と声が聞こえた。


「うわあ! ひ、柊……!」

「まるで化け物にでも会ったかのような悲鳴ね」


 その通りだからもうしないでね。


「朝から私と話せてそんなに嬉しかったの? 挨拶しただけなのだけれど」

「お前の挨拶の距離感どうなってるんだよ、柊相手じゃなくてもこうなってる」

「それは困るわ、私以外にされないように四六時中見張っておかなくちゃ」

「怖……」


 いつも通りの彼女を見て少し安心する。距離感はいつもより近い気がするが。


「それじゃせっかくだし私もついて行こうかしら」

「学校もう見えてるじゃん、一人で行きな」

「少しの時間でも一緒にいたいのよ、察しなさい」


 察せるか。


「まぁいいわ。じゃあまた数秒後、教室でね」

「光かよ」


 柊の背中を見つめ、ふぅと一息つく。いつも通り出来ただろうか。

 しかし会話のテンポが少しでも遅れるとあいつに負けた気がする。第三者から見た俺と柊の会話はさながら卓球の高速ラリーのようだろう……卓球詳しくないけど。


「なんかごめん、行こう」

「う、うん……なんか、凄いね?」

「そう? まあいつもの事だし」

「――いつも、何だ? 珍しいね、私以外の人と話してるのほとんど見ないから」


 実際、俺が学校で話している人は少ない。悲しいね。

 俺としても友達は欲しいんだけど――現在高校一年生の五月。クラスのグループは完全に固定されていてぼっちが入る隙は無い。

 小春はもちろんの事、柊も俺以外と話す時は割と普通なので友達はちゃんといる。


「友達、か」


 昨晩、柊関連の他に考えた事がある。それは小春との距離感の事。

 振られた以上『親友』になる訳だが、小春のスキンシップは度を越している事がある。

 今まではこのままでいいと思っていたが、俺自身の為にも改善しなければならない。

 毎日の登下校の頻度だって毎日はやりすぎだ、減らすべき。

 その為にも小春以外の友達をもっと作り、大丈夫だぞと証明したい……あれ、もしかして俺ってほっとけない弟みたいな感じに思われてたのかな。


「誰かに相談したいけど、出来そうな奴って」


 まあ――あいつ、なのかなぁ。


 ◇


 というわけで、昼休みになり、柊に状況を説明した。


「友達? 私以外には近づけたくないのだけれど」


 束縛が激しすぎる。

 

 現状こんな話を出来る人間は、他にも何人かいるんだけど……適材適所というやつだ。

 小春には当然言えないので、こうなる。


「大体、そんな事する必要が本当にあるの? 親友で居続けるのだって辛いと思うわ。だったらいっその事、顔を合わせないとかしたらいいのに」


 髪の毛をクルクルとしながら、柊。


「家も隣だし、どうしたって顔を合わせる機会はあるんだよ」


 親同士も仲がいいからな。


「まぁ大春さんと少しでも距離を置くわけだから、私にとってもプラスなわけね」

「俺自身が友達作りたいって気持ちも普通にあるんだけどな」

「仕方ないわね、お礼はジンバブエドルでいいわ」


 持ってねぇよ。

 とりあえずどんな人を狙うか話し合う事にした。


「時雨さんとかどう?」

「超無理」

「即答ね」


 時雨葉月しぐれはづき。彼女を一言で表すなら『ギャル』だ。

 クラスの中心人物の一人。確か彼氏もいたはず。

 そんな人と友達になれたら確かに小春には胸を張れそうだけど――。


「私としては対象がカップルなら、一気に二人友達をゲット出来るチャンスだと思うのよね」


 なるほど、俺に恋愛相談が務まるとは思えないが、可能性はあるかもしれない。


「確かにいい案かも、流石!」

「カスが?」


 違うよ。


「まぁそれだけじゃなくて、彼氏持ちなら夏目君にちょっかいかけられることもないでしょ?」

「俺がそんなにモテてたら友達作りの相談なんてしてないよ」


 事実、告白なんて昨日されたのが初めてだ。

 時計を確認すると、もうすぐ昼休みが終わる時間だった。それに気づいたのか柊は話を締めにかかる。


「とりあえず夏目君の方で、何人か候補考えてきて。思いついたら進める方針で」

「分かった、あ、じゃあ連絡先を」

「はい」

「まだ言い終わってなかったんだけど」


 寂しかった友達リストに柊の名前が追加される。なんか陽キャみたいで嬉しい。


「夜寂しくなったらいつでも呼んでね」


 そんな夜は来ないだろう。俺には妹がいるので。

 流石に正直に言うわけにもいかず、オブラートに包んで答えた。


「女子と夜に通話とか、陰キャにはハードルが高い」

「いや普通に家に呼んでって事」

「家に!?」

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