第7話 夏目湊は友達を作りたい⑥
その後俺達は昼食を終え、カラオケへ。
ドリンクバーから取ってきたオレンジジュースを一気に飲み干し一息つく。ふぅ、やっと人混みから解放された。これでゆっくり出来る。
「採点は? いれてもいい!?」
「俺は賛成するぞ!」
「「どっちでも」」
時雨さんの無邪気な質問にハモる俺と柊。
カラオケが好きって言ってたけど……何歌うんだろ。オタクだしアニソンとかかな。
タッチパネルを楽しそうに触る時雨さんを見ていると隣の柊に声をかけられる。
「夏目君はどんな曲歌うの?」
「ほんと有名な曲とか、アニソンとかだよ。点数もあんま平均と変わんない感じ」
「聞いたら皆が倒れる歌声とかじゃないのね、残念」
俺はジャイアンかな。
そんな話をしていると時雨さんの一曲目が始まる。最近メジャーな曲だ、ランキングにも入っている。カラオケ好きなだけあって普通に上手い。
「みんなありがと〜!」
ライブ会場のごとく「今日はありがと〜」「楽しんでいってね~」「クラップエブビッ! バビィ!」と盛り上げる。
多分「クラップエブリバディ」と言いたかったんだろうな、噛んだんだ。
「いよっ! 葉月、日本一だぁ!」
琴平も頑張ってるな、なんか掛け声がおかしい気もするけど。
まぁこういうのはノリなのだろう、盛り上がればそれでいいのだ。
続く琴平は女性アーティストの曲を原キーで歌いきる、普通に上手いな。
……こいつは本当に男なのか? 実は男装して高校に来ているんじゃないのか? イケパラみたいに。
そして俺はアニソンを入れた。可もなく不可もなく、普通に歌う。
「た、たいがー! ふぁいやー!」
うん、柊もなんかおかしいな。「よっしゃいくぞー!」じゃないのよ。でも盛り上げてくれてありがとう。
続く柊は長い事ランキングに入り続けているような有名曲……というような感じでどんどん歌っていったのだが、ふと思った事がある。
「(時雨さん、あんまりアニソン歌わないな)」
有名なアニソンは歌うのだけど。正直彼女の場合もっとコアなアニソンとか、ボカロ曲を歌うと思っていたから少し違和感を感じてしまう。
一緒に来る人によって曲を変えるのも普通なのだろうか……あまり友達と来たことがないので、そこら辺はよく分からない。……試しに、こういうのはどうだろう。
「!」
画面に表示される曲名に時雨さんが反応する。アニメ好きなら分かるようなデュエット曲だ。
「時雨さん、一緒に歌わない?」
「え? で、でも」
チラリと琴平を見つめ、そんな彼女の視線に琴平は不思議そうな顔をしている。
分かってる、バレたくないんだよね。なのでそれらしい理由をつけ加える。
「俺一人だと恥ずかしいから。カラオケよく来るくらいなら、知ってるでしょ?」
「なっつん……。ったく仕方ないなぁ、これだからぼっちは困るぜ」
「余計なお世話だ、ほらいくよ」
まぁ多分、こんな事する必要なんて無いんだろうけど。
俺が歌いたかったので何の問題もない。時雨さんも笑ってるし、良かった。
◇
「んー……風が気持ちいいね」
カラオケを出て近くの公園へ。外に出ると空はすっかり茜色、綺麗な夕焼け空だった。
自販機のボタンを二回押し、柊が座っているベンチまで心地よい風を浴びながら向かう。
「はい、柊」
「……あ、ありがと」
目を逸らしながら受け取る柊の隣に座り、缶を空けるとプシュと音が響いた。
ちなみにこの蓋の名前はプルタブと言うらしい。時雨さんに聞かれたらまた記憶を消されそうなのでこれは黙っておこう。
少し遠くでは二人が――時雨さんと琴平が話している。今日の予定はここで終わり、つまり別れを切り出すなら、ここだろう。
隣にいる柊と共に二人の会話に耳を集中させる。
「――今日は、楽しかったよ、春樹」
「うん」
「なっつんと柊さんにも感謝だね」
「それは、本当に! そう!」
オーバーに手を大きく動かし、琴平は返す。
「……それはそうと今日は私のやりたいことばかりだったじゃん、何で?」
「葉月を楽しませたかったからじゃ、ダメか?」
「ふーん、でもそれはいつもじゃないの? それでもダブルデートとか、気合い入ってたよね……何で?」
「それは……夏目に怒られたからだ」
「ぶふぅ……っ!? げほっ……げほ」
そ、そこで俺の名前をなんで出すの!? 「だ、大丈夫?」と柊に背中をさすられた。
ありがとう柊、優しい子。
「なっつんに?」
「うん――俺、あいつに怒られてなかったら何も変わってなかった。そのままじゃ……葉月に振られるだけなのにな」
買い被りすぎだと思う。
「……俺さ、葉月が夏目を好きなんだと思ってたんだ。だから身を引こうとしてた」
「ぶふぅ……っ!? げほっ……げほ」
柊が突然飲み物を吹き出した。だ、大丈夫か! 背中をさすってあげると「ご、ごめんなさい」と赤面しながら目をそらす。気にするな、俺もさっきなったし。
「ハッ、あんなオタクと付き合うわけないじゃん」
しばくぞ、あいつ。
「うん、勘違いだって言われた。それに――身を引くとかカッコつけてないで、もっと足掻いてみろって」
「……なっつんが?」
少し驚いたような時雨さんの声。
「うん、でも俺じゃなく葉月の味方だって言われたけどな。でも、なんかさ……その言葉がすげぇ気持ちこもっててさ、泣いちまった」
「……そうなんだ」
そして、琴平は俯いていた顔を上げて、時雨さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「葉月は多分俺に、好きって恋愛感情が無いんだよな」
「……正直、そう、だね。春樹に告白されて……まぁ好きになれたらいいかなって思って付き合い始めたから」
「…………うん。あれから数日経って、俺にはこんなことしか出来なかった。だからなんの証明にもならないし、保証も出来ない。でも、でも――」
「――俺は本当に葉月が好きだ」
「……うん」
「だから、今日振られても俺は諦めない。俺が努力して、葉月に振り向いてもらうよ。見た目も、心もさ、女々しいけ、ど……っ! 男らしく……なるよ…………っ!」
琴平の声が少しずつ震えていく。
「うん」
「……っごめん」
「大丈夫、ちゃんと待つから」
声を震わしながら落ち着くまで数分、静かになる。
どれくらい経っただろうか。俺も柊も……時雨さんも、ただ静かに琴平の言葉を待った。
「……男らしくなるって言ったのに…………っクソ、ごめん」
何を謝る必要があるんだ、今日のお前はかっこいいぞ、琴平。
朝から……いやずっと前から時雨さんの為を考えて動いていたじゃないか。
今日もしかしたら振られるかもしれない、そんな不安を抱えているはずなのに。
それを一度も顔に出すことも無く。それはすごい事だよ、絶対に。
「……うん、もう大丈夫。あとは葉月がどうしたいか、それを聞かせて欲しい」
「分かった……そう、だねぇ」
時雨さんは空を見上げる。
「私さ、アニメとか、好きなの」
「……え?」
「知らなかったでしょ、ウチらの周りにそういう人いないじゃん? だから隠してた」
少しだけ、柊が驚いたような顔をしていた。
「何でそれを、俺に?」
「うーん、なんでだろう。なんか春樹の事色々教えてくれたから――お返し的な?」
「……そっか」
「嫌いになった?」
イタズラな笑顔で、からかうように彼女は言う。
「そ、そんな訳! 無い!」
「はは、そっか」
一歩、時雨さんが琴平に近づく。
「私は……春樹の事、恋愛的な意味で好きじゃない」
「……っ」
二歩、踏み出す。
「だから、もう少し考えてみたい。春樹の気持ちを聞いて私はそう思った」
「……」
そして、三歩、琴平の手を――掴んだ。
「と、いうわけで。私的には付き合ってもいいかなって思うんだけど、どう? 春樹」
「…………え、え!? いいの、か?」
「うわーうるさ、やっぱやめとこうかな」
「ご、ごめん! 気をつける! 気をつけるぞ!!」
ふぅ……とため息をつく。どうやらこれ以上はリア充の惚気を聞くことになりそうだ。
さっさと退散しよう。はい、解散解散。
「やってられませんな、柊殿。行きましょうや」
「いいの?」
「俺は最近振られた身なので」
ふっ、笑いたければ笑え。
「奇遇ね、私もよ」
ごめんなさい、自分の事だけ考えてました。
「……本当、申し訳ない」
「ふふ、冗談よ。諦めないって言ったでしょう?」
琴平と時雨さんには先に帰るとメッセージを送り、二人で帰り道を歩く。
「ねぇ夏目君、今日は楽しかったわ。学校とは違う色んなあなたが見れて――私とデートしてくれて、嬉しかった」
そんな事を言いながら隣を歩く柊の姿は、なんか……いや、気のせいだ。
「良かった、俺は柊を楽しませることが出来たか」
「……うん、幸せだった」
「…………そ、そう」
思ったより照れる答えを返され、動揺する。
「お、俺も色んな柊を見れて面白かった、試着の時とか可愛かったし」
それを少しでも隠すように、あえてからかったつもりだったのだけど。
「もっと……もっとね。たくさん見せてあげるから。夏目君だけに……ね?」
「へ……?」
「何、その声、変なの」
どうやら柊にはバレバレなくらいに照れてしまったみたいで、彼女は珍しく自然に、笑った。
そんな彼女を見て、再び実感する。
――なんか、可愛い、かも。
この一週間、本当に色々なことが起きた。
小春に告白して……振られて。柊に告白されて、時雨さんと琴平という友達が二人も増えて。
気づけば、友達作りは叶っていたみたいだ……ん? あれ、柊も友達か。
…………んー? なんで俺、柊は……友達ってすぐ思わなかったんだろ。
「どうかした?」
「んー……いや、なんでもない」
「何よ」
不思議そうにする柊に向かって、俺は。
そんな彼女の顔がなんだか可笑しくて、笑いながら――最近思っていることを伝えた。
「最近楽しいなって、そう思ったんだよ」
好きで嫌いな彼女達。 睦月短冊 @violence_girl
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